今、NHKでは「不祥事を起こすな」との号令がかかっているという。「N国」、つまり「NHKから国民を守る党」への対策なのだという。N国の立花孝志党首が7月の参院選で議席を得て以降、NHKが神経をとがらせているということは、番組に理事が出て受信料への理解を呼び掛けるなどしていることでもわかる。
「不祥事を起こすな」とは各部門の幹部から発せられているということだが、実は、不祥事のその最たるものがNHKの経営幹部によって行われた疑いが極めて濃厚になっている。国会で事実と異なる答弁を行っていたことをNHKが認めたからだ。しかも、虚偽答弁と指摘されてもおかしくない深刻な事態だ。(立岩陽一郎)
佐戸未和さんの過労死
その答弁は、あるNHK記者の過労死をめぐる問題が国会で追及された際に行われた。先ずは、その過労死について説明したい。
佐戸未和さん。6年前の2013年7月に31歳の若さで死亡したNHK記者だ。東京都庁クラブ(以下、都庁クラブ)の記者として選挙取材に追われた末に自宅で携帯を握りしめたまま息を引き取ったと見られる。既に労災で過労死が認められているが、NHKはその事実を長く伏せていた。不審に思った両親の指摘で死後4年たった後に公表された。
その経緯は尾崎孝史著「未和 NHK記者はなぜ過労死したのか」に詳しいが、この本が出たら終わりというわけではない。両親のNHKに対する不信感は更に強まっているからだ。
その大きな原因に、この本で「東條」という仮名で登場する当時の上司である都庁クラブ・キャップの対応と、彼をかばうNHKの姿勢がある。そして、それが国会での事実と異なる答弁につながっていく。更に説明しよう。
発端は、未和さんの過労死についての上田良一NHK会長の国会答弁だった。父親の守さんは次の様に話す。
「2018年、3月22日の国会で、未和の過労死が取り上げられた際に、『管理職は勤務状況を把握していたのか?』と問われて、NHKの上田会長が、『把握していた』と話したんです」。
大企業で海外支店長も務めた守さんは、「当然だろう」と思いつつ、この点で説明が無い点をNHKに問い合わせた。
「未和が過労死するまで長時間労働をしたことに対して、当時の管理職が労働時間を把握していたのか、していなかったのか本当のところを知りたい」
自宅を訪れた幹部にそう頼むと、後日、「本人に確認した結果、本人は知らなかったと言いました」との回答が来た。納得はできなかったが、そう言うならばと、その言葉を文書で欲しいと求めると、出すとも出さないとも言わない状況が今も続いている。
ただ、これは恐らく、会長の国会答弁の方が正しいだろう。キャップが部下の勤務を把握していないとはよく言えたものだと思う。勿論、過労死が「東條」キャップの責任だったと言うつもりはない。ただ、「本人は知らなかったと言いました」と平然と言える話ではない。
私は2006年から2010年までNHK大阪放送局で司法キャップをしていた。その間、3人のクラブ員とともに取材に明け暮れていた。未和さんが所属した都庁クラブと同じ規模だ。司法クラブも激務だ。大阪地裁、大阪高裁の裁判は勿論、大阪地検特捜部の事件、そして関西全域の事件記者の支援など、常に何かが動いている。
それでも、否、それだからこそ、クラブ員の勤務状況をキャップである私は把握していたし、それは私だけではない。いつ誰が何をしているのか。連日にわたって早朝、深夜での仕事が続けば、命令してでも休ませる。それを判断するのがキャップの仕事だ。キャップが「知らなかった」というNHKの説明は、私でさえ納得できない。
都庁クラブの異様な対応
では、国会での事実と異なる答弁はどういうものだったのか?その前に、もう少し説明しなければならない。
未和さんの命日は2013年7月24日だ。しかし、実際に未和さんが死亡した日は定かではない。どういうことか?実は、未和さんの遺体を発見したのは婚約者だった。東京から離れた地方で仕事をしていた。婚約者は暫く前から未和さんと連絡がとれなくなっている。心配になった彼は、未和さんの職場である都庁クラブに問い合わせている。この事実は両親が電話を受けた都庁クラブの記者とも話をして確認をとっている。
なぜ所在の確認などをしなかったのだろうか?両親は直接、その記者に問いただしているが、その記者はまともに答えられていない。
「もし早く動いていてくれたら、ひょっとしたら未和は死なずにすんだかもしれないと考えることは有ります」
無念そうに話す母親の恵美子さん。当然だろう。「都庁クラブ内の人間関係はどうだったのか?未和はいじめにあっていたのではないか?」と思った恵美子さんは、NHKに未和さんとかかわりのあった当時の関係者に直接話を聞かせて欲しいと要望している。しかし、その都度、「そうした事実は無かった」「未和さんはみんなにかわいがられていた」という返事が返ってくるだけだ。調査はNHKが行なうという一点張りだという。
因みに、「東條」は現在、都庁クラブのキャップを終えて、ある地域の報道統括という要職に就いている。その彼からは命日になっても葉書一枚、花一輪来ていない。これについて両親はNHKの幹部に伝えているが、「東條」をかばうだけでその両親の思いを伝えることも無いという。都庁クラブの対応も異様だが、それをかばうNHK全体が異様に思える。
そして国会で「虚偽答弁」は行われた
話を戻そう。では、未和さんの過労死についての調査は行われたのか?両親はそれも明確ではないと感じている。そこで、私からNHKに調査の有無について問い合わせ、調査結果の開示を求める旨伝えた。それについてのNHKの回答は、「佐戸未和さんの過労死を重く受け止め、NHK全体で働き方改革を推進しています。調査の具体的な内容については、回答を控えさせていただきます」というものだった。
こうした中、2019年3月31日の国会で未和さんの過労死について再び、取り上げられる。そして、ここで事実と異なる答弁がNHKの理事によって行われる。
この日、質問に立った共産党の山下芳生議員が、婚約者が何度も電話やメールをしたのに連絡がとれないので都庁クラブに問い合わせをしたのではないかと質している。その事実は両親がNHKの電話を受けた記者とのやり取りで確認しているものだ。
ところがNHKの松坂千尋理事は次の様に答えたのだ。
「当時の都庁クラブの関係ですけれども、当時の都庁クラブなどに話を聞いたんですが、ご指摘のような問い合わせについては確認できなかったということです」。
この答弁を聞いた瞬間の両親のショックは言葉が出ないほど大きなものだったという。繰り返すが、両親はこの点を踏まえて、未和さんの元同僚である都庁クラブの記者への調査を求めたわけだ。「確認できなかった」は事実ではない。
私はこの国会答弁についてNHKに問い合わせた。さすがにNHKもまずいと思ったのだろう。「当時の関係者から改めて話しを聞いています」との答えだった。そして暫く後に、「関係者に改めて話し」を聞いた結果を問い合わせた。
「当時の関係者から改めて話を聞いたところ、ご指摘の方が都庁クラブに電話をかけていたことを確認しました」
国会の答弁が事実ではなかったことをNHKが認めたのだ。
しかし問題は、その後のことだ。それで都庁クラブの記者は何をしたのか?なぜ何もしなかったのか?その対応に問題は無かったのか?それが両親の知りたい点であり、それはNHKもわかっている筈だ。
敢えて推測するならば、国会でその後の対応を問われたくなかったから事実と異なる答弁を行ったのではないか。これは虚偽答弁と批判されても反論はできないだろう。否、虚偽答弁との指摘を受けないよう配慮しているが、実質的な虚偽答弁だ。
未和さんが過労死したのは6年前のことだ。その結果を受けて、NHKは「NHK全体で働き方改革を推進しています」と内外に説明している。未和さんの両親にもそう説明しているし、私にもそう回答している。しかし、本当に未和さんの過労死について調査をしていたのか?していたのなら、なぜ国会で事実と異なる答弁をしたのか。両親の疑問は既に疑念に変わっている。
なぜNHKは都庁クラブの当時の対応について明確にしないのか。国会で虚偽答弁と批判されるような事態を生じさせるのは極めて異例だ。NHK内部にいた私は推測できる。それは、誰かひとり、例えば都庁クラブキャップだった「東條」の責任を認めれば、その責任は必然的に上にまで伸びるからだ。
「本人に確認した結果、本人は知らなかったと言いました」が嘘だとは思わない。しかし「東條」もNHKの論理で生きているので、自分が「知っていた」と言った時の影響を考えたらそう言うしかないわけだ。それは必然的に自分の今後のNHKでの立場に響く。要は、全てが保身なのだ。
NHKに言いたい。神経をとがらして向き合うべき対象はN国ではない。事実だ。事実についてこそNHKは真摯に向き合わねばならない。それができないなら「NHKをぶっこわす」と言われても誰もNHKを擁護しないだろう。
この問題はさらに追及していく。