インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

【NHK研究⑭】最高意思決定機関としての経営委員会(下)

【NHK研究⑭】最高意思決定機関としての経営委員会(下)

NHKの経営委員会。それはかつては、NHK執行部が提案した案件を承認するだけの事実上の追認機関だった。それがあるスキャンダルをきっかけに変わる。(立岩陽一郎)

紅白歌合戦のスキャンダル

NHKの本社とも言える放送センターは渋谷駅からかなりの勾配を登り切ったところに広がっている。駅を背に、向かって右手に見えるのがNHKホール。ここで年末に開かれる紅白歌合戦。その国民的とも形容される番組で起きたスキャンダルが経営委員会を大きく変えることになる。

向かって左手のガラス張りの立方体の建物の高層階にNHKの経営中枢が集う。その最上階は巨大な会議室となっており、その1つ下、21階には会長、副会長、理事の部屋がある。

経営委員会はそこで開かれていたが、堀部氏が委員を務めていた当時は、常勤の委員も、委員会をサポートする事務局も無かった。

「それなりに議論はしましたが、基本的にはNHKの執行部が持ってくる事案を審議して了承するというものです。委員から質問は出ますが、それに対して執行部が答えて、それで委員で承認する。追認機関?そう言われると抵抗は有りますが、常勤の委員も事務局も無いわけですから、執行部の持ってきた案件を突き返すというのは難しい状況でした」。

ところが、その状況が変わる出来事が起きる。2004年に発覚した紅白歌合戦のプロデューサーの業務上横領事件だ。架空の支払いをでっちあげて経費を私的に流用して遊興費にあてていたのだ。

「2004年7月のことでした。当時の委員長はJR東海の須田(寛)さん。その須田さんから『海老沢会長から大変申し訳ない』と報告があったと」。

海老沢会長とは、海老沢勝二。NHK政治部記者出身の会長だ。そして定例の委員会で、海老沢会長から報告があった。

「それは週刊文春で報じられる前の火曜日で、紅白歌合戦のプロデューサーが1200万円だったと思いますが、多額の制作費を使い込んだというものでした」。

NHKには新聞、通信の記者が常駐している。当然、各社の取材が始まる。記者の取材は経営委員会にも及ぶ。しかし経営委員会は持っている情報も限られている。とても記者の納得するような回答ができるわけではない。堀部氏は、質問に答えられない自分の姿をもう一人の自分が歯がゆい思いで見つめているような感じだった。

経営委員会とは何だ?

「経営委員会とはなんだ?」

そう自問せざるを得なかったと堀部氏は述懐す。堀部氏が更にそれを痛感するのは、2004年12月19日に放送された特別番組「NHKに言いたい」だった。この一連の問題については後の回で私自身の経験も踏まえて詳述するが、ここでは簡単に当時の状況を触れたい。

プロデューサーの使い込みは刑事事件となるが、その後の対応がNHKへの批判を強める結果となる。その一つはNHKが国会の総務委員会の中継を回避した措置をとったことだ。NHKは自らが国民に説明する場でもある国会の総務委員会を中継している。しかし、ここで海老沢会長が厳しい批判を受けるのは目に見えており、NHKがその姿を視聴者に見せないようにしたと思われても仕方なかった。実際、海老沢会長は「天皇」と呼ばれるほどの権勢を誇っていたが、それらは別の回で書く。

NHKは後に録画を放送するのだが、そうしたNHKの姿勢が受信料の不払い運動に発展し、その結果、会長が番組に出て釈明する事態になった。それが「NHKに言いたい」だった。ジャーナリストの鳥越俊太郎氏らが出席し、海老沢会長に問いただす形式の番組だった。

その場に会長とともに同席したのが経営委員の堀部氏だった。当然、「経営員会は何をしていたんだ」との批判の矢を受けた。それに十分に答えられない自分がいる。

「サポートしてくれる事務局もなければ、そもそも常勤の委員もいない。では、経営委員って何なのか?」

堀部氏は番組中もそれを考え続けていたという。

しかし、この後、事態が動き出す。2004年12月末には経営委員会に事務局ができる。堀部氏は新経営員会の事実上の責任者となる。委員長だった須田の任期が12月初めに任期が来るのだが、次の委員長が直ぐに決まらない。その間に「委員長代行を置くべきだ」と堀部氏は伝えた。堀部氏からすれば、このまま経営委員長が不在だと、益々、「経営委員会は何をしているんだ」となる。それは避けたい・・・との思いが堀部氏を更に重責に就ける。

「そうしたら、『では堀部さん、お願いします』と言われてしまった。言い出しっぺだから、断れない。それで、私が委員長代行となった」。

12月21日に東京海上日動の石原邦夫社長が委員長になる、堀部氏は代行だが事情に精通していることもあって、経営委員会の建て直しそのものを担うことになる。

「事務局にはNHKからは勿論、東京海上からも人を出す。経営員の四国の代表がJR四国の社長だったので、JR四国からも出す。それで数人は事務局で確保しました」。

更に、経営委員会に監査委員会を設ける。これは放送法を改正しての大掛かりな措置となった。放送法の第42条に、「協会に監査委員会を置く」と記される。

そこに次の様に書かれている。

「監査委員会は、監査委員3人以上をもつて組織する」。

「監査委員は、経営委員会の委員の中から、経営委員会が任命し、そのうち少なくとも1人以上は、常勤としなければならない」。

つまり経営委員のうち、監査委員を務める立場の人は常勤でなければならないとなったわけだ。経営委員会に初めて常勤のメンバーが誕生。そして委員会を支える事務局が発足。こうして経営員会はその体制を強化し、権限が強化されることになる。

この監査委員会の権限についてもう少し見てみたい。その役割は、「役員の職務の執行を監査する」(第43条)にある。加えて、監査委員会には調査権限が与えられている。次の様に書かれている。

「監査委員会が選定する監査委員は、いつでも、役員及び職員に対し、その職務の執行に関する事項の報告を求め、又は協会の業務及び財産の状況の調査をすることができる」(第44条)がそれだ。その調査権限は、NHKの子会社にも及ぶ。加えて、「監査委員は、役員が協会の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によつて協会に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該役員に対し、当該行為をやめることを請求することができる」(第46条)。

NHKの組織上は、経営委員会と監査委員会は別だ。しかし監査委員会は経営委員によって構成されておりそのうちの1人は常勤、つまりそれによって経営員の1人は常勤となったということだ。

そして第46条だ。監査委員会は「当該役員に対して、当該行為をやめることを請求できる」とは、つまり、事実上は経営委員会にその権限が付与されたとも言える。つまり、名実ともに経営委員会はNHKの最高意思決定機関になったということだ。

福田官房長官が堀部氏に語ったところの「NHKのお目付け役」が、それ以上の存在になったということだろう。

強化された経営委員会

堀部氏が経営委員として向き合った海老沢会長はその後暫くして辞任する。3期目の途中での退任だった。会長を経営委員会が決めるのは以前から放送法に書かれている。「会長は、経営委員会が任命する」と。しかし、それは実態ではなかった。経営委員会は実態としては追認組織だったからだ。しかし、この海老沢会長の後任あたりから、経営委員会が名実ともに「任命する」となる。

海老沢会長の後任について堀部氏は自身は関与していないとしているが、石原委員長から伝えられた一言を覚えている。

「2005年1月の最初頃だったかと思います。石原さんから『委員長と代行という関係で』と話が有り、海老沢会長が辞意を表明するとの話をされました」。

その2人だけの会話の中で、石原委員長に次の様に言われる。

「(後任の会長は)橋本さんで良いかと思う」。

橋本とは橋本元一技師長だ。NHK技術畑のトップだ。どのような経緯で橋本氏が候補になったかは堀部氏は知らないと話した。しかし、当時、NHKの組合である日放労=日本放送労働組合やその上部組織である連合から、政治から離れた技術畑の橋本氏を会長に推す声が有ったことは事実だ。それを石原氏が何かしらの形で把握し、「橋本さんで良いかと思う」という言葉になったのだろう。

そして、2005年1月25日の経営委員会。議事録に次の様に記載されている。


「石原委員長から、本日、経営委員会に対して、海老沢勝二会長から辞任の申し出があったこと、また、海老沢会長に対して、笠井鐵夫副会長、関根昭義専務理事から辞任の申し出があった旨の報告があり、審議した結果、海老沢会長の辞任ならびに笠井副会長および関根専務理事の辞任を1月25日付で全会一致で承認することを議決」。
 
また、「海老沢会長の後任について審議の結果、全会一致をもって、橋本元一専務理事・技師長を1月25日付で任命することを議決」とも記載されている。前述の通り、議事録からは審議の内容はわからない。

会長に任命された橋本氏の次の言葉も記載されているので記しておく。 

「現在の厳しい状況下、会長職をお受けすることは、非常に重い責任を負うということで、身の引き締まる思いです。本日経営委員会で議決され、総務大臣に提出した「平成17年度収支予算・事業計画」には、信頼回復へ向けた改革案が柱として盛り込まれています。私の任務は、この改革案を迅速にかつ着実に実行する、そして、良い番組を放送して放送文化のいっそうの向上をはかり、社会に貢献していくことであると考えています。視聴者の皆さまのご指摘、ご意見を真しに受け止め、経営委員会からもご指導を賜りながら、改革の先導役として全力をあげて取り組んでいきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします」。

堀部氏は10数年前の経営委員会時代を振り返り次の様に語った。

「当時は、NHKの中を改革しないといけないということでいろいろと考えさせられました。政治との関係については、やはり経営委員会が政治の防波堤になるべきだと、当時から私は考えてきました。政治が何を言っても合議体としての経営委員会が防波堤になるという意識でした」

その堀部氏に今のNHKと経営委員会はどう映っているのか?

「常に政治との関係が出てくる。予算審議をする際に委員長も国会に呼ばれる。これは影響は受ける。受信料を基盤として成り立っている公共放送である以上、それは仕方ない側面も有る。だからこそ、中立公正ということが重要になってくる。常に、政治からの中立、政府からの中立を意識しないといけない」。

慎重に言葉を選ぶ姿が学生時代に受けた講義とだぶった。そこで、「先生、やっぱり今の状況は良くないんじゃないですか?森下委員長とか、問題じゃないですか?」と畳みかけてみた。

暫く黙った後、堀部氏は言った。

「その都度、議論をしていくことが重要です。経営委員会は最高意思決定機関で、常勤委員もでき事務局もできましたけど、それでも限られた時間で議論をしている状況です。特に、政治とNHKの問題などは議論していません」。

「先生、森下いいん・・・」と言おうとしたら、堀部氏が強い口調で言った。

「問われているのは、視聴者の意見を吸い上げる仕組みです。そして、放送法の理念を守る。それに尽きるんじゃないでしょうか」。

それまでに無い強い口調でそう言った。

そして2021年6月1日の国会審議

2021年6月1日、参議院の総務委員会では、かんぽ問題に関する経営委員会の議事録の開示について質疑が行われた。自身が上田前会長を厳重注意した経緯などを記した議事録の公開を求められた森下委員長は、「現在、慎重に幅広く」検討を行っていると答えるだけで、いつどのような形で公開するか明言することは無かった。

経営委員会の権限を強化してきた放送法だが、変わること無い点が経営委員会が番組の編集権に関わることの禁止だ。

「委員は、この法律又はこの法律に基づく命令に別段の定めがある場合を除き、個別の放送番組の編集その他の協会の業務を執行することができない」。

また、「委員は、個別の放送番組の編集について、第3条の規定に抵触する行為をしてはならない」。

この第3条とは、放送法の根幹ともいえる放送局に番組編集権を与えた条文だ。放送法の第三条は次の様に定めている。

「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」。

かんぽ問題の番組をめぐる森下委員長の言動は、放送法に違反する恐れが極めて高いことが指摘されている。それを1年間にわたって隠していたことの重大性について問われた森下委員長は、「(NHKの)業務の執行には影響は与えていない」と述べたただけだった。

経営委員会の強化に奔走した堀部氏は「経営委員会は政治の防波堤になるべき」と語った。それはNHKを政治から守るためだった。しかし、その防波堤は既に決壊しているとの印象は強い。

(つづく)


※当初、会長室は22階と書いていましたが、会長室は21階との指摘が有り、訂正しています。その指摘によると、現在は経営委員会、監査委員会の部屋は22階の大会議室と同じフロアにあるということです。有難いご指摘に感謝します。

Return Top