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【NHK研究】④ 前田改革が求める人材とは

【NHK研究】④ 前田改革が求める人材とは

職種にこだわらない一括採用など前田会長が進めるNHKの人事改革。その目指すところは何か?前田NHKはどういう人材を求めているのか?取材を進めると会長がある人物名をあげていることがわかった。(立岩陽一郎)

「前田会長が、言ったことが有るんです」

NHKを常にウオッチしている主要メディアの記者が私に語った。

「なんでNHKには、林さんしかいなんだって・・・」

あ、と思った。そして、問うた?

「林理恵さん?」

「はい」

その時、前田会長の進める人事制度改革の狙いが見えてきた。

従来の職種別採用を止めて、一括採用を導入するとした前田会長の人事制度改革。それがNHKの内外に衝撃を与えていることを書いている。NHKのwebサイトでは、その採用を22年度から行うとしている。

そこには次の様に書かれている。

「公共メディアへの進化を目指すNHKでは、常に視聴者と真摯に向き合い、幅広い視野で専門性を磨きながら、「新しいNHKらしさ」を一緒に創り出していけるプロフェッショナル集団の一員=「公共メディア プロ人財」となれる人財を募集します」。

「公共メディア プロ人材」とは何か?次の様な補足の説明がなされている。

  • 公共性:視聴者と真摯に向き合い、地域や社会に貢献する姿勢
  • 次世代メディアへの進化:デジタル展開など新たなチャレンジを追求する意欲
  • プロフェッショナル:幅広い視野で高度な専門性を磨いていける資質

前回説明した通り、これまでの採用は、放送業務ではアナウンサー職、記者職、PD(プログラム・ディレクター=番組制作)職などに分かれていた。それが無くなる。

これについては支持する現役職員もいるが、OBを中心に懸念の声が大きいことは既に書いてきた。その懸念にNHKも理解を示しているようで、webサイトの採用ページに以下の様な記述を見つけた。

Qなぜディレクターや記者などではなく、
具体的な業務内容を選択するのですか?

Aメディアを取り巻く環境が大きく変化する中で、NHKの中にもデジタル分野など、これまでにない多種多様な業務が生まれています。NHKを志望するみなさんに、実際に携わることのできる幅広い業務を提示することで、仕事内容をより具体的にイメージしてもらえるようにしました。
ディレクターや記者、アナウンサーなどの職種が無くなるわけではありません。みなさんの希望や適性を踏まえて、選考の中で「軸となる業務」を決めていきます。

Q記者やアナウンサー、ディレクターとして、専門性を追求することはできますか?

Aもちろん可能です。それぞれが志望している専門性を磨き続けて視聴者に貢献していくことを尊重します。
一方、実際に入局してキャリアを重ねるうちに、異なる専門性を磨きたくなったり、全く新しい業務に挑戦したくなったりすることもあるかもしれません。例えば、記者として実績を積んだ職員がその経験をいかし、データを駆使した新たなデジタルサービスの開発に携わる。アナウンサーがコミュニケーション能力をいかし、新たな視聴者サービスの企画や展開に関わる業務を担当する。そうしたキャリアチャレンジを柔軟に行えるようにしながら、一人ひとりの多様なキャリアパスを実現し、能力や可能性を最大限に発揮できる環境を整えていきます。

興味深いのは2番目の答えの「それぞれが志望している専門性を磨き続けて視聴者に貢献していくことを尊重します。一方、実際に入局してキャリアを重ねるうちに、異なる専門性を磨きたくなったり、全く新しい業務に挑戦したくなったりすることもあるかもしれません」という部分だ。前回紹介した改革を是とする現役PDの話に通じる。

しかし、それでも私には疑問が沸く。例えば、私自身の記者としての経験を考えてみたい。私は91年にNHKに記者職として入った。最初に東京で研修がある。それは、全体研修として放送、技術、管理の全ての職種の全同期で受けるものもあれば、放送職のアナウンサー、PD、記者、カメラマンでの研修もある。また、記者とカメラマンだけの取材研修もあるし、記者だけの原稿書きの研修も有る。それが1か月弱続き、各地方局への配属が決まる。

私は沖縄放送局に配属された。同期は記者の私以外に、放送職からはアナウンサーとPD、管理からは営業職、そして技術職と、全員で5人が配属された。5人は沖縄在任中は常に集まって励まし合う関係だったが、正直言うと、志向はそれぞれ全く異なる。皆それぞれ優秀だが、この4人の誰も記者職になろうとはしていなかったし、将来的に記者職に転職したいという希望も無かった。それは今も変わらないだろう。

私は沖縄で5年記者をした後に東京に異動となり、以後、海外特派員、社会部記者という形で取材を専門にしていく。その間の情報技術の革新と普及は言うまでも無く目覚ましく、最初はワープロが貸与され、次に携帯電話が貸与され、更にパソコンが貸与され・・・と、情報通信技術は取材環境を劇的に変えた。NHKの最後の仕事となった「パナマ文書」の様に、暗号化されたテラバイトの情報にアクセスして取材をするといった状況は、私がNHK記者になった91年には思いもしなかったものだ。

しかし、私が「例えば、記者として実績を積んだ職員がその経験をいかし、データを駆使した新たなデジタルサービスの開発に携わる」ことに興味を持つかといったら答えは否だ。逆に言うと、こういう疑問となる。「データを駆使した新たなデジタルサービスの開発」に興味の有る人は、そもそも記者を目指すのだろうか?

取材においてデータを駆使する、或いは情報技術を駆使するといった取り組みは益々重要になっている。そのため、取材を担う記者、PDに求められる能力は私が記者になった91年とは異なる部分も出てきている。しかし、何れにせよ、その先に「デジタルサービスの開発」が有るとは思えない。

前回の記事でこの人事改革に前向きな現役NHK職員の話を書いたところ、その記事に批判が寄せられた。「改革を支持している職員などいない」「現場に足を踏み入れて取材して欲しい」といった内容だ。そういう意見は意見で参考にしたいが、私は批判のために書いているわけではない。あらゆる改革には賛否が伴う。そこは冷静に見たい。

その一方で、この人事改革が求めるNHK職員とは何かという点が私には見えてこなかった。NHKが言うところの「公共メディア プロ人材」とは何だろうか?それが見えてこなかったのだ・・・ 冒頭の主要メディア記者の言葉を聞くまでは。その記者が会長の言葉として語った「林さん」と聞いて、全てが見えてきた気がした。

「林さん」とは林理恵理事のことだ。20年4月に理事に就任している。現在、唯一の女性理事だ。

なるほど・・・と思ったのは、林氏とは私も接点があったからだ。林理事の原籍は記者だ。政治部記者から特派員含みで国際部に異動し、特派員前の研修の場で私は一緒だった。政治部記者としても名の知れた存在だったが、気取らないきさくな人柄だった。

私はその研修も終わって間もなくしてペルーで起きた大使公邸人質事件の取材で現地入りし、その後、そのままイランの特派員になった。林氏の特派員先は、政治部記者の通常コースであるワシントン支局と考えられていたと思う。例えば、ニュースウォッチ9の大越健介氏などがそうだ。つまり、一種のエリートコースという感じだった。研修の時も、衛星回線を使った伝送装置の説明などでは、「林さんにはこれは要らないとは思いますが」などと言われていた。通信回線の発達した先進国に行く記者には必要無いという意味だったと思う。

ところが、林氏は特派員にはならなかった。気が付くと、記者でもなくなっていた。管理部門に異動。そして国際企画部長となる。放送の現場ではなく、NHKの国際的な展開を見る部署のトップだ。そして順調に出世して神戸放送局長。神戸放送局は大阪放送局や名古屋放送局の様な拠点局ではないが、NHKの局の格付けは高い。そして国際放送局長になり、理事に就任ということだ。

冒頭の主要メディア記者の話に戻ろう。私は会長の言った言葉の意味を尋ねてみた。林氏の何が他の人と違うのか?

「記者出身の理事は記者のことしか知らない。番組制作(PD)の理事は番組制作・・・まったく幅が無いという言い方でした」

で、林理事だけ違う?

「はい。林理事は記者出身だけど、記者だけでなく、NHKの全体のことを考えられるし、海外のことも詳しい、と」

なるほど、林氏か。私は前田理事の改革の狙いが見えた気がした。否、「見えた」は正しくない。明確に書こう。人事改革の目指す人材がぼやけていることが見えたということだ。

林氏を高く評価するのは極めて合理的な判断だし、ある意味、正しい判断の様にも思える。優秀であることに疑問は無いだろう。しかし、その判断には、ある種の危うさが付きまとう。林氏の優秀さは記者としてはどうだったのだろうか?「専門性を磨き続けて視聴者に貢献」したのだろうか?前田会長はそう判断しているということなのだろうか?否、そもそも、そうした記者としての評価は関係無いということなのか?そこが明確でないと、この改革が目指す職員像はぼやけざるを得ない。

(つづく)

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