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【NHK研究⑬】最高意思決定機関としての経営委員会(上)

【NHK研究⑬】最高意思決定機関としての経営委員会(上)

NHKの方針を承認し会長の人事権を持つ経営委員会。NHKの最高意思決定機関とされ、現在はその権限が編集権にまで及んだ疑惑まで指摘されているが、その権限は過去には名ばかりのものだった。NHK研究の13回目は経営委員会に焦点をあてる。(写真はNHKのウエブサイトから/立岩陽一郎)

2021年3月9日の朝日新聞に「NHK経営委員長に森下氏を再任 かんぽ報道巡り批判も」という記事が出ている。

「NHK経営委員会は9日、委員長に森下俊三氏(75)=関西情報センター会長=を互選で選出した。再任となる。森下氏はかんぽ報道問題を巡り当時の会長への厳重注意を主導したなどとされており、続投には市民団体などから反対の声もあがっている」。

経営委員は12人の委員からなり、予算の議決や会長の任免などを行うNHKの最高意思決定機関とされる。冒頭の写真は現在の経営委員のメンバーだ。

前掲の朝日の記事には森下委員長のコメントも掲載されている。

「受信料で成り立っている公共放送としてNHKがより一層信頼され、放送法で定められた役割を果たせるよう、執行部とも良い緊張関係を保ちながら務めて参りたい」と抱負を述べた」。

森下の言う「執行部」とはNHKの会長以下の役員のことだ。タイトル後段にある「かんぽ報道巡り批判も」の部分については次の様に書いている。

「かんぽ報道問題をめぐっては、18年、「クローズアップ現代+」の取材手法などを巡り、日本郵政グループがNHKに抗議、経営委にもガバナンスの検証を求めた。これを受け、経営委は、「ガバナンス強化」名目で当時会長だった上田良一氏を厳重注意。議論の中で、当時委員長代行だった森下氏らが番組制作手法を批判したとされ、放送法が禁じる経営委員の番組への干渉にあたるとの指摘もある」。

延々と新聞記事を引用したが、それは恥ずかしながら私(筆者)がこの問題の経緯の詳細を知らないからだ。あくまで報道の範囲でしか知らないので、素直に報道されている内容を記載した次第だ。

ところで、この記事を読んで何が問題なのか直ぐにわかる人はどのくらいいるのだろうか?それが今回のNHK研究のテーマだ。何が問題なのか?とは、そもそも経営委員会とは何かという説明から始める必要がある。

そこで私はある人物を訪ねて八王子まで行った。それは新型コロナの感染爆発が起きる前の2020年4月のことだった。そして駅前のホテルの喫茶ルームで1人の老紳士と向き合った。

「最近は記憶も定かでなく、どこまで質問に答えられるかわかりませんが、可能な限り答えさせて頂きます」

堀部政男。1999年12月から2005年10月まで、2期6年にわたってNHKの経営委員を務めた。その際、委員長代理も務めている。一橋大学教授、中央大学教授などを務め、国の個人情報保護関連法の全ての成立過程に関わってきた個人情報保護法の専門家だ。

因みに私は学生時代、法学部教授だった堀部氏の講義を受講している。大柄でよく透る声が印象的だが、常に穏やかな話し方をする紳士という印象だ。それを話すと堀部氏は「そうですか」と穏やかな笑みを見せた。

堀部氏はどのような経緯でNHKの経営委員になったのだろうか。尋ねてみた。

「郵政省(当時)の審議官から呼ばれて、『NHKの経営委員にお願いします』と言われたんです」。

これには、一瞬ドキリとした。NHKはその評価はともかく、建前は政府から独立した報道機関だ。その最高意思決定機関である経営委員を政府が決めるのは頭ではわかっていても、その人選の最初も政府で行われているという話にいささか驚かされた。

堀部氏は、同意が得られるまで公表はできないと釘を刺されたことを覚えている。

「国会の同意が必要だからです。NHKの経営委員会は国会同意人事ですから」

そして国会同意人事が得られて、就任がニュース7で報道されたという。

「その後にNHKの会長秘書室から連絡が入って、秘書室長から『経営委員、お願いします』との話がありました」

秘書室長が「説明したい」というのでNHKに行くと、「任命権者に挨拶する」と言われたという。任命権者とは誰か?

経営員会については放送法に規定されている。放送法の28条に「(日本放送)協会に経営委員会を置く」と書かれている。そして31条には「委員の任命」として次の様に書かれている。

「委員は、公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。この場合において、その選任については、教育、文化、科学、産業その他の各分野及び全国各地方が公平に代表されることを考慮しなければならない」

つまり内閣総理大臣に挨拶に行くのだという。それはどのようなものだったのか?

「NHKの官邸キャップから連絡が入り、官邸に行くんです。当時は小渕総理、青木官房長官でした」

官邸キャップとは今後詳しく伝える政治部記者で、首相官邸を取材する記者のトップのことだ。

堀部氏が経営委員に任命されるのは経歴から見て不思議ではない。放送法に書かれている通り、「教育、文化、科学、産業その他の各分野及び全国各地方が公表に代表されることを考慮」した結果ということだろう。

事前にNHKから何か接触は有ったのだろうか?

「NHKとは個人情報保護の方面で、やり取りは有ったが、経営委員の話は有りませんでした」。

小渕総理、青木幹事長に会ってどういう話をしたのだろうか?

「よろしくという程度だったと思います。記憶に残るようなやり取りは無いですね」

堀部氏は2002年に再任されている。その際にも官邸に行き、時の小泉総理にも挨拶したという。

「小泉総理?『NHKは歴史もの番組について良いのが有るねぇ』などと言っていましたけど、その程度のやり取りですよ」。

ただし、福田官房長官とのやり取りは記憶に残っている。

「『NHKのお目付け役、ご苦労様です』と言われました。お目付け役と言えば、まさにそういう立場ですからね」。

しかし実際には当時の経営委員会は「お目付け役」の役割さえ担える存在ではなかった。それを堀部氏は後に痛感することになるのだが、取り敢えずその話は後に譲る。先ずもって、経営委員会の業務はどういうもなのか?

「月に2回、経営員会が開かれます。私の時は火曜日の15時から17時でした。何か有れば臨時で開くことも有ったかと思います」。

その中でNHKの業務についてチェックをするということだ。平たく言えば、NHKの方針を承認するのがその役割だ。会長を決めるというのは当然、日々の業務ではない。では、日々の業務とは何か?

例えば2021年4月6日の経営委員会でのやり取りから拾うと次の様になる。

令和2年度「経営委員会委員の服務に関する準則」順守の確認書について確認。

 2021年度の「視聴者のみなさまと語る会」の第2回目として、関西2府4県の学生を対象に、「オンライン学生ミーティング(関西)」を2021年6月4日金曜日に開催することを決定。

https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/g1375.html

勿論、これだけではない。この日はこの2件を確認・決定した後に、執行部から説明を受けて案件を議論している。

先ず前田会長が入ってきて役員報酬について説明。それについて審議している。審議中は前田会長は退席し、審議が終わると入室。そして審議の結果を伝えている。

必要に応じて会長、副会長、理事が入室して説明をする形となっている。例えばこの日、松坂千尋理事がNHKの予算が審議された衆参両院の総務委員会について報告している。議事録に次の様にある。


「NHKの『令和3年度収支予算、事業計画及び資金計画』は、衆議院総務委員会で3月18日と22日に、あわせて5時間の質疑ののち採決が行われ、賛成多数で承認されました。3月23日の衆議院本会議でも賛成多数で承認され、参議院に送付されました。
 3月30日に開かれた参議院総務委員会では4時間の質疑が行われ、賛成多数で承認されました。3月31日の参議院本会議でも賛成多数で承認されました」。

面白いのは以下の記述かもしれない。


「ことしの審議では、NHK改革の進め方をはじめ、訪問によらない新しい営業活動や受信料制度のあり方、放送波の整理・削減や災害報道、「かんぽ報道」をめぐる経営委員会議事録の開示などについて質疑が行われました」。

「かんぽ報道」とは冒頭で述べた通り、森下経営委員長の対応の問題だ。ただし、松阪理事は質疑での前田会長の発言を紹介しているが、その中に「かんぽ報道」に関するものは無い。

森下委員長の発言も記載されている。次の様になっている。

「ただいまの報告を受け、私からひとこと申し上げます。令和3年度のNHK予算が国会で承認されました。前田会長以下、役職員が誠意を持って説明を尽くしていただいたおかげだと考えます。本当に、お疲れ様でした。
 新型コロナウイルスの感染拡大はいまだ収束しておらず、引き続き難しい経営のかじ取りが求められる中、「新しいNHKらしさ」を掲げる中期経営計画の初年度のスタートを切ることになります。
 予算の執行にあたっては、NHKが受信料で支えられていることを十分に自覚しながら、全役職員が一丸となり、スリムで強靭な『新しいNHK』になるための改革を力強く進めていくことを期待しています。
 経営委員会としても、執行部の取り組みをしっかり監督し、その職責を全うしていきます」

「え?『かんぽ報道』についてはどうなっているんだ?」と突っ込みを入れたくなる内容だが、これはあくまで概要だ。実際の審議そのものかどうだったかは明らかではない。この概要には当然、批判が有る。例えば冒頭の森下委員長がNHKの番組に関与したとされる問題。これも経営委員会の議事録の概要を読んでも内容が明確ではない。

しかし、経営委員会はこの概要も公表していなかった。堀部氏が語る。。

「私が経営委員になった時はそもそも、会議の内容を公表するという考え方が有りませんでした。それで私から当時のNHKの人間に、情報公開の重要性を事ある毎に伝えました」

堀部氏は前述の通り情報の取り扱いについての日本の権威とも言える人物だ。95年から96年にかけては、国の情報公開制度の議論に関わっていた。これは情報公開法に基づいた政府機関などの情報公開制度の整備だ。そして2001年に独立行政法人等情報公開法が成立する。しかし、NHKは議論の末、この制度の対象とはならなかった。これはNHKは政府から独立した特殊法人ということで、NHKの意向が通った形だ。

「NHKの理屈はわかりますが、NHKにもやはり情報公開は必要なわけです」

堀部氏の働きかけもあり、NHKは独自の情報公開制度を設ける。その際、堀部氏は「経営委員会の議論についても議事録を作って公開すべき」と主張した。

そして、2000年(平成12年)に議事録が初めて公開される。堀部氏の記憶では1月15日の議事録が初めて公開されたというが、NHKの記録だと同年の9月5日に開かれた889回の委員会から公開されている。そこには以下の様に書かれている。


< 議   事 >
 須田委員長から、本日の付議事項および日程について説明があった。
 これに続き、付議事項の審議に入った。

付議事項
1 議決事項
BSデジタルハイビジョン放送の委託放送業務の認定申請について

2 報告事項
(1) NHKの情報公開制度のあり方に関する研究会の設置について
(2) 平成12年度後半期の国内放送番組の編成について
(3) 平成12年度後半期の国際放送番組の編成について
(4) 平成12年度第1回視聴者会議について
(5) 平成12年7月全国個人視聴率調査の結果について

3 その他
(1) 規制改革委員会の「論点」公開について
(2) BSデジタル放送について
(3) 海外におけるハイビジョン中継・展示について
(4) 世界四大文明展について
(5) 伊豆諸島地震活動災害義援金の募集および三宅島噴火等の取材体制等について
(6) 月刊誌「現代」の記事について

https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/kako/g889.htm

それぞれに執行部からの説明がなされているが、委員の中でどのような審議が行われたのかは全くわからない内容となっている。前掲の21年の概要の方が、まだ委員の発言がわかる内容になっている。

実は、この概要の変化は、経営委員会がその姿を大きく変えていく状況と関係している。その変化はある事件をきっかけとしていた。

(つづく)

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