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【NHK研究】①なぜ今NHK研究なのか

【NHK研究】①なぜ今NHK研究なのか

NHKに激震が走っている。こう書くと、政治の介入がニュース現場に影響をもたらしているとされる状況や、放送法に違反して個別の番組の編集権に介入した経営委員長の再任が直ぐに頭に浮かぶ。それらは何れも極めて重要な問題で追及が必要な点だが、それだけではない。2年目を迎えた前田晃信会長が発表した中期経営計画だ。その内容がNHKの内部で衝撃をもって受け止められている。

その計画について40代半ばのNHK職員は、「NHKが大きく変わる内容」と表現した。その是非は様々だが、前田会長の計画がNHKを変えるものと受け止められているのは間違いない。つまり、NHKは今、従来からの問題を抱えつつ、新たな形に変わろうとしている。そう考えて間違いない。

InFactでは、このNHKについて、様々な観点から見ていきたい。その際に、基本的には公表されている資料に依拠する。ただし、筆者の私自身がNHK出身であり、NHKの現職、OB職員に人脈を持っている。そうした人脈からの情報も反映させる。その際、情報源については記事中では匿名とするが、InFactのデータベースでは明確な形で情報源を記録し保管する。

このシリーズの記事はセンセーショナルな内容ではない。暴露的なものも無い。寧ろ、面白く無い内容になるかもしれない。NHKを批判する立場で書くわけでもない。あくまで、事実に立脚する。そして、人々の興味をひくか否かでなく、残すべき事実か否かで書き続けていく。勿論、NHKを知る立場から私が意見を書くことは有るが、それはあくまで意見と明示して記載する。(立岩陽一郎)

「NHKについては・・・」

21年1月19日、衆議院本会議場で行われた菅総理の施政方針演説。新型コロナ対策や震災から10年となる東日本大震災からの復興と続き、日本社会の長年の課題について語る中で、菅総理は語りだした。

業務の抜本的効率化を進め、国民負担の軽減に向け放送法の改正をします。これにより、事業規模の1割に当たる700億円を充て、月額で1割を超える思い切った受信料の引き下げにつなげます

NHKに触れたのはこれだけだが、私が驚いたのはその具体性だった。「事業規模の1割に当たる700億円を充て、月額で1割を超える思い切った受信料の引き下げ」の部分だ。この時に語られた内容は、デジタル庁の創設、マイナンバーカードの普及、公務員のデジタル職の採用などでも、具体的な数字に触れて語っていない。教育のデジタル化で、「小中学生に1人1台のIT端末をそろえ、9000人のデジタル専門家がサポートします」と語っているくらいだろうか。

しかしこれが似て非なるのは、教育のデジタル化は内閣の仕事であり、NHKの受信料の引き下げは内閣の仕事ではないという点だ。言うまでも無く、受信料の引き下げを決めるのはNHKであって、総務省ではない。

これを見ていたNHKのOBは次の様に話した。局長を経験した報道畑の人物だ。

驚いた。この演説はあり得ない。NHKは政府の機関ではない。政府から独立した報道機関だ。その受信料の扱いを総理大臣が施政方針演説で数字を示して語るなど、あってはならないことだ

その言葉は怒りに震えていた。施政方針演説は各省庁がその担当する目玉政策を盛り込むもので、この部分は総務省が盛り込んでいるわけだが、あたかも内閣の仕事として盛り込まれている点には、このOB以外でも違和感を覚えたNHK関係者は多いだろう。当然、私もその1人であることは間違いない。

ところで、菅総理が言及した受信料の引き下げがNHKから発表されたのはその6日前のことだった。21年1月13日、前田会長は中期経営計画を発表。これは21年度から23年度のNHKの経営方針を決めたものだ。この中で受信料の引き下げが発表された。前田会長の出した文書には以下の様に書かれていた。

受信料については、新型コロナウイルス感染症の影響や放送法改正の動き、新たな営業施策の進捗などを見極めたうえで、経営計画の期間内である2023年度に値下げを行う方針です

これを受けて各社が「NHK受信料値下げ」と書いている。朝日新聞は、「23年度に受信料を値下げする方針を盛り込んだ。その原資として事業規模の1割にあたる700億円程度を確保する見通し」と報じている。

実は、この中期経営計画にも当初は受信料の引き下げは盛り込まれていなかったという指摘は多い。前田会長は20年8月4日に記者会見で計画の案を明かしているが、その中では受信料について次の様に語ったとされる。

受信料水準は、私ども現時点では、現行の料額を維持することと一応いたしております

その上で、公平負担の徹底が重要だとの考えを次の様に述べたという。

公平負担の徹底の観点から、受信料の支払い率は80%台を維持するとともに、衛星契約割合を引き続き向上させる努力をいたします

更に、その為の受信料について制度の在り方を見直す考えについて述べたとされる。

現行受信料制度の問題点もいろいろと指摘されておりますので、新しい制度導入を含めて検討をしたいと考えています

つまり、受信料の制度を見直す趣旨の発言はしているが、受信料の引き下げには明言していない。と、言うよりも、「現行の料額を維持する」として、引き下げを否定していたのだ。このため、1月13日の記者会見では、記者から、この点を問われている。以下が、前田会長の回答だ。

8月に据え置きと申し上げましたのは、中期経営計画をつくっている過程でして、その後、どこまで合理化できるかというのを、各論を全部詰めました」

それは、次の様に続く。

8月の総論の段階で、10月から受信料を下げることが分かっていましたので、値下げをする、いくら下げるのかと言うことを前提に、経営計画をつくるとか、そういう計画の立て方はできませんので、その段階では据え置きました

その上で、次の様に話している。

据え置きと書いたんですが、最終的には、この1月に全て発表しますということで、下げないと言ったつもりはございません

つまり、20年8月の段階でも値下げについては検討していたが、発表する段階ではなかったという説明だ。「10月から受信料を下げる」は、既に決まっていた20年10月の受信料の値下げで、この時、衛星放送込みの月額で60円の値下げをしている。実は、この会見での前田会長の発言にはNHKの内部から事実ではないとの指摘が出ている。報道に携わる50代前半の中堅職員が明かす。

10月に値下げをするので、それで値下げ圧力は跳ね返せるというのが当時のNHKの考えだったと思います。その先の値下げなんて、全く話は出ていませんでした

NHKを取材している主要紙の記者も、「当初は受信料の値下が考えられていたという感触は無い。20年9月に菅政権が発足して、菅総理、武田総務大臣が値下を強調し、10月、11月に状況が大きく変わったというのが取材した印象だ」と話した。NHKと蜜月とされた安倍政権では「現行の料額を維持する」で通せたものが、菅政権になって状況が変わったということだろう。

受信料制度はNHKが決めるものとは言っても、予算そのものが国会で承認を得る必要が有るためNHKだけで決められるものではない。しかし、受信料の引き下げが突如として中期計画に盛り込まれ、発表の直後に総理の施政方針演説に極めて具体的に盛り込まれた事実には不自然さを感じざるを得ない。その事実は記録しておきたい。

この中期経営計画では、勿論、受信料の値下だけが発表されたものではない。それは、「キーコンセプト」として「新しい『NHKらしさの追求』」とされており、「私たちがいま行うべきことは、これからの時代に対応した、新しい『NHKらしさの追求』だと考えました」と補足されている。

この文章を読んで私は妙なことを考えてしまったので触れておきたい。この「新しい・・・」の文章には句点が目立つことに気づくだろうか?これはNHKの放送原稿の特徴で、句点を多くうつ。その句点の場所でアナウンサーに息継ぎ、間を置くよう指示するためだ。NHKで長く記事を書くとそれが染みついてしまう。そして、放送原稿以外の文章もそうなってしまうのだ。私自身がそうだからよくわかる。何が言いたいのかと言うと、「これは報道出身の職員が書いたんだ」と思ったという話だ。事実かどうかは確認していないが、あくまで私の受けた印象として書き記しておきたい。

本題に戻す。計画では、5つの重点項目を挙げている。それは、「公共メディア・NHK 5つのキーフレーム(重点投資先)」として以下を挙げている。

  • 安全・安心を支える
  • 新時代へのチャレンジ
  • あまねく伝える
  • 社会への貢献
  • 「NHKらしさ」を実現するための人事制度改革

このうち、特にNHK内部で激震が走っているのは5の「人事制度」だが、これを説明するにはNHKの制度を説明しないといけない。次回から、この中期経営計画を入り口として、それが激震をもたらすNHKの現行制度やその中でどのようにNHKが動いてきたのかを見ていきたい。

(続く)

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