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【NHK研究】③ 改革に期待する現役NHK職員

【NHK研究】③ 改革に期待する現役NHK職員

NHKに激震が走っている前田会長の人事改革。と、思っていたら、現役職員からは前向きな声が聞かれた。当然だが、改革にはいろいろな意見が有る。NHK研究の3回目。(立岩陽一郎)

「僕らからすれば、遅すぎた改革という感じです」

東京駅で会ったNHKの現役職員はそう話した。40代の男性。東京で番組制作のデスクをしている。前回説明した原籍で言うと、PDだ。

「もう、原籍とか、そういう考え方が違うんですよ」

そう彼は言った。

ここでもう1つ踏み込んだ説明をしないといけない。PDとはプログラム・ディレクターの略で、テレビ、ラジオといった放送を基幹事業としているNHKにおいて番組作りがPDによって成り立っていることは前回説明した。そして原籍としてPDの他に、記者やアナウンサーなどが有ることも。ただし、PDは更に原籍が分かれるのだ。

私と会っているデスクはPDでも、制作局のPDだ。この制作局は、以前は番組制作局と呼ばれた。これを略して番制と書いて、バンセイと発する。これに対して、ホウバンというPDが存在する。漢字で書くと報番。正式には報道局番組部だ。何事も略することが奨励されるNHKでは、これをホウバンと呼ぶのだ。つまり、同じPDでも、バンセイとホウバンは原籍が異なる。

因みに記者は報道局に所属する。例えば、東京以外の各地の放送局に配属されている記者は、肩書に報道局とは入らないが、指揮命令系統は報道局の下となる・・・という説明はまた別の機会に譲る。再び、デスクの話に戻す。

「テレビとは何か?どうなるべきかと考えないといけない時に、PDとか、記者とか、そういうことじゃないと思うんです。ましてバンセイとかホウバンとか、そんなことでポストが分かれていて、この時代、対応できるんですかね?」

彼は過去に、ホウバンにもいたことが有る。

「それは大変な仕事でした。でも、それを経験したことは今の番組作りにも生きています」

そう話した。静かな話し方をする。私の中にあるバンセイのイメージ通りだ。彼が言う「大変な仕事」とは何か?報道局番組部は、その名称が表す通り、報道番組を手掛ける。「おはよう日本」などの基幹ニュース番組、「クローズアップ現代+」、「NHKスペシャル」がそれらだ。

その日々は当然、その日その日の出来事に追われることになる。例えば夜中に被害の大きな事故が起きれば、直ぐに呼び出される。そして、ニュース企画を作る。限られた時間と素材で一定のレベルのものを出すことが求められる。更に、それをクローズアップ現代+、必要な場合は緊急NHKスペシャルに展開する。場合によっては半日でやらねばならない。

加えて、政治家ともやり合わねばならない。NHKスペシャルで政治を扱う場合は、自民党本部や官邸ともやり取りをしないといけない。日々の社会、政治、経済の動きをチェックし、何か起きれば直ぐに対応する状態に身を置くことを求められる。今は休暇を取得できない状況は許されないが、昔は休暇の取得も難しかった。それがホウバンだ。この略称の語感が持つ荒っぽい世界だ。

バンセイはそうではない。教養番組、ドラマ、音楽番組といったテレビの世界だ。当然だが、NHKを代表する大河ドラマや紅白歌合戦はバンセイの番組だ。これにホウバンが関わることは無い。因みに、紅白歌合戦の後に放送される「行く年くる年」はホウバンが制作しているのだが、これは実は現場で様々な困難が生じるからだ。要は、ホウバンはいろいろと難しい対応を迫られる職場とも言える。

前出のデスクは教養番組系の番組を制作している。社会の問題に切り込む番組で、その深い切り口に私も何度かうならされたことがある。しかし、ホウバンとは作り方が違う。ホウバンと異なり、今日起きたこと、今起こっていることに左右されない。それだけに、時間をかけた深い取材ができる。「ダーウィンが来た」などはその代表例だろう。

前回も書いたがこの原籍を固定した職種別の制度は、同じテレビでも民放はとっていない。報道番組を作っていた人間がドラマを作ったりということは、民放では普通に行われている。これは単純に規模の大小ということでもない。民放はテレビ会社として番組を見せるという意識が強く、NHKは情報をあまねく伝える役割を意識している。そのため、職員には専門性を求める気風が強い。NHKが理屈っぽく見えるのはそのためとも言える。

では、その意識のまま、テレビは生き残れるのか?前出のデスクが言った「対応できるんですかね?」とは、そのことを指している。NHKの極めて厳格な職種の選別で、既に始まっているメディアの激動状態に対応できるのかという意味だ。彼は言葉を続けた。

「例えば、ドキュメンタリーは見られないとホウバンで言われているんです。だから、NHKスペシャルもタレントを出したりと、見てもらう努力が求められています」

確かに、そうだ。昔のNHKスペシャルの様に映像でグイグイ引き込むような作りではない。途中でスタジオでのトークを交えたり、タレントを出して内容を反芻するという形が一般化している。それは、視聴者を飽きさせないための努力だ。「硬派な番組は敬遠される」とささやかれるのが現状だ。

「しかし、Netflixなどではドキュメンタリーは見られているんですよ」

彼は、静かな口調を変えずに話し続けた。つまり、1日24時間を区切って番組を配置してその時その時を伝えるという形だけではやっていけないということだ。

「要は・・・」

観たい人が観たい時に観るというオンデマンドになれば、硬派な番組も観られるのだという。既に起きている新たな波に対応する時代に来ているという。

「そういうことをトータルに考えられる人間でないと、今後のテレビは作れない。PDとか記者とか言っている時代じゃないと思うんです。それを私や、もっと若い世代は思っているわけです。でも、それが上の世代はわかっていない」

彼はこうも言った。

「OBからは、前田会長(の改革)に否定的な意見を聴くことが多いと思うんですけど、現場の私たちからすると、逆に遅すぎたくらいの感覚です」

彼は前田会長の改革は必要だと考えていると話した。私は意外に思うことも無く、ただひたすらメモを取り続けた。なるほど、と思う点も多かった。

実は、この人事改革は前田会長の就任前から議論されていたという話もある。理事を務めたOBが語った。

「以前から議論が有ったのは、要は、記者志望者がいないという問題です」

これは記者だった私からすると、驚きの話だった。

「立岩さんは記者出身だから言いにくいけど、NHKへの就職希望者で、記者の志望者が減っているんですよ」

つまりこのまま職種別の採用をしていると、記者が定員を満たせなくなるという話なのだという。91年に私が入局した時の倍率がどのくらいだったかはわからないが、かなりの狭き門だったという印象が有る。大学の友人でもNHKの記者を志望する人間は少なくなかった。それが平成の初め(平成3年)だ。そして令和になって、状況は一変しているのだという。

「もともと3Kとは言われていたが、それだけではないんじゃないかと思うんですよ。ひょっとして、記者というものの魅力が通じていないんじゃないか・・・そう思います」

勿論、私の時も記者は3K職場というのは一つの常識だった。それでも社会正義を実現するという崇高な理念を掲げて多くの若者が記者を目指した。そうした状況に変化が起きているのか?それとも、その「看板」のメッキが剥がれ、既に理念と異なる状況が露になっているということか?

「そこはわかりませんが、確かなことは記者志望者が減っていることです」

そのOBはそう言った。

記者のなり手がいない・・・これについて前の回で人事制度改革に憤ったOBに問いただしてみた。そのOBは元記者だ。

「それは・・・そうだ。男性の志望が減っている。それは間違いない」

と言ってから、「女性の志望者はそう減っていない」と加えた。それと・・・と言葉をつないだ。

「仮に、記者を志望していない人間を採用して、じゃぁ、『明日からお前は記者だ』と言われて、そんな記者が良い記者になるんだろうか?」

バンセイから見たらホウバンは激しい職場だと書いたが、そのホウバンより激しいのが記者の職場だ。記者は取材先にPD以上に肉薄することが求められる。それも1つの番組が終わって途切れるということではなく、2年、3年と取材先との関係を深める覚悟が要る。昼夜を問わないことも、PDの比ではない。取材先との関係も墓場まで長く続く。私にしても、昔取材したオウムの被害者とは今も付き合いが続いている。それは普通の人の感覚とは違うが、「それが記者だ」と言われれば、私もそう思う。

OBが言うように、はたして一括採用されて「歌番組を制作したい」と言っている若者に、「明日から記者として取材に専念してくれ」と言われて、それが成立するのだろうか?

前出の番組デスクは、「PDとか記者とか言っている時代じゃない」と語ったが、では、この時代に求められるテレビマンとは、NHK職員とは、どういうものなのか?彼もそれを明言してはいない。恐らく、それは誰にもわからない。

では、この人事改革が求めるNHK職員像とはどうなのか?取材を進めると、前田会長がある特定の人物の名前を挙げていたことがわかった。
(つづく)

※当初、「制作局」と書くべきところを「番組局」と誤記していました。指摘を頂き修正しています。写真はNHKの関係者から提供を受けたもので、執筆者がNHKの敷地に入って撮影したものではありません。

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