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「記録する闘い」 DHC『ニュース女子』一審判決が問いかける今

「記録する闘い」 DHC『ニュース女子』一審判決が問いかける今

ヘイトとデマが横行する日本の社会を告発した「DHC『ニュース女子』裁判」。一審判決は番組を厳しく批判した。しかし、勝訴したはずの原告の(シン)淑玉(スゴ)さんに笑顔はなく、敗訴した番組側は勝ったかの様に振る舞っていた。その異様さは今の日本社会の縮図なのか?この問題を追い続けるテレビ・ディレクターが迫った。(文・写真/斉加尚代)

勝訴なのに、哀しみが満ちていた

2021年9月1日、ある民事裁判の判決の日。原告の記者会見をオンラインで見ていた三十年来の友人はこう呟きました。

「あんな顔のシン淑玉さんスゴを見たのは初めてだ」

5年前の2016年、沖縄県名護市で米軍基地反対運動の撮影中、偶然にも辛さんと出会うことになった私。そのご縁から取材を通じて素顔に触れてきましたが、この日の辛さんは、裁判に勝っているのに負けたように見えたのです。深い哀しみの表情で会見する辛さんの姿に、私は打ちのめされました。

内なる感情を持て余すほど強く揺さぶられると、人は表現できなくなることがあります。活字にするということは、頭の中で取捨選択して内容を整理し、記録する試みです。この日からノートになぐり書きしたメモを睨みつけて毎晩、私は自宅のパソコンに向かいました。けれど、胸がただ苦しくなっていっこうに前へ進みません。

「これは、記録する闘いです」

辛さんは会見で述べました。耳の奥で何度もこだまするその言葉。大きな葛藤があるからこそ記録しなくては、辛さんが伝えたかった本意のように思えます。逃げないで、直視して、自分なりに。私にはこんなふうにも聞こえてきます。

9月1日のあの日、在日コリアン3世の辛淑玉さん(62)は東京地裁の法廷で、『ニュース女子』沖縄基地特集(2017年1月2日地上波TOKYO MXで放送、制作会社DHCテレビジョン)をめぐり、そのDHCテレビと司会役のジャーナリストを相手どり損害賠償を求めた訴訟の判決に耳を傾けていました。DHCテレビは大手化粧品メーカー傘下の制作会社。「ニュース女子」の他「虎ノ門ニュース」をネット配信しています。「似非日本人は母国に帰れ」「チョントリー」などの民族的差別発言で問題となった会長が君臨する企業です。

 「主文 被告DHCテレビは550万円を支払え…」

提訴から4年、辛さんは勝訴しました。けれど表情は硬いまま。DHCテレビに対し、判決は謝罪文の掲載も命じました。その期限は名誉棄損に当たる動画をネット内にアップし続けている限り。被告に厳しい内容ですが、法廷で前を向く辛さんに喜びの表情はありません。

9月1日は98年前、流言飛語のせいで何の罪もない多くの朝鮮人が官憲や自警団らによって虐殺された関東大震災の発生日。奇しくも判決の日が歴史的につらい記憶の日と重なり、在日韓国人の辛さんをよけいに苦しめたようでした。

辛淑玉さんのルーツと家族

辛さんの祖母は、日本統治下の朝鮮半島から14歳で内地と呼ばれた本土へ渡り、紡績工場で昼夜を問わず働きました。22歳で関東大震災を経験、その記憶が晩年も生々しかったのでしょう。子どもだった辛さんが夜を一緒に過ごすと、寝ていた祖母が急に鍋釜を持って家の中を徘徊し、どうしたの?と聞くと怯えて「日本人が押しかけてくる」と語ったそうです。

祖母と暮らした家は、東京都渋谷区笹塚にまだあります。番組の取材で私は、その家の前で辛さんに幼少期からのご家族の様子について聞きました。古びてみえる2階の窓を指さしながらカメラを前に涙ぐみながら語る辛さん。とても貧しく身を寄せ合って暮らした家族。2歳年下の弟は、公園の草を食べ飢えをしのいだといいます。戦後生まれの辛さんがモデルの仕事を皮切りに稼げることならなんでも引き受けたという様々な仕事体験から、一昨年、弟と死に分かれた日のことまで、人生を包み隠さず語ってくれました。

その人生の一部を描いた『映像‘20 わたしと弟』は、2020年3月に制作、放送したドキュメンタリー番組です。判決の日、そのシーンが次々と瞼の裏に蘇ってきたのです。

DHCテレビが制作した『ニュース女子』沖縄基地特集の内容を簡単に触れておきます。(2018年1月11日付「オキロン」の拙稿で詳述)沖縄の東村高江で米軍基地反対運動をする人たちを「救急車まで止める」「テロリスト」のような「暴力集団」と決めつけ、その犯罪集団の黒幕が市民団体「のりこえねっと」共同代表の辛さんであると名指しします。救急車の走行を基地反対派が止めたというのは完全なデマです。それこそ流言飛語の類です。しかし、あいつが「黒幕」だと出演者らが寄ってたかって「犬笛」を吹いたのです。地上波がネットデマを垂れ流すという戦後の放送史に汚点として刻まれる出来事でした。

会見で辛さんは、勝訴を聞いた瞬間の心境をこう語りました。

「判決がでたとき、沖縄のことが頭に浮かびました。突破口を開いたと思う。本来問われるべきはこの(番組の)悪質性です。門戸は開いたつもりだけれど、一人だけ救助された感じ。画期的判決と思います」

『ニュース女子』についてずっと辛さんは「在日の自分を使って、沖縄を愚弄した」と批判しています。沖縄の基地反対運動を嘲笑して貶めるために、在日韓国人の自分が利用されたことにやるせなさを抱えてきました。

反省が見られない被告と「虎ノ門ニュース」

 東京地裁へ取材にいった私は閉廷後、思いがけずネット上に配信される生番組を目にすることになります。敗訴についてコメントを取るべく各社の記者たちがDHCテレビの山田晃社長を囲もうとしたところ、「生中継があるから」と外の道路わきにいる経済ジャーナリストの須田慎一郎氏のもとへ走り去っていったのです。

東京地裁前の山田晃DHC社長(中央のネクタイ姿)

がに股で須田氏のそばへ走り寄る山田氏の姿は「虎ノ門ニュース」のスタジオに笑いを誘います。地裁前でふたりはリポートしますが、そこは「ニュース女子」に共通する軽いノリです。山田氏はカバンから裁判結果を伝える手書きの垂れ幕を引っ張り出し、原告側が求める動画削除が認めらなかったと説明して、番組を取り下げなくていいのは「まあまあ勝訴」と下手な字の垂れ幕を掲げてアピールします。須田氏も調子を合わせ、請求額が1100万円なのに550万円支払えなのだから半分しか負けていないと言い出す始末。過去の判例に照らすと、この金額は人権侵害が重く認定したものであることは間違いないのに、ナンセンスな解説が続きます。

いっぽう、司会者の元東京新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏に対する辛さんからの訴えは退けられます。この長谷川氏、辛さんを逆に訴え返し、自分は番組の企画や編集にかかわっておらず、不当な提訴だとして反訴状に次のような主張をしています。

「発言封じや報復目的で提起する訴訟は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く濫訴であり、不法行為を構成し違法である。被告長谷川は、これまで、原告の不合理な個人攻撃によるジャーナリストとしての名誉信用毀損及び業務妨害等の被害に耐えてきたが、原告の行為はもはや許容しがたい」

自分は被害者なのだと言わんばかりです。この反訴は棄却されましたが、確かに『ニュース女子』で、辛さんを名指ししたのは、長谷川氏ではありません。地裁前から中継リポートをした須田氏です。彼らは、辛さんや「のりこえねっと」に全く取材していないVTRをもとに当時、次のようなトークを繰り広げました。

須田氏がこう口火を切ります。「辛さんの名前が書かれたビラがあったじゃないですか。この方々というのはもともとは、反原発、反ヘイトスピーチなどを職業的にずーっとやってきて、 今沖縄に行っている」。

東京地裁前でマイクを持つ須田慎一郎氏

経済評論家の上念司氏は「『スキマ産業』です。 何でもいいんです、盛り上がれば」などと応じ、画面には「沖縄・高江ヘリパッド問題反対運動を煽動する黒幕の正体は?」とのテロップが表示されます。

司会の長谷川氏が再び「ちょっと聞きたいのは、お金ですよ」 と話題を「資金」にふってゆくと、須田氏 が「辛さんっていうのは在日韓国・朝鮮人の差別ということに関して戦ってきた中ではカリスマなんです。ピカイチなんですよ。お金がガンガンガンガン集まってくる」 と言及、すかざす上念氏が「親北派ですから。韓国の中にも北朝鮮が大好きな人がいる」と畳みかけました。

長谷川氏は相槌を打ったり、話を盛り上げる役回りに見えますが、その肩書からこれらのトークに信ぴょう性を付加する役割を担っています。沖縄の基地問題を真摯に取材したことのあるジャーナリストであれば、欺瞞やウソはすぐ見抜けるはずです。しかも、彼らは辛さんだけでなく反対運動をする当事者にも全く取材していません。

放送倫理・番組向上機構(BPO)は、重大な放送倫理違反があり、辛さんへの民族的差別を含んでいたと認め、TOKYO MXはその決定を受け入れて謝罪したのに対し、彼らは開き直ったままです。まるで反省していません。それどころか、「BPOは左翼だ。解体しろ」と、矛先をBPOにむける始末。

自分はデマを作ったわけじゃない。責任は一切ない。ジャーナリストとして社会的な職責を負うのに道義的責任も何もかも棚上げしてしまう。さらに論点をすり替えて自分は被害者だと言い募る。長谷川氏の法廷での主張にあきれ返りました。

ヘイトを生む土壌となったのは大阪

この日の「虎ノ門ニュース」に出演し続けた山田氏は、こんな説明もしました。

「僕は大阪の人間なんで。大阪のテレビ番組を作ってきた、この経験、ノウハウで一般的にやっている(略)司会の方もパネラーも含めて、ひとつのテーマについてフリーハンドでしゃべってほしいというのがある。なので、ああ言うてくれ、こう言うてくれ、ああ言うな、こう言うなの振り付けは基本やりません」

 「こういう流儀なんや、自由奔放にしゃべってどこが悪い。長谷川氏は悪くない」・・・そう聞こえました。確かに大阪発ニュースバラエティーショーのスタイルを踏襲し、数字を「稼ぐ」内容にしたのでしょう。反省の姿勢を見事に示さない彼らのセオリーの源流に「テレビ」制作者としての、おぞましさすら感じます。そこには、日本人というマジョリティーを形成する側の傲慢さが深く結びつくのですが、意識的に加害性を直視しないことで、自分たちの傲慢な姿を見失うという危険な罠にはまっています。

 直接的に辛さんを名指しする発言をした須田氏は、在阪局のニュースバラエティー番組のレギュラー出演者です。重大な放送倫理違反を認めず、謝罪すらしない彼をテレビ局側はなぜ容認し、起用を続けるのか、私には理解できません。制作系の「稼ぐ」は、放送における「公共」や「倫理」を軽視してよいとのセオリーがあるのでしょうか。

 辛さんは、『ニュース女子』によって暮らしをズタズタにされます。「鮮害」「死ね」などの強烈な嫌がらせメールや脅迫状が押し寄せました。やむを得ずドイツへ2年間、研究のため移住する決断に至ったのですが、そのドイツにまでメールが追いかけてきます。しかも、辛さん本人にとどまらず、同僚の大学研究員に対してです。たとえばー

「この人物は政治活動家であり、大学教育も受けておらず、研究論文なども皆無です。そしてその活動で大変な批判を日本で受けています」「沖縄の基地問題をめぐり外国の力を使った沖縄独立を主張し、日本が沖縄を差別したと誹謗しました」

これまで多くのバッシングを一貫してはねのけてきた辛さんが、当時は記憶に残らないほど衝撃と混乱の渦中にあったと話します。

「ニュース女子の時からは明らかに一般大衆の人たちが、生活圏の中まできたという感じがしましたね。その意味では一線を越えたんだと思います」「(私が)過激だっていうふうに思われるなら、あなたがどれだけ鈍感なのか、ということをもう少し、考えたほうがいい、というふうにしか言いようがない」

 どれだけ鈍感かー。余りに多くの人びとの鈍感と無関心がここまで続いてきたからこそ、差別や偏見から脱却できない社会なのではないかー。

 辛さんがドイツから帰国し、成田空港の到着ロビーに大きなトランクを持って現れた場面から『わたしと弟』の撮影取材が始まります。初めてご自宅に同行したその日、リビングに弟さんの遺影が飾られていました。

「帰国したら一緒にバトミントンをしよう」。そんな姉との約束も果たせず、58歳で突然死した弟の義剛さん。就職差別もあり仕事に恵まれず、職を転々とし、離婚後は一人暮らしでした。

大きなため息をついて遺影を見つめる辛さんの表情。会見場で見た哀しみに近いような気がします。『ニュース女子』が地上波で流れなければ、辛さんは弟さんとの死に目に会えたかもしれない。弟さんを自ら病院へ連れていって死なせずに済んだかもしれない。

人を不幸に突き落とす。そんなテレビを誰が望んでいるでしょうか。誰かを踏みつけにして「稼ぐ」のが目的化するメディアの世界?いったい誰が望んでいるのでしょう?。日本における日本人男性というマジョリティーの側にいる制作者には、悲嘆にくれる傷ついたマイノリティー女性の存在が見えないのかもしれません。

辛さんが語った「日本に生まれて良かった」の意味

 在日コリアンを攻撃するヘイトスピーチが沸き起こってきたのは、2000年代と言われます。2000年、当時の石原慎太郎東京都知事が旧植民地の人びとを蔑んで呼ぶ「三国人」と発言したころから兆しが生まれます。辛さんは、この時から抗議の声をあげています。

「社会のもっとも弱い構造的弱者です。この人たちを標的にしているんです。つまり明確な弱いものいじめです」

ビジネスの世界で活躍していた辛さんが、市民運動の世界へ舵を切っていくことになるきっかけです。差別的言説が充満してゆく社会がそうさせたとしか言えません。昔も今も社会にこだまする官製の「犬笛」。DHCテレビが、辛さんや支援者たちに対する非難を続けたことで、辛さんは会見するたびにネット内の攻撃が強まったと振り返ります。

だからなのか、判決の日の会見で、勝訴についての感想を求められた辛さんは「日本に生まれてよかった」と言い、そのまま引用して記事化した新聞もありました。

私は大きな違和感を覚えます。この言葉に対する大きな揺れは、この原稿が当初書けなかった理由のひとつです。「日本」という表現を、記事を読んだ読者はどう受け止めただろうか。もし「日本国」と解釈したなら、それは違うのではないか。考えを巡らすと無性に苦しくなったのです。

 新型コロナウィルス禍が広がる直前、韓国の釜山からバスに揺られて慶尚南道へ向かう辛さんに私たちは同行取材しました。2020年2月1日、弟の義剛さんの遺骨を大事に抱えた辛さんは、父親の生まれ故郷に建つ築200年の旧家で、たったひとり小さなチェサ(法事)を行いました。そばの竹林が風に揺れる音だけが響きます。そして、この地が故郷ですか?との私の問いに、こう返します。

「とても懐かしく愛おしく思うけれど、私や弟のふるさとは、渋谷区笹塚でしょう。そして、そこを中心とした人間関係や友達がふるさとですよね。だから故郷は土地ではなく、

誰と生きたかとか、誰と生活をしたかとか、どんな思い出があるか」

「弟の周りでなんとか一緒に生きてくれた人たちは、国境も民族も性別も越えていたわけですよ。だから、そういう人に支えられてなんとか命がもった」

「痛みを教えてくれるよね、あの子は。人間の心の痛みをね。それにちょっと答えたいと思うよね」

 「在日は難民だと思う」、そんなふうに辛さんが述べた言葉も忘れられません。『わたしと弟』では最後、次のように語りかけます。

「国家というのは自分を苦しめるものではあったけれども、自分が救われるものではなかったと思っているのね。国家はフェイクですよ。国を愛するんだったら人を愛した方がいい」

 日本人のマジョリティーはきっと「国家はフェイク」とは思わないでしょう。しかし、広く世界を直視すれば、そう感じて彷徨い人になった民族が大勢存在することは否めません。

21世紀になっても事情は変わらず、ミャンマーのロヒンギャ問題もその一例です。

「虎ノ門ニュース」が一審判決を歪曲して報じているのを知ってなお、「日本に生まれてよかった」と語る辛さんの言葉は、想像力をフル回転させなければきちんと理解できない、とてつもなく深い意味が隠されているのです。私の解釈もズレているかもしれません。その言葉のひとつひとつの意味を問うことをしなければ、次につながる心の扉は開かれません。

「記録に残す」ための闘い

 「虎ノ門ニュース」の人たちは、敗訴したのに勝ったかのように振る舞いました。いっぽう辛さんは、勝訴したのに負けたような哀しみを浮かべ、不安を抱えています。その不安は、ひとつ的中します。なんと、私が勤務するMBSという大阪の足元で。

この10月4日からMBSラジオ(2021年4月に分社化)の朝6時からの帯番組で、いま述べてきた民族差別とフェイクニュースに加担してきた人たちが登場するというのです。すなわち、須田慎一郎氏と上念司氏その人です。さらに、「コロナはさざ波」発言で5月に内閣官房参与を退職した高橋洋一氏も含め、曜日ごとにニュース解説するコメンテーターとして出演することになったのです。ひとりの局アナが通しでパーソナリティーを務める朝の看板番組です。

MBSは、茶屋町という地にありますが、「茶屋町が虎ノ門に!?」という驚きとともに非難の声があがっています。コメンテーターを選ぶ権限を持つ番組プロデューサーに対し、周囲の誰も止めなかったのでしょうか。バランスをとるために立場の異なるコメンテーターを配する案すら出なかったのでしょうか。底なし沼のような鈍感さに私は唖然とします。

9月22日、ラジオ社は新番組について会見し、「文化放送やニッポン放送で実績のある御三方なのでお願いした」「特定のスポンサーはついていない」と説明したということです。他局がやっているのを模倣しただけ、と言いたいのでしょうか。

差別や排他主義を見過ごして放置しているとどうなるのか。歴史を振り返って考えてみれば明白です。民間放送というメディアは、戦後より良い社会をつくるために生まれました。流言飛語や偏見を排するという使命は基本中の基本です。それがもう忘れられているのだとしたら、いまは戦後ではなく、戦前へ移行していると言えそうです。世界が激動する中、しだいにマジョリティーの側の人たちも不安に苛まれていくでしょう。傷ついた人びとの顔をたくさん思い浮かべながら私は考え続けています。この問題には、寛容ではいられません。もう限界です。判決を受けての会見で、強く印象に残った辛さんのことばです。

「記録に残すためには、全て曝け出すこと。私の全てを曝け出し、その上で判断してもらう。どのように生きてきたのか、飾ることなく、ありのままで、ぶつけていくことしかないと思う。それが、私にとって記録に残すことです」

※この記事はオキロンに掲載されたものです。オキロン編集部の理解を得てInFactに転載させて頂きます。一部、表現を修正しています。

【筆者略歴】1987年毎日放送入社。報道記者などを経て2015年から報道ドキュメンタリー『映像』シリーズを担当。『沖縄さまよう木霊~基地反対運動の素顔』(2017年)で第72回文化庁芸術祭優秀賞ほか、『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』(2017年)で第55回ギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞。また個人として「放送ウーマン賞2018」を受賞。著書『教育と愛国 誰が教室を窒息させるのか』(岩波書店)、共著『フェイクと憎悪~歪むメディアと民主主義』(大月書店)

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