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【NHK研究】② 衝撃の「人事制度改革」

【NHK研究】② 衝撃の「人事制度改革」

前田会長が発表したNHKの経営計画。これはNHKを根本的に変える内容として現職、OBに受け止められている。それはNHKをどうしようとしているのか?その内容を考える。(立岩陽一郎)

「そんなバカな話があるか。この制度はNHKを根幹から崩壊させるものだ」

NHKで報道局の部長や地方放送局の局長も務めたOBは怒りを隠さなかった。

「こんな制度で、優秀な記者がNHKに来ると思うか?」

OBはオンラインの向こうでそう言ったが、私の答えを期待していたわけではない。直ぐに言葉をつないだ。

「来るわけがない。来ないだけじゃない。どうやって記者を養成するんだ?NHKがこれまで築き上げてきた研修制度が根幹から崩れる人事制度だ」

OBが憤っているのはNHKの前田晃伸会長が1月13日に発表した中期経営計画だ。21年度から23年度までの3か年についてのNHKの経営方針をまとめたものだ。それは5つの項目からなっている。NHKが公表している資料からその内容を見ていたい。

先ずは、「安全・安心を支える」。相次ぐ大災害、深刻化する環境問題、新型コロナの感染などに対応するため、専門知識を生かした信頼できる番組を放送とネットで出すこと、東京の放送センターの代替機能を大阪放送局にもたせるという。

2つ目は「新時代へのチャレンジ」。これは、制作体制の抜本的な見直し。総合テレビ、Eテレといった波や部署によって管理されていた従来の形式を止めて、報道やドラマといったジャンル別に管理する。これによって番組の重複を排して、経営資源を有効に投じるという。これも議論を呼んでいるが、これについては別の機会に書く。

3つ目が「あまねく伝える」。これは、「確かな情報・サービスを一人ひとりに届け、分断化・多層化した社会をつなぐ」と補足されている。その説明には、「世代や地域を超えて個人をつなぐ番組などを制作し」とか、「AI技術などを駆使した最先端のユニバーサル・サービス」といった言葉が並ぶ。

4つ目は、「社会への貢献」。「全国・海外への発信を大幅に増やす」や「各地域の発展にさまざまな形で貢献」、「日本各地に残る伝統的な文化や芸術、歴史遺産などを記録して未来に伝える」といった説明だ。

そして5つ目が「人事制度改革」。そこには以下の様に書かれている。

人事制度を抜本的に改革し、NHKで働く一人ひとりの創造性を最大化します。多様な人々がそれぞれの働き方で力を発揮できるよう、ダイバーシティを推進するとともに、地域に根差す人材がいっそう活躍する環境を整えつつ、『新しいNHKらしさを追求』を実現する“人材”を育成します

冒頭紹介したOBが憤ったのはこの「人事制度改革」だ。これが5番目に置かれていることは視聴者から最も遠い内容だからだと思われるが、実は、この「改革」こそが経営計画の根幹だと感じるNHKの現職・OBは多い。

それだけにOBの発言に見られるような局の内外の反発が最も強く、恐らく、それは前田会長も予想していた筈だ。その人事改革とはどういうものなのか?なぜOBの様な反発が出るのか?以下見ていきたい。

NHKのホームページから

この計画は20年8月に素案が作られている。それには以下の様に書かれている。

『NHKらしさ』を生み出す、職員一人ひとりの創造性を最大化するため、採用から退職まで、人事制度を抜本的に改革します。各現場、マネジメント層も、プロフェッショナルとしての能力評価・登用を徹底するとともに、人材育成・開発を強化します

ここに「採用」と書かれていることが興味深い。これについてNHKを取材している主要メディアの記者が次の様に解説する。

「要は、記者職や制作職といった職種毎の採用をやめて、職員を一括採用して教育するということです」

ここがまさに冒頭のOBの「NHKがこれまで築き上げてきた研修制度が根幹から崩れる人事制度だ」という怒りにつながっている。ここでNHKの採用を説明する必要がある。NHKは現状、職種別の採用を行っている。例えば、大きく放送と技術、管理という3つに分かれる。その中でも細かく分かれる。例えば、放送は、番組を制作するPD、取材職の記者、カメラマン、アナウンサーに分かれる。これは同じテレビでも、民放とは異なる。新聞社に近い採用制度だ。

他の2つのうち、技術については説明の要は無いだろう。ただし、カメラマンのうち、スタジオで撮影するカメラマンは技術職での採用だ。管理の中には、営業、経理が含まれる。

因みに、PDとはプログラム・ディレクターの略で、番組を制作する職種を指す。NHKはテレビ局なので基本的にPD採用が多い。恐らく全職員に占めるPD採用が最も多いだろう。続いて多いのが記者だ。つまりNHKはその多さで言うとPDと記者で成り立っている組織と言える。因みに、私がNHKに採用された91年で言えば、概算で採用数が400人。このうち、PDが半数の200人、記者は70人が採用された。カメラマンとアナウンサーはかなり少なく、20人程度だったかと思う。その他の約100人で技術と管理が採用されたことになる。

前出の記者が説明する。

「前田会長は、この職種別の採用がNHKの硬直化した状況を作り出していると考えているようです」

これも説明が必要だろう。この職種は、NHKでは「原籍」として一生つきまとう。それは例えば、冒頭のOBの「原籍」は記者だ。だから記者が担う報道局の部長職を務めた。しかしそれだけではない。46道府県に配置された各地の放送局のトップも、原籍の配置で決められてきた。例えば、大阪放送局長は「記者」と「PD」が不定期ではあるがポストを分け合う形になってきた。

理事を経験したOBは語る。

「明確にどこの局長をどの職種という形で決まっているわけではないが、ある程度、職種でバランスをとるということはやってきた」

NHKは極めて中央集権的な組織なので、各地の放送局長が放送の現場に影響力を与えるわけではないが(それは別の問題として議論したいが)、主要ポストであることは間違いない。それが「原籍」を基礎とした人選が行われているというのが、前田会長には「時代遅れ以外の何物でもない」(前出の記者)と感じられたということだ。

前田会長は1月13日の会見でこれについて次の様に話している。

私が今、力を入れているのは人事制度改革です。人事制度改革は、結構大変なんですけれども、制度を変えますし、運用の仕方も変えて、今までのような年功序列的な、素直に言って、古い制度でない形で、若い方を含めて見えやすい人事にし、かつ本人の意向を尊重して、いろいろな意味でやりたいポストに手をあげていただくとか、そういうものを導入しながらやりたいと思っています

そして次の様に語っている。

例えば、局長についても、今、人事局が検討しているのですけれど、40代の局長を公募したいなと

因みに、NHKの各地の局長はその多くが、定年前のポストだ。前田会長の言う「年功序列的な」制度の象徴とも言える。それを、「局内から手をあげていただいて、もちろん、しっかりと面接をさせていただきますけれども」(前田会長)という。

まさに、「採用から退職まで、人事制度を抜本的に改革します」の言葉の通りだと言える。OBが反発するのも無理は無い気もするが、実際に、NHKの内部に取材すると、意外にも前向きな言葉が聞かれた。次回はそのNHK内部の反応や、前田会長の狙いを掘り下げる。

(つづく)

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