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【NHK研究⑳】セイバンという集団

【NHK研究⑳】セイバンという集団

NHKの政治報道を担う政治部記者の姿を伝えてきたが、NHKの政治報道を担っているのは記者だけではない。それはセイバンと呼ばれる集団だ。(立岩陽一郎)

NHKは基本的にPDによってその放送業務の根幹が担われているということを説明してきた。PDがプログラム・ディレクターの略で、それがホウバンとバンセイに分かれることも。更に、ホウバンが報道番組部、バンセイが制作局(旧番組制作局)の意味であることも説明した。

政治番組を作るPD集団

実はこのうちのホウバンの中に、更に特異な集団が存在する。

セイバンだ。

正確には、政治番組グループ。以前は政治番組班と称したが、要は政治番組を作るPDの集団だ。記者の中で政治部が強い力を持つように、ホウバンの中でもセイバンは極めて強い力を持つ。

セイバンは選挙の特番は勿論、政治に絡むあらゆるホウバン、つまり報道局の番組を主導する。

セイバンの元幹部に話を聴けた。セイバンの仕事とは何か?

「セイバンは、国会討論会(現在の日曜討論)やNHKスペシャル、政治関連特番、開票速報などが守備範囲ですが、昭和49年の『ニュースセンター9時』(以下NC9)のスタートと共に、ニュース番組への参画も一つの業務になりました」

NHKのニュースは記者が担当し番組はPDが担当するというのが、記者とPDの役割分担の基本だ。それが9時台のニュースで変わる。

「NC9は、日本で初めての本格的なキャスター・ニュースとして内容ばかりでなく、局内の制作体制にも大きな変革をもたらしました。”記者とPDが共同して作る新しいニュース”です。ここでは、映像で伝えるニュース、19時ニュースとは切り口の異なるニュースが重視され、そのリードをセイバンの担当PDが書くこともありました」

「リード」とは原稿の冒頭のエッセンスを示す短文だ。こういう理解になる。通常の原稿は記者が書く。政治原稿は政治部が書く。それが夜7時のニュースではそのまま読まれる。しかし、NC9はそうではなく、PDが書くこともある・・・少し驚きだった。

これは更に説明が要るかもしれない。NHK記者の書く原稿は長くラジオ原稿を基礎としてきた。これは試しに、ラジオでNHKのニュースを聴いてもらえればわかる。極めてよく理解できる。ところがテレビニュースは多少異なる。映像という極めて多くの情報が与えられるからだ。ところが記者は映像、例えば当事者のインタビューや現場の映像等がなくても全体を理解できるようなラジオ原稿を書く。

映像がなくても全体を理解できるように書かれた原稿をテレビのニュースに使う場合、映像情報と原稿情報が重複したりハレーションを起こすケースが多々ある。それによって、実は視聴者に伝わりにくい内容になることは昔から指摘されてきた。映像を重視するニュースの流れが加速するに従って、記者原稿をベースにしながらインタビューや関連映像を組み合わせて”再構成”することが必然になっていった。

更に、キャスターはアナウンサーと違い、その項目の意味、位置づけ等をその項目の前説に込める。従って、キャスターニュースで“前説の内容はキャスターの専権事項”とされ、キャスター前説の原稿は、その項目の担当者が書き、番組班のデスクのチェックを受けて、キャスターの手元に行く形になっていたのである。その際の、「担当者」は基本的にPDだ。

これは政治ネタに限らず、社会ネタ、経済ネタ、国際ネタなど皆同じ形で制作されていた。セイバン出身の元幹部が説明した。

「NC9は、“サムシング・ニュー”、すなわち19時ニュースと一味も二味も違うニュースを目指していました。例えばその日衆議院予算委員会で与野党の丁々発止の議論が行われたとしますね。19時ニュースが各党の質疑の内容を整理し原稿の形で伝えたとすれば、NC9は、質疑をそのまま映像で聞かせるわけです。或いは論点を絞り、突っ込んだ質疑の内容をそのまま伝えたり、或いは関連情報を加えたり識者の見方を加えるなど切り口や提示の仕方を変えて伝えました」

伝え方が変われば、文字原稿のリード・・・つまり記者が書いて記者デスクがチェックした原稿がそのままNC9の前説に使えるはずもなく、文字原稿のリードを参考にしながらNC9のスタッフが独自の前説原稿を作成していた・・・ということだ。

報道局内で記者が力を持つ中で、記者の原稿にPDが手を入れるということは許されなかった。特に、政治部の原稿に手を入れるのがご法度なのは、以前の回で書いた政治部の出稿手続きを読んでいただければわかるだろう。微妙なニュアンスで政治の極めてデリケートな状況を描いている・・・と少なくとも政治部記者は思っている・・・にPDが手を入れる?政治部長以下、考えただけでも卒倒しそうな事態だったろう。

記者も入れないセイバンの世界

元幹部によると、 セイバンは総括CP以下20人弱の小規模な班だ。週一回、提案会議を開き、次の番組を検討する。加えて、その企画のクローズアップ現代やNHKスペシャルなどへの展開を検討する・・・これが通常の番組提案だ。

しかし、政治状況がそれを許さないことも多々ある。1993年、55年体制が崩壊した時もその1つだ。政治状況は日々変化し、提案会議など通している時間的余裕はない。

1993年7月の総選挙で自民党が過半数割れを起こして敗北。野党が連立を組んで非自民政権を作るのか?その時誰が総理大臣で、一体どんな政治を目指すのか?日本中が固唾を飲んで注視していた。元幹部が当時の状況を説明した。

「そこで、テレビで全国民に向かって非自民の各党の考えを表明してもらおうと考えました。共産党を除く野党7党の党首全員をそろえた番組を企画しました」

連立が成立する場合、タイミングさえ合えばその番組が事実上の連立成立宣言の場になるかもしれない。それはテレビニュースとしては大成功だ。

しかし番組の制作にはリードタイムが必要になる。出演交渉にかかる時間、局内の了承、編成枠の確保、スタジオ・リソースの確保、技術スタッフの手配等々、最低でも4、5日は欲しい。まだ非自民の野党連立政権への流れがはっきりとしていたわけではない時期のことだ。

そこで、「総括CP(セイバンのトップ)が放送総局長に直談判して企画の了承を取り付け全員に指示が出た」という。

ターゲットは、およそ1週間後のゴールデン・アワー。1時間30分枠、「クロ現スペシャル」となった。

通常の手続きではない。通常はセイバンの決定をホウバン全体を統括する報道番組部の検討会議にかけて、それが通れば記者も加わった報道局全体の会議にかけて決まる。更に編成局の会議にかけて正式に決まる。この最後の部分は、報道局の会議で決まれば、編成局でひっくり返ることが無いことは前回、書いた通りだ。ただし、事態が動いているときの仕事の進め方は、実態が先に進み、手続きがあとから付いてくる。

「本当に事態が急変しているようなときの意思決定は、悠長なやり方では事態に即した報道の番組は作れません。状況が緊迫している中ではスピードと情報の統制が肝要です。放送総局長は放送の最高責任者ですし、この時の総局長は政治番組の統括プロヂューサーも務めていたことの或るこの分野の専門家でもありました」

総括CPと放送総局長の間には、位で言えばかなりの距離がある。上から考えても、報道局長がいて報道局主幹がいてその下に政治部長もいれば、セイバンの直属の上司となる報道番組部長がいる。それらを飛び越しての直談判だったという。

条件とは、連立政権を組む野党の全党首を番組に呼び出すというものだった。元幹部は振り返った。

「勿論、総括CPから直ぐに全セイバンPDに指示が出ます。放送日は内々に決めていますから、その日に合わせて全党首のスケジュールを調整するように、と」

この細川連立政権は細川護熙氏の日本新党、実権を握る小沢一郎氏の新生党など7党の参加が決まっていた。つまり7党の党首全員を揃えることになる。因みに、新生党の党首は小沢氏ではなく、羽田孜氏だった。

そういう時、政治部記者に出演の交渉作業を依頼するのか?元幹部に尋ねてみた。

「いえ、我々独自で動きます」

「記者の俺を通せ」とか言ってきそうだが?

「政局が激動しているわけですから、記者も自分のことで精一杯です。新聞各紙の記者と抜きつ抜かれつのつばぜり合いを繰り広げている時期ですからとても番組のことまで手が回らない状況でした。この時期記者は皆、夜討ち朝駆けで毎日2、3時間しか眠れない日々だったと思います。だから政治部長には伝えましたが、『君たちでやってくれ』と」

各党に出演交渉を始めると、意外に各党からは放送日時を含めてすんなりOKが来る。そこで「非自民連立が固まりつつあることを確信しました」と元幹部は話した。

まだ迷っている党があれば、各党が出る席に同席することに逡巡してもおかしくない。ところが、皆案外すんなりと出演をOKしてくる。実際放送日の前日、非自民連立政権合意が発表される。1955年から続いた自民党政権が政権を明け渡すことが決まった、その翌日、新政権を担う政党の党首全員が勢ぞろいして所信を述べる。番組は「ジャスト・タイミングの企画」(OB談)となった。

ところが番組直前に問題が起きたという。

「細川さんが『出ない』と言ってきたんです」

「急遽確認すると、『私は総理大臣になるんだ。他の6人の党首とは同席できない』ということでした」

格が違うということらしかった。では、どうしたのか?

「単独なら出られるか?と問うと。『1人なら良い』という」

そこで、最初の30分を細川護熙氏だけとした。

「細川さん『最初の30分、1人でお聴きします。その後は帰って頂いて結構です』と伝え、残りの6人の党首はその後に一堂に会してもらう形にしました」

93年7月に放送された番組は、55年体制の崩壊、そして初めての非自民政権の目指す日本を当事者が直接語るものとなり大きな関心を呼んだ。元幹部は言った。

「みなで相談して集まって『どうしましょうか』などと言っている暇は有りませんでした。放送総局長の意向を確かめて内諾を得ながら走る。勿論、番組が成立するなんて確約はできない。相手が出演を拒否すればそこで企画は終わりになる。が、それは誰も問わない。誰が考えても企画が成立すれば報道機関の使命が果たせる、という確信が全てを動かす」

その番組制作にも関わった別のセイバンOBは、「政治家って面白い人種なんですよ」と言った。

「例えば、激烈な派閥抗争や突然の解散・・・そういう時に、我々はキーパーソンに出てもらってテレビ番組を作りたいと思いますね。でも普通に考えると、こんなに大変な時にテレビなんかに出てくれないのではないかと思います。それで企画をあきらめてしまったりする。ところがね、そういう時であれば、あるほどテレビに出てくれるんです。政治家って、そういう人種なんですよ。それはテレビを制作している我々にはわかるんです」

なるほど、と思った。

元セイバン幹部が話す「NHKの2つの使命」

この細川政権ができて自民党とセイバンとの間でひと悶着が起きる。当時を知る別のセイバンOBが明かした。

「その後の8月末か9月です。担当CPが当時の自民党幹部に党本部に呼びつけられたんです。『NHKはけしからん』と」。

どういうことか?

「NHKは連立政権ばかり扱っていて、自民党を無視している。なにごとか!」ということだったという。

自民党下野に繋がっていく政治改革の動き、それに連動した自民党の分裂など、この年は年初から政治が世間の注目を浴び、ワイドショー番組含めて政治が頻繁に取り上げられていた。自民党たたきかと見紛うような民放の番組も散見され、自民党のメディアに対するいら立ちも最高潮に達していた。

実はセイバンでは、それも見越していた。

「総括CPが、過去数か月に放送した政治番組リストを持って行って説明した」

当時は野党とはいえ、表沙汰になれば大問題だろう。

「自民党から呼ばれたことはセイバンの中だけに留められました。騒げばややこしくなるだけです」

で、どうだったのか?

「リストを見せて、ちゃんと自民党も扱っていますと丁寧に説明しました。すると、『あ、そう言われればそうだな・・・』となりました。それで終わりでした」

どういうことか? それはCPが見せたリストにある秘密が隠されていた。

「放送記録を記したリストはNHKの政治的公平の原則に従って自民党もきちんと扱っていることを示していました」

しかし、と続けた。

「この時期のクロ現では自民党関連の企画はわずかに限られていました。やはり、非自民連立政権の誕生こそがニュースだったわけですから」

では、リストには嘘を書いたのか?

「否、持って行ったのは『政治討論会』の放送記録です。過去3か月のリストを見せて、『どこが偏っていますか?河野総裁(当時)の単独インタビュー番組も企画しています』と示したわけです」

「政治討論会」は今も続くNHKが日曜日の午前9時に1時間放送している政治討論の番組だ。多くの視聴者をターゲットにした「クローズアップ現代」では、圧倒的に非自民連立政権を扱っていたが、それを補うように討論番組では自民党も扱っていた。

「『政治討論会』では政治的公平性を強く意識した番組制作が行われていた」(セイバンOB)

担当の二つの番組、「政治討論会」と「クロ現」の使い分けは、メディアの報道姿勢を注視している自民党の視線をも十分勘案して行われていたということだ。

「NHKの二つの使命」と元幹部は言った。

「 政治番組グループは勿論、NHKには、政治的公平を保つという使命と、報道機関として国民の関心にこたえるという使命と二つの使命を果たす役割を負っています。この時期、非自民政権の樹立を軸に政治が動いていましたから、報道機関としての使命からはどうしても非自民の動きを伝えることが多くなる。私たちは、この部分を主に「クロ現」の企画で果たすようにしていました。一方、政治的公平は、日曜日朝9時からの「政治討論会」の枠で使命を果たすようにしていました」

そしてNHKと政治の関係を物語る一言を加えた。

「(「政治討論会」で)自民党を取り上げていたのはバランスの観点だけではありませんでした。当時自民は野党に転落していましたが議員の数では依然比較第一党で、自民党の姿勢は国の動向に大きな影響を持っていたのです」

こうした話をどう見るか?政治への忖度と批判することも、逆に政治の関与を可能な限り回避するための知恵とも見ることは可能だろう。忖度か知恵か?皆さんはどう読み解くだろうか。

「政治討論会」はその翌年4月にタイトルが「日曜討論」と変更され、今も続いている。NC9はその後、様々な変遷を経て現在は「ニュースウオッチ9」となっている。

(つづく)

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