インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

【大阪都構想住民投票】メディア各社のファクトチェックまとめ 賛否両論それぞれの検証結果は

【大阪都構想住民投票】メディア各社のファクトチェックまとめ 賛否両論それぞれの検証結果は

大阪市を廃止し、4つの特別区に再編する「大阪都構想」の住民投票を直前に控え、接戦が伝えられる中、不正確な情報や不確かな言説が多数飛び交っている。そうした中、これまでになく主要メディアがファクトチェック(真偽検証)に積極的に取り組んだ。誤解や思い込みによる事実誤認がないか。投票判断の参考の一つになればと思う。(楊井人文)

今回の住民投票では、産経新聞、読売新聞、朝日新聞の各大阪本社社会部がファクトチェック記事を発表した。このうち、読売と産経はファクトチェック記事を紙面化したのは今回が初めてだ。産経4本、読売3本、朝日5本だった(読売は1本の記事で賛成派・反対派の言説を1つずつ取り上げていた)。インファクトの1本を含めると、のべ16件の言説の真偽が検証された。朝日の2本の記事を除き、いずれもニュースサイトで閲覧できる。

ファクトチェックといえども100%の正確さを保証するものではない。各社サイトの記事全文も確認し、納得できる根拠が示されているかを各自確認してほしい。

ファクトチェックは、立場に関係なく、事実や根拠に基づいているかどうかを検証したものであり、この結果から直ちに「都構想」に賛成か反対かの立場が決まるという性格のものではない。ただ、様々な真偽不明の言説を見極め、誤解に気づけば認識や考え方を修正する機会になるかもしれない。もちろん、ファクトチェック情報だけでなく、大阪市が公開している基本的な情報や、主要メディアのQ&Aや解説ページ(例えば、日経産経)なども、参考になるであろう。

ここでは、主な争点ごとに、各社の検証結果の概要(インファクトを含む)をまとめて紹介するとともに、若干の解説や評価、留意点もコメントした(ニュースサイトに掲載されていない朝日の2本の記事は割愛した)。3紙のうちFIJのメディアパートナーに加盟しているのは産経のみであるため、「誤り」「不正確」といったレーティング(正確性の判定ルール)は統一されていない。

検証された言説

  1. 大阪の経済成長
    ・「府市一体で観光を牽引する組織を作り、外国人旅行客が増えた」
    ・「司令塔機能が統合され、成長戦略や都市インフラ整備などの組織を整え、大阪トータルの視点で強力に推進→大阪のさらなる成長を実現」
  2. 住民サービス
    ・「特別区になると消防車の到着時間は早くなる」
    ・「住民サービス グ~ンとUP」
    ・「災害対策本部は新特別区4箇所にしか置かれない」
    ・「水道料金は値上げ」
    ・「図書館はじめ、クレオ大阪とかいろんな施設が廃止される」
    ・「大阪市内に24か所あるプールを9か所まで統廃合」
    ・「住民サービスが低下する」
  3. 都構想の行政コスト
    ・「都構想のコストは総額1340億円」
    ・「大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算」
  4. その他
    ・「大阪市を廃止すると、隣接市は住民投票なしで特別区に移行できる」
  5. 各社のファクトチェック記事一覧

1. 大阪の経済成長

大阪府と大阪市一体で観光を牽引する組織を作り、外国のお客さんは1200万人に増えた(賛成派が街頭演説で使うフレーズ)

読売の検証結果→「言い過ぎ」記事全文

読売は、これまでの維新府政下のインバウンド効果について「19年に大阪府を訪れた訪日外国人は1231万人で、11年の約8倍に増え、同じ時期に約5倍だった全国の伸びを上回る」と実績を認めつつ、「政府が推進した規制緩和など複合的な要因による」といった識者の指摘を紹介。「インバウンドの増加は、府市一体の取り組みに起因するとの賛成派の主張は、成果を「言い過ぎ」と言えるだろう」としている。

朝日のファクトチェックでも、この点について「内閣府の「地域の経済2018」は、訪日客が増えた主な理由は入国の際に必要となるビザの要件緩和に加え、LCC(格安航空会社)の就航が増えたことをあげている。観光客が増えたのは、国と大阪双方の努力の結果といえる」と指摘している。

いずれも、インバウンドの増加要因は大阪の取り組みだけではなく複合的だ、という点で一致している。実際は、ビザの要件緩和などが主要因とみられ、大阪府市の取り組みとインバウンド効果との因果関係を示すことは難しいと思われる。

司令塔機能が統合され、成長戦略や都市インフラ整備などの組織を整え、大阪トータルの視点で強力に推進→大阪のさらなる成長を実現(大阪市作成のパンフレット)

朝日の検証結果→「言い過ぎ」記事全文

朝日は、「行政の効率化は期待できるが、経済成長に与える影響となると限定的。企業の創意工夫がより重要」との識者コメントなどを挙げつつ、「経済成長には様々な要因があり、行政の仕組みを変えるだけで、経済がよくなるとは断定できないようだ」と指摘している。

行政の効率化と経済成長の因果関係を検証することは難しいが、大阪市に成長に結びつく根拠の提示を求めるなど、もう少し突っ込んだ検証がほしいところだ。

2. 住民サービス

特別区になると消防車の到着時間は早くなる。消防本部からの指令が一元化されるため、現場に近い消防署が対応する。(賛成派のチラシ)

朝日の検証結果→「間違い」記事全文
読売の検証結果→「誤り」記事全文

朝日は、都構想の実現で市消防局は府に移管され、名称は「大阪消防庁(仮称)」に変更されるが、管轄エリアは変わらないため、「「消防車の到着時間」に変化が生じる要素はない」(朝日)と指摘している。早くなる可能性があるのは「消防行政を広域化させた場合」(朝日)もしくは「府内の市町村消防の一元化が実現した場合」(読売)だが、「関係市町村長の同意が必要で財政負担の問題もあり、調整には難航が予想される」(読売)と指摘している。以上の通り、朝日と読売の検証結果は、ほぼ一致している。

つまり、将来的に早くなる可能性はゼロでないが、その条件が実現するかは現時点でわからない以上「早くなる」と断定できないということだ。

住民サービス グ~ンとUP。(賛成派の主張)

読売の検証結果→「不確定な仮定や不十分な前提を根拠にしている」記事全文

読売は、この賛成派の主張の根拠となっている2つの財政試算(いずれも黒字化)を検証している。1つ目は大阪府と市の副首都推進局が算出した財政試算だが、市メトロの新型コロナウイルスによる業績落ち込みの影響を考慮していないとの問題点が指摘されている。2つ目は学校法人「嘉悦学園」が算出した「10年間で最大計1.1兆円の歳出(支出)削減が可能になるとの見通し」だが、これも経済学者により評価が分かれると指摘されている。

災害対策本部は新特別区4箇所にしか置かれない(自民党の国会議員のツイッター投稿)

産経の検証結果→「根拠不明」記事全文

産経は「特別区の制度設計を行った府市の法定協議会では、移行後も現在と同様に24区役所単位で災害対策本部を設置する方針が確認され、市作成の説明パンフレットにもこの方向性が明記された」と指摘している。「4特別区だけ」という根拠は示されていないため、根拠不明と判定したものだ。

都構想における4つの特別区内の24区役所(地域自治区事務所)での災害対策本部の設置は任意で、4特別区の地域防災計画で定めることになるが、その内容は現時点では確定していない。未確定事項である以上、「4箇所にしか設置されない」と決まっているわけでもない。

水道料金は値上げ!(反対派のチラシ)

読売の検証結果→「誤り」記事全文

読売は「今回の都構想が実現しても府水道局と企業団が併存する構図は変わらない」とし、市水道局は「都構想が実現しても水道料金が値上げされることはなく、特別区で水道料金のばらつきも生じない」と説明するという。そもそも「水道料金は、大阪市のままでも上がる可能性がある」とも指摘している。

つまり、将来「水道料金の値上がり」するかどうかと「都構想の実現」は別問題で、「両者を結びつけた主張は、誤り」ということだ。

都構想が実現すると「ムダ」の名のもとに、図書館はじめ、クレオ大阪とかいろんな施設が廃止される(匿名ツイッター投稿)

産経の検証結果→「誤り」記事全文

産経は「特別区の施設になれば、選挙で選ばれる区長や区議会が今後のあり方を判断することになるが、都構想になれば市立中央図書館やクレオ大阪中央が廃止されると明記された文書や、議論は確認されていない」と指摘している。

この指摘は基本的に正しい。もちろん将来、図書館などの施設が廃止される可能性はゼロと言えないが、現時点では決まっていないのは事実だ。「ムダ」と判断して廃止するかどうかは、それぞれの自治体(特別区)での判断に委ねられる。それは都構想が実現しなかったとしても同じことだろう。

大阪市内に24か所あるプールを9か所まで統廃合しないと、お金が出てこないと言っている(反対派が街頭演説で使うフレーズ)

読売の検証結果→「言い過ぎ」記事全文

読売は、府・市の財政試算による最大17億円の歳出削減見通しについて検討した結果、「特別区が「17億円」の削減を実現するために、市民利用施設の削減に乗り出さざるを得なくなる可能性は否定できないものの、「都構想が実現すると削減される」との反対派の主張は、「言い過ぎ」だ」と指摘している。

住民サービスが低下する 大阪市が4特別区に分割されることで、行政コストは増大します。一つの大きな家を四つに分ければ家賃や光熱水費や生活費用が増加するのと同じ構図です。(自民党大阪府連のチラシ)

朝日の検証結果→「言い切れない」記事全文

朝日は、都構想の協定書に「特別区の設置の際は、大阪市が実施してきた特色ある住民サービスについては、その内容や水準を維持する」と明記しているが、「サービスの維持が約束されているのは特別区ができる時点だけ」「どういった住民サービスを行うかは特別区次第」とも指摘している。

「行政コストの増大」に関しては、特別区の財政状況を見通すのは難しく、チラシが指摘する「住民サービスが低下する」に直結するかどうかは、はっきりしない、と指摘している。

なお、都構想のコストについては、次の項目でも扱われるが、大阪市の分割で行政コストが増大すること自体は、大阪市や推進派も認めている事実だ。

間違いなく住民サービスは下がります(反対派の主張)

読売の検証結果→「不確定な仮定や不十分な前提を根拠にしている」記事全文

読売は、この反対派の主張の根拠である「特別区の移行に伴い、「約1340億円」のコストがかかる」という点について検証している。反対派が独自に試算したコストが、府と市の試算と大きな開きがあるのは「特別区の新庁舎を建設するかどうかで見解が割れているため」だと指摘し、「新庁舎を建設しないことは制度案の合意事項だが、将来的に区長や議会がどうするかまでを拘束するものではない」と説明している。

都構想のコストについては、次の項目でも扱われる。

3. 都構想の行政コスト

都構想のコストは総額1340億円(反対派がビラなどで主張)

産経の検証結果→「不正確」記事全文

産経は「この数字は2つの特別区での新庁舎建設経費を独自に算入している。だが、協定書では特別区設置時の新庁舎建設を前提としていない」と指摘している。つまり、「総額1340億円」(15年分)には、まだ決まっていない新庁舎建設分の費用が盛り込まれているということだ。

この指摘は基本的に正しい。もちろん将来、新庁舎建設が必要になる可能性はゼロと言えないが、現時点では決まっていないのは事実だ。この点は読売も同じ指摘をしている

大阪市が公式に出しているコストはこちらのページに記載されている通り、初期費用241億円、ランニングコスト年30億円で、15年間の総額は691億円となる(ここに人件費の増減は含まれておらず、より詳しくはインファクトの記事も参照)。

ただ、金額を聞いてもピンとは来ないし、試算なので不確定要素がある。金額はさておき、一定の行政コスト増が発生すること自体は、推進派も争いなく認めている事実である。

大阪市4分割ならコスト218億円増 都構想実現で特別区の収支悪化も 市試算(大阪市財政局の試算に基づく毎日新聞などの報道

インファクトの検証結果→「根拠不明」記事全文

インファクトは、「218億円」は特別区再編を前提とした試算ではないこと、さらに、毎日新聞が特別区再編を前提にした行政コストを「200億円程度」と報じた部分も、実際の行政コストと無関係に算定される「基準財政需要額」をベースにしているほかは、明確な根拠が示されていない、と指摘している。

4. その他

大阪市を廃止すると、隣接市は住民投票なしで特別区に移行できる(反対派のツイッター投稿)

産経の検証結果→「ミスリード」記事全文

産経は「法律では確かに、一定条件下では住民投票を不要とする。一方、住民意思が反映される地元議会と府議会の承認が必要なことや、移行方法によっては住民投票を要するケースがある」と指摘している。こうした重要な事実が欠落しているため、誤解を与える余地が大きい(ミスリード)と評価している。

議会の承認が必要なことは当然であろうから、むしろポイントは「住民投票が必要なケースがあり、常に住民投票なしというわけではない」という点だと考えられる。住民投票が賛成多数で大阪市が廃止され特別区に再編された場合、大阪市に隣接する10市(豊中市、堺市など)が「市を複数の特別区に分割する場合」は議会可決後に住民投票が必要だが、「市を丸ごと一つの特別区にする場合」は議会可決だけでよく、住民投票は不要となる。よって、産経の指摘は基本的に正しい。


各社のファクトチェック一覧

産経新聞のファクトチェック一覧

読売新聞のファクトチェック一覧

朝日新聞のファクトチェック一覧

インファクトのファクトチェック一覧

【訂正】当初、朝日新聞のファクトチェック記事を「3本」としていましたが、ニュースサイトに掲載されていない2本の記事がありましたので、「5本」に訂正し、関連する記述も修正しました。(2020/11/1)

Return Top