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【NHK研究⑫】NHK理事とは何か

【NHK研究⑫】NHK理事とは何か

NHKとはどういう組織で、そこで働く人々は何を考え、何を目指しているのか。それを考えるNHK研究。今回は理事について取り上げる。それは会長とともにNHKの経営を担う経営トップだ。(立岩陽一郎)

21年4月20日、NHKは新たな理事の就任を発表した。その日にNHKの経営委員会に提出された理事の人選が認められたもので、2人の役員が退任して新たに2人の局長が役員に昇格した。加えて、専務理事1人が再任された。それについての前田晃伸会長のコメントだ。

「本日の経営委員会の同意を得て、4月25日付で、板野裕爾専務理事を再任し、新たに児玉圭司技術局長、伊藤浩経営企画局長を理事に任命します」。

翌日の新聞に以下の様な記事が出ている。

「『政権に近すぎる』NHK役員を再任 元幹部『異常だ』」(朝日新聞)。

「NHK、板野専務理事を再任 『政権近い』懸念も」(毎日新聞)。

何れも、板野専務理事の再任に対する懸念を伝える内容だ。同様の懸念はNHKの内部から私にも届いている。最も短い憤りの言葉を送ってきたのは報道局幹部だったOBだ。

「板野は官邸のスパイで報道機関にいるべき人間ではない」。

別の報道局幹部だったOBは少し長い説明を送ってきた。

「前田会長は官邸に逆らえないが板野を建て替え本部担当にしたのがせめてもの抵抗と見られている。これは2年前に板野をエンプラ(NEP=NHKエンタープライズ)社長から理事に戻した時も放送系からは外した当時の上田会長が行ったのと同じ理屈。そんなに重要でないなら使う必要は無いし、(給与の支払いは)受信料の無駄遣い。官邸の圧力に屈した証明」。

前田会長のコメントにある通り、理事は経営委員会での承認を経て任命される。OBの言葉にある「2年前」について経営委員会の議事録が残っている。

2019年4月26日の第1327回経営委員会の議事録だ。

そこで追手門学院大学教授の佐藤友美子委員が次の様に発言している。

「板野さんが理事になられた場合、いろいろ反発があるのではないかと。たまたま今日もそういう記事が出ています。それだけではなくて私自身も何年かやってくる中で、ちょっとこれはどうかと思うようなことがいくつかありました」。

また一橋大学教授の井伊雅子委員からも次の様な発言が出ている。

「板野さんに関しては、今回の様な記事が出て、何か昔の記憶などからとても嫌な思いをしたことは確かです」。

2人の委員が触れた記事とは、板野理事が官邸と近いという内容のものだ。では、板野理事が官邸に近い人物なのか?板野理事は「官邸のスパイ」なのか?その詳細は実際には明らかではないし、私も断言できるほどの情報は無い。

このNHK研究は残念ながら、そうした内部の深い話に関心を向けるものではない。そこまでの取材力は私には無い。何れにせよ、NHK幹部の人事に政治が介入しているのではないかとの疑惑の目で見られる事態が、ここ数年の常となっているのは残念なことだ。

あまり板野理事にこだわる気は無いが、材料として、OBの「板野を建て替え本部担当にしたのがせめてもの抵抗」という点を考えてみたい。新たな理事の発表には、その役割も記されている。ここでは、会長、副会長には触れない。

専務理事

 松坂千尋:経営企画、関連事業

 板野裕爾:新放送センター業務

 角英夫:大阪、西日本

理事

 若泉久朗:放送統括(補佐・制作)

 松崎和義:営業

 小池英夫:放送統括(補佐・報道/国際放送)

 田中宏曉:コンプライアス、広報

 林理恵:人事・労務

 児玉圭司:技術

 伊藤浩:経営企画(補佐)

板野理事の「新放送センター業務」というのが、OBの言うNHKの放送センターの「建て替え本部担当」ということだ。理事の任命は経営委員会の承認を経て決まるが、その担当は事実上、会長の一存で決まる。

放送センターの建て替えが重要ではないとは言わないが、それに専務理事を選任であてる必要が有るのだろうか?前掲の会長コメントで、前田会長は、「さまざまな意思決定を迅速に行えるよう理事と現場の局長を一部兼務させるなど、組織のフラット化も進めます」としている。それは「スリムで強靭なNHK」という「大改革」のためということだが、そうであれば、放送センターの建て替えだけを担当する専務理事の存在には違和感が有る。そこに前田会長の本音を見るNHK関係者は多いだろう。

理事の任命に関する前田会長のコメント

いろいろと書いてきたが、この「NHK研究」の狙いは、人事の内情を明かすものではない。あくまでNHKという組織について考察するのが趣旨だ。今回は、NHKの理事に焦点をあてる。そもそも、この理事とはどのような存在なのか。

放送法には次の様に書かれている。

第四十九条 協会に、役員として、経営委員会の委員のほか、会長一人、副会長一人及び理事七人以上十人以内を置く。

第五十条 会長、副会長及び理事をもつて理事会を構成する。

 理事会は、定款の定めるところにより、協会の重要業務の執行について審議する。

第五十一条 会長は、協会を代表し、経営委員会の定めるところに従い、その業務を総理する。

 副会長は、会長の定めるところにより、協会を代表し、会長を補佐して協会の業務を掌理し、会長に事故があるときはその職務を代行し、会長が欠員のときはその職務を行う。

 理事は、会長の定めるところにより、協会を代表し、会長及び副会長を補佐して協会の業務を掌理し、会長及び副会長に事故があるときはその職務を代行し、会長及び副会長が欠員のときはその職務を行う。

 会長、副会長及び理事は、協会に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、直ちに、当該事実を監査委員に報告しなければならない。

NHKには会長、副会長の他に、理事が7人から10人の範囲でいるということだ。その業務は、「会長の定めるところにより」、「会長を補佐して協会の業務を掌理」するというものだ。一般の企業における取締役という理解で良いだろう。理事への就任は、名実ともにNHKの経営幹部への就任を意味する。その任期は2年。勿論、再任は有る。

当然だが、会長、副会長、理事は定期的に会合を開いている。これを理事会と呼ぶ。理事会とは、NHKによると次の様になる。

「理事会は、放送法第50条に、会長、副会長、理事をもって構成し、協会の重要業務の執行について審議すると規定されています。
 原則として、毎月2回開催し、たとえば、「放送番組の編集の基本計画」や「予算・事業計画」など経営委員会に諮る事項やそれ以外の重要事項の審議を行うほか、協会の各部局から業務遂行状況等の報告を受け、必要な検討を行っています。
 また、理事会の開催日時、出席者名、議案、議事の概要等を記載した議事録を公開しています」。

NHKの業務執行についての決定を行う場が理事会ということになる。NHKには経営委員会があり、理事の選任の様に理事会での決定を経営委員会が了承する形になる。そのため、表向きはNHKの最高意思決定機関は経営委員会とされるが、NHKの中での業務を決めるという意味では理事会が事実上の最高意思決定機関と言って良い。

理事の中でも特に重要な位置にいるのが放送統括と称されている理事だ。前掲の理事一覧で言えば、若泉理事と小池理事だ。ここで若泉理事が「補佐・制作」で小池理事が「補佐・報道/国際放送」となっている点に注目して欲しい。

制作と報道。このシリーズでバンセイとホウバンというNHKの内部用語で伝えてきたNHKの二大部局を指している。バンセイとは番組制作の略で制作局の職員を指し、ホウバンは報道番組の略で報道局の職員を指す。音楽番組、ドラマ、教養番組などを担当するのが制作局で、ニュース番組を担当するのが報道局。国際放送は報道局に事実上付従属する部署と位置付けられている。それぞれを統括するのが若泉理事と小池理事ということだ。

なぜ「補佐」とついているのか?それは正籬聡副会長の担務を見るとわかる。そこに「放送統括」と書かれている。つまり2人は正籬副会長を支える役割を担うということだ。別の呼び方がある。 正籬 副会長が放送総局長で、若泉理事と小池理事が副総局長となる。

若泉理事、小池理事のポストには、それぞれ制作局長経験者、報道局長経験者が就く。興味深いのは、この理事人事の3日後に発表された局長人事だ。制作局長、報道局長がともに関連事業局付となっている。これは両局長がNHKを退職して関連会社に行くことを意味している。彼らは理事にはならなかった。前田会長から選ばれなかったということだ。

そして前田会長に選ばれたのが児玉技術局長と伊藤経営企画局長だったということだ。児玉局長は技術畑なので、前任の技術担当の児野昭彦理事の次という意味で順当だ。縦割りの強固なNHKでは、技術畑の理事は必ず1人入る。

では伊藤局長についてはどうだろうか。原籍は記者だ。理事には、松坂専務理事、板野専務理事、小池理事、林理事など、記者出身は既に多くいる。

勿論、伊藤局長は優秀な人物なのだろう。1つだけ事実を書いておく。私がNHK時代に手掛けたニュースに、胆管癌の調査報道がある。大阪の印刷会社で胆管癌を発症するケースが相次ぎ、それを調べていく中で原因となる化学物質の存在を突き止め、その結果、全国の多くの印刷業務の従事者の健康被害が明らかになり、後に幅広く労災が認められることになる。その初報をニュースウオッチ9で放送する準備をしていた時のことだ。作業中の編集室に報道局幹部が飛び込んできて「政府が認めていないニュースを放送するのか?」と言って、放送の中止を求める混乱が有った。飛び込んできた幹部が伊藤局長、改め伊藤理事だ。

言うまでも無いことだが、報道機関は政府が認めない内容でも必要が有れば報じる。仮に政府が否定しても報じなければいけない内容も有る。それが報道だ。

NHKの今後が気になるところだ。

(つづく)

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