
3月12日、アメリカのトランプ大統領が「EUはアメリカを利用するために設立されたのだ」と述べた。これはEU本来の目的と大きく異なり、正確さを欠く表現である。(写真はホワイトハウスの公式サイトより・4月2日の「相互関税」導入の発表会見)
対象言説
EUはアメリカを利用するために設立されたのだ(原文:The EU was set up in order to take advantage of the United States)
結論【正確さを欠く】
ファクトチェックの詳細
発言は2025年3月12日にホワイトハウスでアイルランドのミホル・マーティン首相との会談が行われた際に、記者からの質問に対してトランプ大統領が発言したものである。トランプ大統領の発言は「The EU was set up in order to take advantage of the United States」というもので、訳するなら「EUはアメリカを利用するために設立されたのだ」となる。
その発言を確認する上で、まず、EUがどのように設立されたのか確認したい。
以下の表にその経緯を簡単にまとめた。
1952年7月23日 | 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC) | ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6カ国が西ヨーロッパの石炭と鉄鋼産業の統合に署名し設立。 |
1958年1月1日 | ローマ条約 | 欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(Euratom)が設立。 |
1965年4月8日 | ECの結成 | EEC,ECSC,Euratomの総称をECとし、共通の理事会・委員会を設立 |
1986年2月 | 単一市場に向けて | 加盟国間で貿易を自由に行うため、単一市場の創設を目指す議定書が署名された。 |
1992年2月7日 | マーストリヒト条約署名 | 共通通貨、外交・安全保障政策、司法・内務協力のルールを設定。 |
1993年11月1日 | EU正式発足 | マーストリヒト条約が発効し、欧州連合が正式に設立。 |
2002年1月1日 | ユーロ紙幣と硬貨の導入 | ユーロ紙幣と硬貨が法定通貨として流通開始。 |
EUの設立が正式に定められたのは、1993年のマーストリヒト条約による。この条約によって、「単一通貨ユーロの導入」「外交・安全保障の共通方針の策定」「司法や内務での協力強化」
「EU市民権の導入」「ヨーロッパ議会の権限拡大」などが盛り込まれた。既存の3つの共同体(ECSC,EEC,EURATOM)を第1の柱とし、加えて共通外務・安全保障を第2の柱に、さらに司法・内務協力を第3の柱に据え、欧州統合の推進を目標としたものである。
第2の柱「共通外交・安全保障政策」に関して、その目的は次のように記されている。
・欧州連合の共通の価値、基本的利益及び独立を擁護すること。
・あらゆる方法において欧州連合及びその加盟国の安全保障を強化すること。
・国連憲章の原則、ヘルシンキ最終文書の原則、並びにパリ憲章の目的に従い、平和を維持し、国際安全保障を強化すること。
・国際協力を促進すること。
・民主主義と法の支配、並びに人権及び基本的自由の尊重を発展させ、強化すること
これらの目的からも、EUは欧州自身の平和や安全、発展を重視しており、アメリカを「利用するため」に設立されたわけではないといえるだろう。
アメリカ大統領の対応
トランプ大統領の「EUはアメリカを利用するために設立された」と主張に関係する事実としては、一連の欧州の統合にアメリカが大きく関わっていた点を挙げることができる。
例えば、ハリー・S・トルーマン大統領(在任1945–1953)はECSC発足以前から、共産主義の拡大を食い止めることを目的とし、ヨーロッパ諸国の経済復興を目的としたマーシャル・プラン(1948〜1951)を通じて欧州を支援していた。
ジョン・F・ケネディ大統領はEEC発足後もアメリカは欧州統合の流れを全面的に支持し、1961年にイギリスがEECに加盟するよう促している。
また、EU発足直後の1994年には、ビル・クリントン(在任1993–2001)大統領が「この新しい安全保障の核心は、米国と欧州連合の関係の経済的活力である。EUは、貿易と投資において、アメリカの最も価値のあるパートナーであり続けている。その強い関係はアメリカにとって良いことである。それは、米国だけでなく欧州の労働者や企業 にとって、より多くの雇用、より多くの成長、そしてより多くの機会を生み出すことにつながる」と記者会見で答えている。
EUの目標
EU公式ウェブサイトによるとEUは、「すべての欧州市民に平和、繁栄および自由を保障するとともに、平和構築や開発援助などを通じ、世界の平和と安定に積極的に貢献すること」を目指している。
また、EUは世界での目標として「価値観と利益を守り促進すること」「平和と安全、地球の持続可能な開発に貢献すること」「人々の間の連帯と互いの尊重、自由で公正な貿易、貧困の撲滅、人権の保護に貢献すること」「国際法の厳格な遵守」をあげている。
勿論、これらは表向きの説明であり、国際政治の裏の事情を確認する術は無い。EUがその結束や拡大の過程でアメリカを利用した事実が無かったとは言い切れない。しかし、仮にアメリカを利用することが有ったとしても、それがEU設立の目的とまで言うことには無理がある。
(石盛なごみ)
EU公式ウェブサイト(日本語版)
(https://www.eeas.europa.eu/japan/eutoha_ja?s=169)
EU 目標と価値観(英語)
アメリカ合衆国国務省 アーカイブ
(https://www.state.gov/u-s-department-of-state-archive-websites)
WTOによる関税紛争事例をまとめたサイト
(https://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/dispu_status_e.htm)
3/31にリリースされたアメリカ合衆国通商代表部による貿易障壁についての文書
EUは129ページから
(https://ustr.gov/sites/default/files/files/Press/Reports/2025NTE.pdf)
ビル・クリントンの記者会見(https://clintonwhitehouse6.archives.gov/1994/01/1994-01-11-presidents-remarks-in-statement-with-eu-leaders.html)
(At the heart of this new concept of security is the economic vitality of the relationship between the United States and the European Union. The EU remains America’s most valued partner in trade and investment. A strong relationship between us is good for America. It can help to generate more jobs, more growth, more opportunitie for workers and businesses at home as well as for those here in Europe.)
ジョン・F・ケネディがイギリスにEEC加盟を勧める
(https://history.state.gov/historicaldocuments/frus1961-63v13/d385?utm_source=chatgpt.com)
EU駐日欧州連合代表部のウェブマガジン(https://eumag.jp/questions/f0220/)
マーストリヒト条約(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:11992M/TXT)共通外交・安全保障政策については58pより