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ジャーナリズム信頼回復のための提言 原案全文

ジャーナリズム信頼回復のための提言 原案全文

今年5月発覚した新聞記者と東京高検検事長の「賭け麻雀」問題を受け、ジャーナリズム信頼回復のための提言が7月10日、南彰新聞労連委員長ら6名の発起人により発表された。インファクトの立岩陽一郎編集長も賛同人に名を連ねたが、楊井人文共同編集長は賛同人から辞退した。6月上旬の原案は、現在のマスメディアのあり方について本質的な問題提起をしていた。だが、最終的に発表された提言内容は、表題も含めて大きく変更された部分がある。今後のジャーナリズムのあり方をめぐる議論に一石を投じるため、ここに原案の全文を掲載する。


開かれたジャーナリズムへの提言

産経新聞記者2人と朝日新聞社員(元記者)が、緊急事態宣言の最中に、検察庁法改正案問題で渦中にいる黒川弘務検事長と賭け麻雀をしていたことが発覚しました。この問題は日本のジャーナリズムの信頼性に大きな影を落としています。

朝日新聞社は調査結果を公表し、「報道の独立性や公正性に疑問を抱かせる」として社員を1ヶ月停職の処分にしました。産経新聞社は当該記者2人を編集局付にして記者活動を停止2させ、調査結果が固まり次第、「厳正に対処する」としています。

しかし、失われた信頼は回復していません。記者は政治家や官僚、捜査幹部など取材対象とどういう関係にあり、どうやって情報を入手しているのか。報道の独立性や公平性は担保されているのか。そうした根本的な疑念が解消されていないからです。

この問題は朝日、産経2社だけに止まりません。新聞・通信社やテレビ局、記者クラブで取材をした経験のある人間は知っています。取材対象と親密な関係になることは珍しくなく、むしろ、「よく食い込んだ」と評価されるということを。ともすれば、賭け麻雀が問題に なった記者らに対してさえ、「よく頑張っていたのに…」という同情があることを。

記者会見という公開の場では表面的な質問に留め、早朝や深夜に密かに会って情報を入手する。個人的な関係を結ぶため、ときに相手の機嫌を伺い、飲食を共にする。そうやって得た情報を「関係者によると」や「政権幹部によると」などと匿名情報源の特ダネとして報じ、業界で評価されるという閉じた世界でした。

その情報は、独立性や公平性があるのか。その匿名の関係者は本当にそう言ったのか。読者や視聴者には確認する術がありません。「マスゴミ」と揶揄されるマスメディアに対する脆弱な信頼を見透かすように、証言者自身が発言を翻して「誤報だ」とネットで直接発信する例もあります。

情報の発信をマスメディアが独占してきた時代と異なり、誰もが情報の発信や拡散が可能になった現代は、メディア自身も検証される時代です。報道機関への不信感が広がる中で、匿名情報に基づき、客観的な証拠のない報道は影響力を失い、信頼性という自らの存立基盤を掘り崩していくという現実に向き合わねばなりません。市民に対して「実名報道」を主張する一方で、権力者を匿名にする報道のあり方への不信も高まっています。

また、旧来型の取材慣行は必然的に長時間労働や、女性記者に対するセクシュアル・ハラスメントの温床ともなってきました。こうした理不尽で、国民の信頼も損ねる取材慣行は変えていかなければなりません。

私たちは情報を得るために取材対象に近づく努力を否定する訳ではありません。組織の不正や隠された事実を掘り起こすために、ときに相手を説得し、ときに心情に訴えて、肉薄することは必要です。それらは全て、新聞倫理綱領が冒頭に掲げる通り、正確で公正な記事と責任ある論評によって国民の知る権利に応えるためであるはずです。「公正」の意味をかみしめる必要があります。

独立した、公正な報道機関は、民主主義社会に不可欠な存在です。そして、その役割を果たすためには、国民からの信頼が欠かせません。

私たちは次のように提言します。

・欧米の主要メディアが実施しているように、報道倫理のガイドラインについて各社それぞれ協議し、公開する。個別の取材手法については各社の議論に委ねるが、公開することに よって信頼性を担保する。

・特に、情報源は可能な限り明示するとの原則に則りつつ、匿名の情報源の取り扱いや取材対象との接し方など、どのように信頼性を確保するのか明示する。

・記者会見や情報公開制度など、開かれた取材手法をさらに積極的に活用し、検証可能な報道に努める。

・オフレコ取材に基づいた特ダネ競争を重視してきたメディアの体質が、情報公開に消極的な日本の公的機関・公人の体質を助長してきた面があるのを反省し、業界全体として日本の情報公開制度の推進に務める。

・これらの施策について記者教育を強化すると共に、読者や外部識者との意見交換の場を増やし、報道機関の説明責任を果たすとともに、透明性を高める。

2020年6月〓日発起人(50音順)

林香里(東京大学大学院情報学環教授/元ロイター通信記者)
古田大輔(メディアコラボ代表/元朝日新聞記者)
南彰(新聞労連委員長/朝日新聞記者)

賛同人(50音順)

(注)誤字も含め、原文ママ

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