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ルポ朝鮮の今 訪朝で見えた金正恩政権の狙い③

ルポ朝鮮の今 訪朝で見えた金正恩政権の狙い③

私が最初に訪朝したのは2018年4月。そして直近の訪朝は2019年4月27日から5月3日。このルポは、この2度の訪朝を比較して自分が目にしたこと、耳にしたこと、感じたことを書いている。今回がその3回目。これまで2回、私が見た朝鮮について、平壌の状況や板門店での軍人とのやり取りなどを描いてきた。勿論、それは常に対文協=朝鮮対外文化交流協会の日本局員の付き添いの上で行われる。彼らは当然、私のお目付け役だ。だから、彼らの意図する内容を私が書いていると考える人は多いだろう。

しかし、一方で、彼らが私の希望を通そうと頑張ってくれていることも私にはわかる。彼らにせよ、外務省の日本担当者にせよ、日本のジャーナリストが自分の思い通りに伝えるとは思っていない。朝鮮の対日政策担当者は今、どういう思いでいるのだろうか。ルポの最終回となる第3回は、これまで語られてこなかった朝鮮の対日政策者の思いに光をあてる。(文・写真ともに立岩陽一郎)

ルポ朝鮮の今 訪朝で見えた金正恩政権の狙い①
ルポ朝鮮の今 訪朝で見えた金正恩政権の狙い②

金日成主席と金正日総書記の肖像

隠せない制裁の影響

1年前、2018年の訪朝時に私が体験した停電は1度だけだった。それはホテルではなく、対文協幹部らと平壌駅近くのレストランに繰り出した時で、時間にして数分という短いものだった。それでも、停電は珍しくないことは、その時の対文協の様子でわかった。部屋が暗くなっても慌てずにビールを飲み食事を続けていたからだ。停電が珍しい日本ではそうはいかないだろう。「停電か?」「何が起こった?」とちょっとした会話になるはところだろう。それが無い状況に、停電が身近なものであると理解した。

飲食店が集中するピョンヤン駅前

しかし私が宿泊していたプドンガンホテルでは少なくとも停電は無かった。これについて、5月1日のメイデイにあわせて平壌に集中的に電力をもってきているという説明をする人もいる。事実はわからないが、少なくとも去年の平壌滞在中に私が体験した停電は一度で、それは滞在先のホテルではなかった。

ところが、今年はホテルで度々、停電に見舞われた。長い時間ではないが、夜にラウンジでお酒を飲んでいたりすると何度か明かりが消えた。

これについて対文協の日本局員が興味深いことを言っていた。

「もう外国人向けのホテルに優先的に電力を回すようなことは止めることにしたのです」

つまり、去年、ホテルで停電が無かったというのは、私が滞在していたホテルが外国人向けの施設だったために優先的に電力が供給されていたということだったようだ。そして、そうした特別扱いはもうしないということになったのだという。その結果、今年のホテルでは度々停電を経験することになったということだった。

「それだけ制裁の影響が出ているということですか?」

そう尋ねると、対文協は、これまで通りの回答を繰り返した。

「我が国はずっと制裁の中でやってきました。影響が出ていると言えば出ているし、出ていないと言えば出ていません」

ただ、次がこれまでと違う点だった。

「外国人を特別扱いをすることはしないということです。そのままの姿を見せれば良いということです」

とは言え、電力は少なくとも平壌市内については深刻ではない。例えば、メイデイの夜、柳京ホテルはその巨大な二等辺三角形の壁面に国旗を彩った明かりを放っていた。時折発生する停電もさほど長い時間を待たずに回復していた。

これには理由が有る。平壌市内に2つの火力発言所があり、それがフル稼働しているからだ。平壌火力発電所と平壌東火力発言所だと教えられた。しかし、そこからも制裁の影響を垣間見ることは可能だ。その二つの発電所の煙突からは太い黒煙が何本も立ち上がり、それが空に広がっているのが確認できた。何れも石炭火力発電所だ。制裁で重油がこの国に入らない。一方で、この国では石炭はほぼ無尽蔵にあるとされる。石炭は、制裁前は重要な輸出産品の1つだった。今、それは少なくとも平壌市民の電力供給の重要な資源となっている。

フル稼働状態の平壌火力発電所

その結果は明らかだった。大気汚染だ。平壌市内の空気は良いとは言えない。個人差はあるだろうが、私は3日目くらいから喉に異変を感じた。

重油が入らない影響は道路事情にも現れている。平壌から板門店までの約170キロはこの国の南北を結ぶ幹線道路だが、そのアスファルトはいたるところに亀裂が入っている。このため車の中は激しく揺れる。亀裂が広がっている個所もあり、そうしたところは避けながら走っていた。

南北を貫く幹線道路

勿論、それが死活問題ということではない。亀裂をよけながら走る車の中で、対文協も、「うっかり眠ると舌を噛みますから気を付けてください」などと言って笑っている。

この程度なら「我が国はずっと制裁の中でやってきました」という言葉の範囲なのかもしれない。勿論、金正恩政権が米国や韓国に制裁の解除を求めていることは間違いないだろうが、制裁がこの国に深刻な状況をもたらすというところまで行っているのかどうかは、今回の滞在では判断できなかった。

日本の存在感が失われていく

訪朝した外国人は、原則として必ず、建国の指導者である金日成主席の生家に行くことになっている。私も今回訪ねたが、そのとき、日本語で説明してくれる女性ガイドのリ・チャンヨンさんがこんなことを言っていた。

金日成主席の生家 写真のガイドは別の女性

「今、日本人はほとんどここに来ませんから、私の日本語は錆びつきそうです」

中国語も話すリさんは毎日、中国からやってくる多くの訪問者の対応に忙しい。逆に、日本語を話す機会はほぼなくなっているということだった。

訪ねてくる日本人が少ないだけではない。この国の人々が日本に行く機会も当然ながら皆無だ。たとえば、流暢な日本語で通訳を務めてくれる対文協の日本局員も、日本に来ることはできない。

なぜか。それは日本政府が制裁措置として、この国の国籍を持つ者の日本入国を禁じているからだ。そういう事態が続けば続くほど、両国が対話できる可能性はどんどん先細りしていく。同時に、この国での日本の存在感も失われていく。

この国の政府内で日朝関係を前進させようとしているのは、まぎれもなく対日政策遂行の担当者たちだ。しかし、日本に行けず、日本からの訪問者もいないとなっては、彼らの情報収集能力は限られたものとなり、従って組織内の発言力は確実に弱まる。更には、日本について学んだり、日本に関する仕事をしたりする意味も薄くなって、日朝関係の改善など望むべくもなくなる。

そういう現状を象徴するエピソードがある。政府の対日政策担当者たちの大半は平壌外国語大学を卒業している。私を担当した2人の対文協幹部も例外ではない。しかし、今、その大学には彼らが学んだ日本語学部はない。定員を満たせなくなったために最初は学科に格下げされ、その後、廃止になったという。

日本語を学んでも、日本との関係が断たれている上、訪日もできず、対日問題の専門家としてキャリアを築く望みも持てない。これでは日本語を学ぼうという若者がいなくなるのも無理はない。

再び、帰国前日の夜


そして話は帰国前夜のバーに戻る。対日政策に長く携わってきた幹部とカウンターで並んでいる。前には洋服姿の美女たちが立ち、お酒をつくっている。カラオケを歌うときは、カラオケを準備してくれる。日本の歌は当然の様にいろいろある。きくと韓国の歌は無かった。

ウイスキーの入ったグラスを手にして、幹部がこう切り出した。

「安倍政権は共和国と向き合う気は有るんですかね?」

私にはそれは、金正恩政権の問いには聞こえなかった。それは、政権内の対日政策者の問いということだろう。その真剣な表情にそれを感じた。

平壌市内のバー

「確かに、安倍政権はこれまでは対話を拒否する姿勢を示してきましたが、既に米朝も動いていますし、日ロ交渉も進展していないことを考えれば、朝鮮との対話を進めるしか選択肢は無いと考えているかと思います」

勿論、私は官邸を取材しているわけではなく、それは先方も知っている。あくまで私の観測でしかない。もっとも、私の帰国直後に安倍総理は無条件での対話という方針を明らかにしている。その意味では、ここでの私の発言は間違ったものではなかったと言えるかもしれない。幹部は続けて次のことを言った。

「共和国の姿勢は一貫しています。日本が戦争責任を認めて謝罪をすれば、金銭的な補償は求めない。この点は一貫しています」

これは昨今の日韓関係を意識して発言したのかもしれない。ひょっとして幹部は、私に何かメッセージを託したいのではないだろうか?それは残念ながらジャーナリストの仕事ではない。雲行きが怪しくなったので直球を投げてみることにした。

「金正恩委員長の方針としては、今後、経済重視ということなのでしょうか?」

幹部は即答した。

「科学技術を高めつつ、金日成主席、金正恩総書記の教えを徹底するというのが金正恩委員長の指示です」

そして続けた。

「それは今年4月12日の施政演説でも強調されています。あとで、日本語訳を渡すように言っておきます」

その返事を最後にお開きとした。

翌日、平壌空港に向かう車中で、金正恩委員長の演説の日本語訳を渡された。「現代階における社会主義建設と共和国政府の対内外政策について」と題した演説の日本語訳で、「最高人民会議第14期第一回会議で行った施政演説」と書かれていた。

幹部が語った通り、先ずは金日成主席、金正日総書記の教えを徹底するとも書かれている。その上で、「人民経済の近代会、情報化を積極的に実現し、国の経済を知識経済に確固と転換させるべき」と主張している。それは中国式の対外開放路線の様な方向に進むのか?それを判断するにはまだ時間がかかるだろう。

平壌国際空港

ただ、これまでの日本の報道に見られるような脱北者の主張を鵜呑みにするだけの分析では、金正恩政権の実態や方向性は十分に分析することは難しい気がする。勿論、あらゆる情報を精査するという意味で脱北者の証言は重要だろう。ただ、それと同時に、現地で何が行われ何が語られているかを注視することは、これまで以上に重要になる。それだけ、金正恩政権は従来と異なる対応を見せている。

このルポは、拓殖大学海外事情研究所の季刊誌に掲載されたものを一部修正して再掲載したものだ。訪朝記は日本テレビ「バンキシャ」で伝えた他、日刊ゲンダイ、幻冬舎GOETHEなどでも書かせて頂いたが、著名ジャーナリストからは、「観光客の訪朝記のレベル」といった批判も出た。それだけに国際問題の専門家が集まる同研究所の季刊誌から執筆を依頼されたことは私にとっては明るい材料となった。

同研究所の荒木和博教授は「対北朝鮮強硬派」として知られるが、その荒木教授からも好意的なコメントを頂いている。それが事実を追求するということなのだと思う。執筆と再掲載を気持ちよく許可して頂いた同研究所の方々に感謝してこの連載を終えたい。

(終わり)

取材・文・写真:立岩陽一郎

私が最初に訪朝したのは2018年4月。そして直近の訪朝は2019年4月27日から5月3日。このルポは、この2度の訪朝を比較して自分が目にしたこと、耳にしたこと、感じたことを書いている。今回がその3回目。これまで2回、私が見た朝鮮について、平壌の状況や板門店での軍人とのやり取りなどを描いてきた。勿論、それは常に対文協=朝鮮対外文化交流協会の日本局員の付き添いの上で行われる。彼らは当然、私のお目付け役だ。だから、彼らの意図する内容を私が書いていると考える人は多いだろう。

しかし、一方で、彼らが私の希望を通そうと頑張ってくれていることも私にはわかる。彼らにせよ、外務省の日本担当者にせよ、日本のジャーナリストが自分の思い通りに伝えるとは思っていない。朝鮮の対日政策担当者は今、どういう思いでいるのだろうか。ルポの最終回となる第3回は、これまで語られてこなかった朝鮮の対日政策者の思いに光をあてる。(文・写真ともに立岩陽一郎)

ルポ朝鮮の今 訪朝で見えた金正恩政権の狙い①
ルポ朝鮮の今 訪朝で見えた金正恩政権の狙い②

金日成主席と金正日総書記の肖像

隠せない制裁の影響

1年前、2018年の訪朝時に私が体験した停電は1度だけだった。それはホテルではなく、対文協幹部らと平壌駅近くのレストランに繰り出した時で、時間にして数分という短いものだった。それでも、停電は珍しくないことは、その時の対文協の様子でわかった。部屋が暗くなっても慌てずにビールを飲み食事を続けていたからだ。停電が珍しい日本ではそうはいかないだろう。「停電か?」「何が起こった?」とちょっとした会話になるはところだろう。それが無い状況に、停電が身近なものであると理解した。

飲食店が集中するピョンヤン駅前

しかし私が宿泊していたプドンガンホテルでは少なくとも停電は無かった。これについて、5月1日のメイデイにあわせて平壌に集中的に電力をもってきているという説明をする人もいる。事実はわからないが、少なくとも去年の平壌滞在中に私が体験した停電は一度で、それは滞在先のホテルではなかった。

ところが、今年はホテルで度々、停電に見舞われた。長い時間ではないが、夜にラウンジでお酒を飲んでいたりすると何度か明かりが消えた。

これについて対文協の日本局員が興味深いことを言っていた。

「もう外国人向けのホテルに優先的に電力を回すようなことは止めることにしたのです」

つまり、去年、ホテルで停電が無かったというのは、私が滞在していたホテルが外国人向けの施設だったために優先的に電力が供給されていたということだったようだ。そして、そうした特別扱いはもうしないということになったのだという。その結果、今年のホテルでは度々停電を経験することになったということだった。

「それだけ制裁の影響が出ているということですか?」

そう尋ねると、対文協は、これまで通りの回答を繰り返した。

「我が国はずっと制裁の中でやってきました。影響が出ていると言えば出ているし、出ていないと言えば出ていません」

ただ、次がこれまでと違う点だった。

「外国人を特別扱いをすることはしないということです。そのままの姿を見せれば良いということです」

とは言え、電力は少なくとも平壌市内については深刻ではない。例えば、メイデイの夜、柳京ホテルはその巨大な二等辺三角形の壁面に国旗を彩った明かりを放っていた。時折発生する停電もさほど長い時間を待たずに回復していた。

これには理由が有る。平壌市内に2つの火力発言所があり、それがフル稼働しているからだ。平壌火力発電所と平壌東火力発言所だと教えられた。しかし、そこからも制裁の影響を垣間見ることは可能だ。その二つの発電所の煙突からは太い黒煙が何本も立ち上がり、それが空に広がっているのが確認できた。何れも石炭火力発電所だ。制裁で重油がこの国に入らない。一方で、この国では石炭はほぼ無尽蔵にあるとされる。石炭は、制裁前は重要な輸出産品の1つだった。今、それは少なくとも平壌市民の電力供給の重要な資源となっている。

フル稼働状態の平壌火力発電所

その結果は明らかだった。大気汚染だ。平壌市内の空気は良いとは言えない。個人差はあるだろうが、私は3日目くらいから喉に異変を感じた。

重油が入らない影響は道路事情にも現れている。平壌から板門店までの約170キロはこの国の南北を結ぶ幹線道路だが、そのアスファルトはいたるところに亀裂が入っている。このため車の中は激しく揺れる。亀裂が広がっている個所もあり、そうしたところは避けながら走っていた。

南北を貫く幹線道路

勿論、それが死活問題ということではない。亀裂をよけながら走る車の中で、対文協も、「うっかり眠ると舌を噛みますから気を付けてください」などと言って笑っている。

この程度なら「我が国はずっと制裁の中でやってきました」という言葉の範囲なのかもしれない。勿論、金正恩政権が米国や韓国に制裁の解除を求めていることは間違いないだろうが、制裁がこの国に深刻な状況をもたらすというところまで行っているのかどうかは、今回の滞在では判断できなかった。

日本の存在感が失われていく

訪朝した外国人は、原則として必ず、建国の指導者である金日成主席の生家に行くことになっている。私も今回訪ねたが、そのとき、日本語で説明してくれる女性ガイドのリ・チャンヨンさんがこんなことを言っていた。

金日成主席の生家 写真のガイドは別の女性

「今、日本人はほとんどここに来ませんから、私の日本語は錆びつきそうです」

中国語も話すリさんは毎日、中国からやってくる多くの訪問者の対応に忙しい。逆に、日本語を話す機会はほぼなくなっているということだった。

訪ねてくる日本人が少ないだけではない。この国の人々が日本に行く機会も当然ながら皆無だ。たとえば、流暢な日本語で通訳を務めてくれる対文協の日本局員も、日本に来ることはできない。

なぜか。それは日本政府が制裁措置として、この国の国籍を持つ者の日本入国を禁じているからだ。そういう事態が続けば続くほど、両国が対話できる可能性はどんどん先細りしていく。同時に、この国での日本の存在感も失われていく。

この国の政府内で日朝関係を前進させようとしているのは、まぎれもなく対日政策遂行の担当者たちだ。しかし、日本に行けず、日本からの訪問者もいないとなっては、彼らの情報収集能力は限られたものとなり、従って組織内の発言力は確実に弱まる。更には、日本について学んだり、日本に関する仕事をしたりする意味も薄くなって、日朝関係の改善など望むべくもなくなる。

そういう現状を象徴するエピソードがある。政府の対日政策担当者たちの大半は平壌外国語大学を卒業している。私を担当した2人の対文協幹部も例外ではない。しかし、今、その大学には彼らが学んだ日本語学部はない。定員を満たせなくなったために最初は学科に格下げされ、その後、廃止になったという。

日本語を学んでも、日本との関係が断たれている上、訪日もできず、対日問題の専門家としてキャリアを築く望みも持てない。これでは日本語を学ぼうという若者がいなくなるのも無理はない。

再び、帰国前日の夜


そして話は帰国前夜のバーに戻る。対日政策に長く携わってきた幹部とカウンターで並んでいる。前には洋服姿の美女たちが立ち、お酒をつくっている。カラオケを歌うときは、カラオケを準備してくれる。日本の歌は当然の様にいろいろある。きくと韓国の歌は無かった。

ウイスキーの入ったグラスを手にして、幹部がこう切り出した。

「安倍政権は共和国と向き合う気は有るんですかね?」

私にはそれは、金正恩政権の問いには聞こえなかった。それは、政権内の対日政策者の問いということだろう。その真剣な表情にそれを感じた。

平壌市内のバー

「確かに、安倍政権はこれまでは対話を拒否する姿勢を示してきましたが、既に米朝も動いていますし、日ロ交渉も進展していないことを考えれば、朝鮮との対話を進めるしか選択肢は無いと考えているかと思います」

勿論、私は官邸を取材しているわけではなく、それは先方も知っている。あくまで私の観測でしかない。もっとも、私の帰国直後に安倍総理は無条件での対話という方針を明らかにしている。その意味では、ここでの私の発言は間違ったものではなかったと言えるかもしれない。幹部は続けて次のことを言った。

「共和国の姿勢は一貫しています。日本が戦争責任を認めて謝罪をすれば、金銭的な補償は求めない。この点は一貫しています」

これは昨今の日韓関係を意識して発言したのかもしれない。ひょっとして幹部は、私に何かメッセージを託したいのではないだろうか?それは残念ながらジャーナリストの仕事ではない。雲行きが怪しくなったので直球を投げてみることにした。

「金正恩委員長の方針としては、今後、経済重視ということなのでしょうか?」

幹部は即答した。

「科学技術を高めつつ、金日成主席、金正恩総書記の教えを徹底するというのが金正恩委員長の指示です」

そして続けた。

「それは今年4月12日の施政演説でも強調されています。あとで、日本語訳を渡すように言っておきます」

その返事を最後にお開きとした。

翌日、平壌空港に向かう車中で、金正恩委員長の演説の日本語訳を渡された。「現代階における社会主義建設と共和国政府の対内外政策について」と題した演説の日本語訳で、「最高人民会議第14期第一回会議で行った施政演説」と書かれていた。

幹部が語った通り、先ずは金日成主席、金正日総書記の教えを徹底するとも書かれている。その上で、「人民経済の近代会、情報化を積極的に実現し、国の経済を知識経済に確固と転換させるべき」と主張している。それは中国式の対外開放路線の様な方向に進むのか?それを判断するにはまだ時間がかかるだろう。

平壌国際空港

ただ、これまでの日本の報道に見られるような脱北者の主張を鵜呑みにするだけの分析では、金正恩政権の実態や方向性は十分に分析することは難しい気がする。勿論、あらゆる情報を精査するという意味で脱北者の証言は重要だろう。ただ、それと同時に、現地で何が行われ何が語られているかを注視することは、これまで以上に重要になる。それだけ、金正恩政権は従来と異なる対応を見せている。

このルポは、拓殖大学海外事情研究所の季刊誌に掲載されたものを一部修正して再掲載したものだ。訪朝記は日本テレビ「バンキシャ」で伝えた他、日刊ゲンダイ、幻冬舎GOETHEなどでも書かせて頂いたが、著名ジャーナリストからは、「観光客の訪朝記のレベル」といった批判も出た。それだけに国際問題の専門家が集まる同研究所の季刊誌から執筆を依頼されたことは私にとっては明るい材料となった。

同研究所の荒木和博教授は「対北朝鮮強硬派」として知られるが、その荒木教授からも好意的なコメントを頂いている。それが事実を追求するということなのだと思う。執筆と再掲載を気持ちよく許可して頂いた同研究所の方々に感謝してこの連載を終えたい。

(終わり)

取材・文・写真:立岩陽一郎

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