インファクト

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【追記あり】『虎ノ門ニュース』問題に関する経緯と見解 ファクトチェック活動に関する様々な誤解について

第1 見解の骨子

1 ファクトチェックの内容について

(1) インファクトは、「PCRは新型コロナウイルスの検査にならない」「普通の風邪も検出する」という言説内容について真偽を検証した結果、これは事実でなく、誤りであるとするファクトチェック記事を6月18日発表しました

① この検証内容に対して、武田氏や『虎ノ門ニュース』からは、事実誤認の指摘や訂正要請は、これまでに受けたことはありません。

② 武田氏は7月24日放送の番組内で、2月末まで、PCR検査に必要な新型コロナウイルスの遺伝子情報が確定していなかったため、確定前のPCR検査は信頼できなかったという趣旨の反論をしています。

しかし、そもそも武田氏が「PCRは普通の風邪を検出する」と主張する動画を公開したのは4月16日です。その動画で、2月以前に限定した話はしていませんでした。

4月16日時点で「PCRは新型コロナウイルスの検査にならない」「普通の風邪も検出する」という情報が事実であるとの根拠は示されていません。

③ この言説は、他の専門家も否定しています。しかし、武田氏は依然、この発言について明確な訂正も撤回もしていません。

(2) 武田氏は7月24日放送の番組内で、自らの見解を説明する中で「PCR法を開発したノーベル賞を取った人がウイルスの特定にはふさわしくないと言っている」と述べました。この発言についてもインファクトが真偽を検証した結果、これは「根拠不明」であるとするファクトチェック記事を8月14日発表しました

① この検証内容に対しても、武田氏や『虎ノ門ニュース』からは、事実誤認の指摘や訂正要請は、これまでに受けたことはありません。

② インファクトの事前取材に対し、番組側は放送中に回答するとの返答でしたが、武田氏は番組内で、この発言の根拠を説明することはありませんでした(記事参照)。

③ これと同じ内容の言説は海外にも出回っており、海外の複数のファクトチェック団体も誤情報と認定しています(記事参照)。しかし、武田氏は依然、この発言について明確な訂正も撤回もしていません。

2 ファクトチェックの経緯・手法について

このように『虎ノ門ニュース』や出演者は、ファクトチェックの内容面について正面から検討、反論することはせず、ファクトチェックの手法・方法論に焦点を当てて批判してきました。

その主たる批判の要旨は、(1)武田氏に事前に取材し反論の機会を与えなかったのか、(2)なぜ(大きな影響力のある大手メディアではなく)武田氏の言説を対象にしたのか、という点にあると思われます。出演者からは「闇討ち」「意図がある」などと批判されました。これについてのインファクトの見解は、次のとおりです。

(1) 事前取材についての考え方

① ファクトチェックは、社会で流布された情報・言説の内容に疑問が生じた場合、それが事実に基づいているかどうかを調べ、検証し、その内容の真偽、正確性を明らかにすることを目的としています。

したがって、当然ながら事実認定、解明に必要な調査・取材は行うことになります。発信者がその事実を知る立場にある当事者であれば、当然、取材しなければなりません。発言者にその意図を確認する必要があれば、発信者への取材は不可避でしょう。

しかし、ファクトチェックは発信者の意図を確認するものではなく、あくまで発言内容が事実か否かを確認する作業です。客観的な事実・証拠により、発言内容が事実かどうかについて認定できる場合には、発信者への取材は必ずしも必要ないと考えています。

もちろん、確たる根拠もなく誤情報だと一方的に指摘することは慎むべきで、とりわけファクトチェック活動ではあってはならないことです。ですが、客観的資料などから、その発言内容が事実でないことが明白になれば、誤情報を是正するためのファクトチェックは躊躇なく、迅速に発表されるべきと考えます。実際、世界中のファクトチェック活動はそのようになされています。

② 当初の「PCRは新型コロナウイルスの検査にならない」「普通の風邪も検出する」との発言については、PCR検査の手法という科学的、専門的領域に関わる問題です。ファクトチェッカーは専門家ではないため、それが事実かどうかは、専門家の信頼できる根拠に裏打ちされた見解によって判断せざるを得ません。

ただ、武田氏はこの領域の専門家ではないと考えられます。動画でも主張を裏付ける根拠は示されていませんでした。

そこで、感染症などの基礎研究機関である「大阪大学微生物病研究所」の解説ページから、PCR検査法が新型コロナウイルスに特有の遺伝子配列情報に基づいてウイルスと検出する仕組みになっていることを確認しました。他に、東京大学保健センターの解説ページ国立感染症研究所の検査マニュアルも確認しました。厚生労働省の担当者にも取材し、PCR検査が普通の風邪を検出することはないことを確認しました。その結果、この言説内容は誤りであると結論づけるに十分と判断し、ファクトチェック記事を発表しました

③ ノーベル賞受賞者が「PCR検査法がウイルスの特定にふさわしくない」と言った、との発言については、そのような発言が過去になされた事実があるかどうかを確認することで真偽を判定できますので、専門的知見は必ずしも必要ではありません。

調査の結果、それに近い発言があったらしいことは確認されましたが、正確には「ウイルスの特定にふさわしくない」という発言とは異なることが確認されました。他の海外のファクトチェック団体によっても誤情報であるとの検証結果が出ていました。

とは言え、そのノーベル賞受賞者の生涯の発言を全て調べることは当然ながら不可能です。範囲を限定せずに、ある人物がある特定の発言を一度もしたことがない、と証明することは「悪魔の証明」で、事実上不可能です。そのような発言があったという証拠があるなら、そう主張する側に確認し、証拠を示してもらう必要があります。私たちの調査では調べきれていないところで、そのような発言事実が存在する可能性はゼロではないからです。

そこで、このケースでは、武田氏にそのような発言がなされた事実はあるのか、根拠を教えて欲しいと取材を申し込んだ次第です。ですが、放送で回答するとの返事はあったものの、8月7日放送に出演した武田氏からこの点に関する回答はありませんでした。

(2) 検証対象の選定についての考え方

① 真偽の定かでない情報が氾濫する社会にあって、誤情報を可視化する手法として、今や欧米だけでなく世界中の国々に広がり、各国のメディア・非営利団体によって担われている活動です(米国デューク大学のデータベース参照)。

ただ、ファクトチェックは、具体的に何を検証の対象とするのかの選定と不可分です。基本的に、社会に重大な影響を与えるもの、その真偽について人々の関心の高い事柄が、限られたリソース、制約の下で優先的に取捨選択されることになります。その選択において、その言説が依拠する立場や思想にファクトチェッカーが共感するか反発するかは、関係がありません。ファクトチェッカー個人の考えに近い言説でも、事実誤認の疑いがあればファクトチェックを行うのが、ファクトチェッカーとしての矜恃とも言えます。

インファクトは、こうした考えから、何をファクトチェック対象にするのかについての判断基準について指針を公表しています。ファクトチェックの対象には、当然、大手メディアの報道も含まれています。

<過去に大手メディアの報道をファクトチェックした事例(一部)>

② 武田氏が発信した「PCRは新型コロナウイルスの検査にならない」という言説をファクトチェックの対象とした理由を説明します。

この動画は、コピーされた動画を含めると9万回以上再生されていました。しかも、これと前後して、同じような内容の言説がネット上で広がっていました。

「PCRが新型コロナの検査として役に立たない」というのが事実であれば重大なことですし、それが事実でなければPCRで陽性でも普通の風邪を検出したに過ぎないと誤解する人が続出する可能性もあり、それも重大なことです。

武田氏の言説に対しては、感染症専門家の神戸大学教授、岩田健太郎氏が「嘘です」と指摘するなど、既に複数の疑問が発せられていました。しかし、そうした指摘はあまり広がっていないようでした。他方、武田氏は大学教授の職にあり、著書やメディア出演も多く、その発言の影響力は非常に大きいものがあります。この言説は、ファクトチェックの対象にふさわしいと判断しました。

③ 武田氏が番組内で発言した「PCR法を開発したノーベル賞を取った人がウイルスの特定にはふさわしくないと言っている」という言説をファクトチェックの対象とした理由を説明します。

この発言がなされた『虎ノ門ニュース』は毎回非常に多くの視聴者がいます。国内外でも同じような言説が広がっていることが確認されました。これもPCR検査の有用性を否定する信念を強める内容であり、発言があった番組の影響力も大きいことから、ファクトチェックの対象にふさわしいと判断しました。

3 番組出演者の発言や当方への取材について

『虎ノ門ニュース』のMCや出演者からは、事実誤認に基づく発言が数多くなされました。
その主たるものは、次の通りです。

(1) 武田氏の発言に関するファクトチェック記事は、インファクトが作成、発表したものでしたが、番組出演者はあえて別団体であるFIJに再三言及して、FIJがファクトチェックを行ったかのように視聴者に誤解させる発言を何度も行いました。

そのため、武田氏の発言に関するファクトチェック記事はFIJが行ったものだと誤信した多数の視聴者が、FIJに対して、抗議、誹謗中傷のメッセージを多数送り付ける事態となりました。

改めて説明すると、FIJとインファクトは、メンバーは一部かぶっていますが、全く別団体です。

FIJはファクトチェックの推進・普及を目的として2017年に東京都を拠点に発足した団体(NPO法人)です。ファクトチェックに取り組む国内外のメディア・団体とのネットワークを形成し、それらが発表したファクトチェック記事を紹介することはありますが、FIJが主体的にファクトチェック記事を作成・発表しているわけではありません。

他方、インファクトは2013年に調査報道を主たる目的として大阪市を拠点に発足した団体(NPO法人)です。2018年にFIJのメディアパートナーに加盟し、ファクトチェックにも取り組むようになりました。

(2) 本件に関しては、7月10日、7月13日、7月24日、8月7日、8月21日放送の少なくとも5回、番組内で取り上げられました。この間、いずれの出演者も、インファクトおよびFIJに対して直接取材することなく、一方的に、取材すれば容易にわかるような基本的な事実誤認に基づく発言や論評を繰り返しました。【2020/9/6追記:9月4日放送でも取り上げられました。】

2回目の7月13日放送では、番組MCの居島一平氏が、「今回の件につきましては当番組および武田邦彦氏また共演の須田慎一郎氏は引き続き取材活動を継続し進展がございましたら改めて番組内でご紹介させていただきたく存じます」と発言しました。

しかし、この時点で、インファクトもFIJも、いずれの出演者からも、取材を受けたことは一度もありませんでした。その後もインファクトに取材が来ることはなく、FIJに対しては8月7日になってようやく取材申込がありました(後述)。

(3) 番組側から「公開質問状」なるものが届いたことは一度もありませんでした。

番組側は、7月24日放送で「公開質問」を行ったという認識のようです。しかし、この放送では、4つの点を番組として検証するという触れ込みで、インファクトにもFIJにも予告も、一切取材もないまま、出演者の一方的見解が披露されただけのものでした。「公開質問状」なるものが届いたことは一度もなく、当方が「公開質問」を受けた、という認識はありませんでした。

(4) これまでの番組側からの取材は、4回目の8月7日放送の直後になされた、FIJ事務局長(楊井)に対する取材申込のただ一度だけです。8月7日以前は一度も取材はありませんでした。9月3日現在、ファクトチェックを行ったインファクトへの取材申込みは、番組サイドからも、須田慎一郎氏ら出演者からも、ただの一度もなかった、というのが事実です。

このFIJ事務局長に対する取材申込の質問事項も、今回のファクトチェックの内容、経緯に関するものなど、記事化に直接関与していないFIJの立場で回答できない事項も含まれていました。そのため、FIJの立場として回答できることは回答しましたが、記事に関する質問は改めてインファクトに対してして欲しい旨、念のため連絡先とともに担当者にお伝えしました。

ですが、結局、インファクトに対する取材がなされることはなく、8月21日放送で、当方が取材や対話を拒否したかのように印象付ける発言がなされてしまいました。

(5) そこで、番組でこの問題について最も多くコメントをしていた須田慎一郎氏に対し、取材申込を行いました。しかし、9月3日現在、須田氏から返答は来ることはありませんでした。【9月4日放送の番組内で須田氏が、当方が事前に送った質問事項に一つ一つ答える場面がありましたが、須田氏からインファクトへの返答はなく、取材には応じていただいていないというのが事実です。】

「第2 これまでの経緯」に続く

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