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【NHK研究⑩】「この改革ではドキュメンタリストは育たない」

【NHK研究⑩】「この改革ではドキュメンタリストは育たない」

NHKを改革する前田会長。それは組織論としては正しいと言う人は多い。では、その結果、NHKの番組制作能力はどうなるのか?(立岩陽一郎)

「前の会長は何もしなかった」。

前田会長がよく口にする言葉だという。取材に応じた複数のNHK職員が口にした。

「前田会長は以前の会長が何をしたのかを調べて、それを意識しているのでしょう。よく口にしています」。

その「以前の会長」は外部から会長に就任した4人の会長を指している。NHKの会長は2008年以降、外部の経済人が就任している。2008年にアサヒビールの相談役だった福地茂雄氏。2011年にJR東海副会長だった松本正之氏。2014年が三井物産副社長の籾井勝人氏。2016年が三菱商事副社長でNHKの経営委員会常勤委員も務めた上田良一氏。

前田会長の「何もしなかった」を聞いたらこの4人はどう思うだろうか。先ず、不快には思うだろうが、同時に、「仕方ないじゃないか」とも思うだろう。全員が1期3年で会長職を退いている。外部から来て3年間でNHKをどう変えろというのか?そう思っているだろう。勿論、皆、1期で去ろうとは思っていなかった筈だ。1期目で徐々に慣れて2期目で改革できることに着手・・・と考えていただろうと思う。

「恐らく前田さんは、そういう状況を深く見ていたのだと思います。だから1期で何ができるかを考えたのだと思う」。

その結果が経営計画であり、その根幹である人事改革というわけだ。なぜか?

「人事を握られるとどんな人間も弱いという組織の論理を熟知しているのでしょう」。

ある報道局の中堅職員はそう言った。多くのNHK職員が言うのは、別の中堅職員が言った次の言葉に集約される。

「結局、放送とかメディアといった本質に手を付ける知識や経験は無い。それでNHKを改革をするとなると、人事にしか手をつけられない」。

その象徴が職種別の採用を止める採用や、40代の職員の地方放送局(以後、地方局)長の登用ということだ。このうち地方局の局長は123人が応募し、12人が選ばれたことは前回書いた。

それに触れた前回のNHK研究の記事がNHK広報局で話題になったという話を耳にした。伝聞故、明確なやり取りではないが、次の様な話があったという。

「この記事、改革を激賞しているじゃないか」。

「(クローズアップ現代の批判的な記事との)バランスをとったのかな?」。

その話を聞いて再度自分で書いた記事を読み直してみた。確かに、「やはり前田会長は人事を知り尽くしている」などと前田会長の手腕を誉めるような書き方になっている。それ故のやり取りだったのだろう。

しかし、ここは私の稚拙な文書から生じた誤解も有る。私としては、一種の皮肉も込めたつもりだったからだ。結局は人心掌握なのではないか?そういう含みも少し込めている。

もう1つ、前田会長が「人事を知り尽くしている」エピソードが有る。前田会長は「次の会長はNHKの内部から昇格させたい」と事ある毎に口にしている。これは本音かもしれないが、外から見ると、実にうまい人心掌握の術だ。

NHKの会長を決めるのは経営委員会だ。そう放送法で決められている。しかし実際に、どういう経緯で過去の会長が選ばれたのかは不透明だ。前田会長自身が自らの会長就任に驚いたことを明かしている。当然、その不透明さの中で現職の会長が関われる余地も無いとは言えない・・・勿論、その時の会長と政権との関係や政治状況全体が大きく影響することは間違いない。しかし、会長の周囲にいて常に会長とやり取りをしている理事にとって、会長の考えは重い。

そうした中で前田会長が「次の会長はNHKの内部から昇格させたい」と言えば、副会長やその他の理事はどう思うだろうか?先ず、前田会長に反旗を翻すような対応はとらないし、とれない。自分が「次の会長」になるかもしれないからだ。

かくして、理事会は大政翼賛会と化す。その動きは、理事手前の局長にも影響する。誰も前田会長に逆らうことはなくなる。それどころか、我先に前田会長との距離を縮めようとする。

以上は私の想像だが、恐らく間違いない。長くNHKにいるとそういう幹部職員の姿しか見なくなるからだ。勿論、それを悪く言う必要は無い。改革に向けて一致団結していると理解すべきかもしれない。

しかし、この改革には見過ごされている点が有る。2001年に放送されたETV特集の内容が不当に改変されたと記者会見で明かし、その後にNHKを辞めた長井暁氏(58)は、次の様に話した。

「NHKに改革が必要なのは間違いないでしょう。前田会長が言うセクショナリズムの弊害は実際にあるし、若者の登用も必要だと思います」。

しかし、その若手の登用の仕方が違うと話す。

「NHKはいろいろなプロジェクトを立ち上げます。私は『テレビ50年事務局』や『放送80年プロジェクト』を40代前半でやっています。まだデスクになったばかりですが、こうしたプロジェクトで責任の有る立場に就くことで、バンセイの私が、報道局の大物や時には会長ともやり取りするわけです。そうやって番組を作っていくことで自分も成長するし、その結果が番組に反映されるんです」。

前田会長の改革からはNHKの番組の質を高める議論が見えてこないと話す。

「番組制作に関して言えば、相当専門性の高いスキルが必要です。独自の視点で深い取材を行える人材を作れるかが重要になってきます」。

87年入局して主にバンセイ系のPDとしてNHKスペシャルを作ってきた長井氏は、現在も大学でドキュメンタリーについて教えている。長井氏は言う。

「少なくとも前田会長の人事改革では、ドキュメンタリストは育たない。ドキュメンタリーの制作って、マニュアル化できないんです。積み重ねてきた職人技が有って、それに個人の人間性を加味されて内容が深まっていくんです」。

ここで長井氏が指摘する「ドキュメンタリストは育たない」はPDについて言える話だが、同じことは記者にも言える気がする。つまり、前田会長の進める改革では、「記者は育たない」となる。つまり、NHKの報道の重要な部分は極めて脆弱なものになる危険性を否定できないということだ。

それはなぜか?NHKの様な組織では、上にどう見られているかが職員のモチベーションで極めて大きな部分を占める。前回触れた林理事の件を事例に出すのは林理事に失礼ではあるが、再度、触れさせて頂く。

林理事がバランスのとれた優秀な職員であることは事実だが、林理事以上に番組制作や取材で成果を出している職員は多い。勿論、そうした職員の全員が理事を目指しているわけではないが、経営のトップがバランスのとれた優秀さに高い評価を与えるとなると、職員の関心がそちらに向かう恐れが有る。従来はそこが微妙なバランスで成り立っていて、それなりに現場で成果を出すことが上のポジションに就くことの前提になっていた。前田改革はそれを変えるものだ。

前田改革が目指す姿は、プロ野球の組織に近いのかもしれない。選手かフロントかという分け方だ。「あなたは名プレイヤーを目指しますか?それともフロントで経営に就きますか?」という問いだ。

当然だが、プロ野球のシステムが機能しているのは、若い有望な選手がフロント入りを目指さずに、スター選手を目指しているからだ。このベクトルが変わるとプロ野球は成立しなくなる。同じことは実はNHKにも言える。みなが経営幹部を目指し始めたら、NHKは機能にしなくなる。

つまり、「私は偉くなるよりも、プレイヤーとして高い評価を得られるようになりたい」と言える風土をNHKに作れるか。前田改革の成否はそこにかかっている。それには、現場に裁量権と予算を与えるとともに、最も大事なものを与える必要がある。それが何かは今後のNHK研究の中で書いていくが、少なくとも今の改革からはそうした議論が何も見えてこない。

このNHK研究の連載は特ダネ狙いで書いているものではない。得られた資料を読み、可能な範囲で関係者から話を聴く。その中で「クローズアップ現代+」の終了の情報を得たので、それについてはこの連載の中で書いた。それは、これが前田会長改革を象徴する出来事だと思えるからだ。

これについてNHKは「まったくの事実無根」とする見解を出した。異例の対応だ。

NHK研究ではいくつかの証拠を示して更に記事を出している。そこであらためてNHKに問い合わせをしたので、それについて触れておく。NHKに4月12日に以下の4つの質問を投げた。

①「まったくの事実無根」という見解は現在も変わらないという理解で良いのでしょうか?

②「まったくの事実無根」とは、「クローズアップ現代」の終了を決定していないだけでなく、その後継番組について検討している事実も無いという理解かと思います。そういう理解で良いのでしょうか?

③「まったくの事実無根」ということは、その見解の対象となっている記事は、捏造であるか、虚偽の情報に基づいて書かれたということになるかと思います。そういう理解ということで良いのでしょうか?

④「クローズアップ現代」は来年4月以降も続くという理解で良いのでしょうか?

NHKからは、4月16日に以下の回答があった。

「見解はすでにお伝えした通りです。

NHKが『クローズアップ現代+』の終了を決定したという事実はございません」

この回で前田会長の改革についての内容を終える。次回からは、一連の改革話から離れて、NHKの組織やそこで働く職員の意識に焦点をあてる。

(つづく)

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