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【NHK研究】⑤ 40代で局長に抜擢する人事改革の行方

【NHK研究】⑤ 40代で局長に抜擢する人事改革の行方

NHKに衝撃が走る前田会長の人事改革。その1つ、40代職員の地方局の局長への抜擢だ。それは何を目指すのか?(文・写真/立岩陽一郎)

局長の公募については、123名の職員から応募がありました。応募者の所属等、詳細についてはお答えしていません

NHK広報局から私宛に届いた回答にそう書いてあった。問い合わせたのは人事改革の目玉の1つである40代での局長へ抜擢だ。前田会長は21年1月13日の会見で次の様に話した。

例えば、局長についても、今、人事局が検討しているんですけど、40代の局長を公募したいなと

公募は社内公募。つまり、「社外」ではなく、NHKの内部からだという。

局内から手をあげて頂いて、もちろん、しっかりと面接させていただきますけれども、やる気のある方は手をあげていただきたいと、そう思っています

ここでいう局長とは地方の放送局のトップのことだ。NHKが47都道府県に最低1つはおいている放送局のうち、本部である東京の放送センターの他、大阪などの拠点局を除いた各地の地方放送局(以後、地方局)の局長のことを指している。ここに40代の中堅職員から「やる気のある方は手をあげていただき」抜擢するという。

ここでNHKの従来の人事制度におけるこの局長の流れを説明しておく。NHKは入局時にそれぞれ異なる職制で採用されることは既に説明した。基本的に、NHK職員はその職制の中で全国への転勤を経験するなどしてキャリアを重ねる。

例えば記者について書くと次の様になる。

研修後に地方局に配属となり5年から8年ほど地方で経験を積む。その後に東京の放送センターや大阪といった拠点局でキャリアを重ねる。その中で認められて地方の局長になる。

年齢は50代半ばが普通だ。

NHKは54歳で早期退職の対象となる。放送センター、つまり東京の本部で局長級になれば別だが、多くの職員は50代半ばで一度退職することになる。その際に、地方局の局長で終わるケースは多い。つまり地方局の局長というのは俗に言う上がりのポスト、つまり定年前のポストというのが従来の位置づけだ。勿論、地方局の局長から本部に戻って更に上に行くケースもある。前回紹介した林理恵理事の場合は神戸放送局の局長から本部の局長になり、そして理事に就任している。

この放送局について更に説明しておく必要がある。ここで本部と書いている放送センターは、NHKの本社的な存在で渋谷にある。多くの人がイメージするNHKと言って良いだろう。そこには部署ごとのトップとして局長がいるが、ここで言う放送局長とは位置づけが異なる。簡単に言うと、地方の局長より上の位置づけとなる。

一方で、各都道府県にある放送局の中でも、大阪を筆頭に地域の中核となる放送局がある。大阪以外では、札幌、仙台、名古屋、広島、松山、福岡がそれにあたり、所在地の道府県以外の地域全体を統括する役割を担っている。例えば福岡放送局は九州各県の各地の放送局に加えて沖縄放送局を管轄している。その為、これらはNHKでは拠点放送局と呼ばれている。

話を戻す。前田会長が40代からの抜擢を掲げた局長は、こうした大規模な放送局のトップではない、地方局のトップを指している。ただし、地方局にも序列があり、例えば、大阪拠点放送局の下にあっても京都放送局や林理事が局長を務めた神戸放送局は対象とはならず、奈良、大津、和歌山がその対象となるだろう。この局の位置づけについてはまた別の機会に触れるとして、それでも、年功序列を旨としてきたNHKでは大きな改革だ。これまでの説明でもわかる通り、現在の各局の局長は50代半ばから60手前といった年代だからだ。

ところで、ここで最も重要なのが、この地方局の局長が何をしているのかという点だ。東日本の放送局長を経験したOBは次の様に話した。

言葉は悪いが、地元対策だ。地元の商工業のトップ、国の機関のトップらと懇親を深め、NHKについての理解を深めてもらう。それが仕事だ

具体的にはどういうことなのか?

受信料対策だよ。NHKが地元で開催するイベントで挨拶したり、地元の企業のトップらとの会合に出たりして受信料への理解を求める

番組に関与したり取材指揮を執ったりすることはないのか?

それは無い。それは各部の部長が対応するもので、局長は基本的に放送に関わることは無い

NHKは全国放送だけではない。各地の放送局が制作する番組も有る。例えば、ローカルニュースも出している。そうした地域放送について放送局長が責任を負うものではないのか?

名目上はそうだろうが、実態はそうではない。例えばニュースなら、報道担当の副部長、部長が対応する。仮にその上の判断を仰ぐ必要が有るならその地域の拠点局の報道統括の判断を仰ぐことになる。放送局長は説明を受けることは有るが、判断を下すような立場ではない

OBは意見することは有るとは言った。どういう時か?例えば、記者出身の局長ならニュースの現場に一言言うことは有る。PD出身なら番組について意見することは有る。営業出身なら営業の現場に意見をすることは有る。技術出身なら技術について意見することは有る。しかし、それはあくまで属人的なもので、局長の業務として行っているわけではない。OBはそう話した。それは私の経験とも合致する。

私がこの対象となる地方局で経験したのは沖縄放送局だけだが、その時の局長はPDのホウバン(以前の回を参照あれ)で名の通った人だった。この局長は若造だった私をかわいがってくれて、いろいろとアドバイスをくれた。それは、あくまで個人的な関係で、こういう取材をすれば良い番組になるというアドバイスをくれたものだ。

つまり地方局の局長は少なくとも番組作りについては、「君臨すれども統治せず」というものだ。これは、NHKの制度から見れば合理的なものと言える。

地方局の局長は一種の上がりのポストだと書いたが、その上がりのポストを目指すのは番組制作に関わる記者やPDだけではない。営業職種、技術職種の職員もいる。以前紹介した理事の話にもあるように、採用別の職種でキャリアを積むNHKでは、営業や技術の職員にも一定の割合で局長のポストが与えられる。前掲のOBが指摘するように、仮に、報道番組などで局長の判断を仰ぐことになると、局によっては、これまでのキャリアで全く報道や番組制作に携わっていない人に判断を仰ぐことになりかねない。それは無理な話だ。

前田会長の「40代の局長を公募したい」という狙いは、若手の登用によってNHKを変えたいというもので、その発想は悪いものではない。また、この地方局の局長が、前田会長がキャリアを積んだ銀行の支店長の様な役割であるなら、若手を登用することで支店全体を変え、それが銀行全体の活性化につながるという理屈もわかる。しかし、そもそも現場の制作作業に関与しない「支店長」だと、若返りは単なる「バカ殿」を生むだけに終わる危険性も有る。

冒頭のNHK広報局の回答は、私が得たある情報に基づいての質問に対するものだ。それは、既に報道局の特定の記者が応募することが内々に決められているというものだった。特定の職員が応募することが決まっているという一種の出来レースという内容だ。

これは実は内部の現役の職員からもたらされた情報だった。NHK広報局の回答はそれを否定するものだ。私はこの否定を覆す情報は持っていない。回答に書かれた「123人」は、3月4日の会長会見で明らかにされている。

今回、地域放送局長を社内で公募しまして、123人の方が手をあげていただいて、かなりの数、女性が入っておりました

これは女性の登用について問われた際の答なので、前田会長は公募そのものについてはこれ以上は語っていない。しかし1月13日に会見で明かされたものが2か月弱で123人ものNHK職員が手を挙げたという事実は極めて奇異にも感じる。勿論、職員には事前に伝えられていたのかもしれないが、それにしても動きが早い。

NHKの職員は、良し悪しは別として、基本的に賢い。何かの判断を下す際に、先ず自身の今後を考える。そうでない職員もいないわけではないが、それは極めて稀だ。そうした職員が、従来の制度と全く異なる「40代の局長を公募」と知って直ぐに手を挙げるというのは、NHKに長くいた私には奇異なことにしか思えない。

何が言いたいのか?この制度を進めている人事局も、全体の経営計画をまとめている経営企画局も、会長の意向に沿って働きかけを行ったのだろうと推測する。人事局長、経営企画局長ともに社会部時代の先輩であり知らない人物ではない。彼らはどう考えるか?そう考えた時、事前に応募者を決める形をとっていると見ると、合点がいく。勿論、仮にそうだったとしても、それが問題だと言う気は無い。問題はそこではなく、そもそもこの「公募」の先に何が有るのかだ。

NHKの本社である放送センターの中に、東京と関東甲信越を管轄する首都圏センターという言わば「東京放送局」がある。そこの報道幹部を務めたOBは、次の様に話した。

誰も会長に何も言えないのだろうか?銀行の支店長の様に考えて、経営幹部を養成したいのかもしれないが、そもそもNHKは報道機関だ。職員は社会的な使命を持って正義を実現することを学ぶべきで、40代から幹部候補生を作るというのは、放送ジャーナリストの育成とはかけ離れてる

私はあらためてNHKに問うてみた。

まず、公募制の局長は、審査はいつから始まり、いつ公募による局長は誕生するのか?もう1つが、私の最も大きな疑問だ。拠点局以外の地域放送局長は、基本的には番組の中身よりも受信料対策を基本とした地元との交流の「顔」という位置づけかと思うが、その役割も変わり、番組の中身にも放送局長が積極的に関わるということか?

それについてのNHK広報局の回答は以下だ。

 質問1)人事に関する詳細は差し控えさせていただきます。選考通過者については、今後の人事異動で、地域放送局長を含むポストに適材適所で任命していきます。

質問2)放送局長は、地域におけるNHKの事業全般の最終責任者です。

我ながら愚かな質問をしたものだと思った。

(つづく)

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