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【新田義貴のウクライナ取材メモ③】洪水被害の町ヘルソンへ

【新田義貴のウクライナ取材メモ③】洪水被害の町ヘルソンへ

ロシア軍による侵略の中で起きたウクライナの洪水被害。新田義貴は洪水の被害を取材に向かった。(文/写真:新田義貴)

6月23日午前7時、夜行列車はウクライナ南部の町ミコライウに到着。取材地のヘルソンのひとつ前の町だ。

当初はヘルソンの市内に宿泊することも考えたが通訳のセルヘイの判断で、ロシア軍による爆撃が激しくネット環境も良くない同地での宿泊は断念。車で2時間ほどのミコライウに宿泊することに決めた。

移動時間を考えると不便だが、何より取材陣の安全と快適なネット環境が重要であった。ウクライナに来る直前、TBSの「報道特集」でダム破壊による洪水被害について取材して報告することが決まった。7月1日土曜日の放送に向けて日々撮影した映像をホテルからネット経由で東京に伝送する必要があった。

駅に着くと今回ドライバー兼撮影サポートをお願いしていた写真家の尾崎孝史さんが自分の車で迎えに来てくれていた。去年からウクライナで暮らしながら取材やボランティア活動を続ける尾崎さんについてはまた改めて後の回で詳しく述べたい。

キーウから小包で送っていた防弾ベストとヘルメットを郵便局でピックアップしホテルにチェックイン。1泊日本円で5千円ほどの中級ホテルだ。国連関係者の車が多く駐車しているところを見るとセキュリティは信頼できそうだ。こうした取材現場ではそういう判断が仕事に影響する。宿の確保も可能な限り神経を働かせておく必要がある。

一息ついて早速ヘルソンに向かうことにした。しかしヘルソンの手前まで辿り着いた所で問題が発生した。直前に申請したヘルソンでの軍の取材許可がまだ出ていないようで検問で止められたのだ。

ウクライナ軍は今年に入ってメディアへの取材規制を強めていて、去年3月に軍から発行されたプレスカードは5月1日に失効し全てのジャーナリストが再申請を求められた。審査条件が厳しくなっているという話を聞いていたが、僕はなんとか2週間で発行してもらうことができた。

ところが地方を取材するにはそれぞれの地域を管理(管区)する軍にさらに取材日程や内容を申請しなければならない段取りに。慌ててセルヘイが軍の担当者に電話して確認したところ、明日には必ず許可を出すという言質を得た。

仕方なくこの日は意気消沈し引き返すことに。翌朝、今日こそはと車で出発すると今度は僕の体に異変が起きた。首の左側から肩、腕、指先まで痺れと激しい痛みに襲われたのだ。

長時間のフライト、夜行バス、夜行列車と乗り継いだ結果、首が凝り固まって頸椎の神経が圧迫されているようだ。あまりの痛さにセルヘイに頼み込んでショッピングセンターに急行し鎮痛剤と首を固定するコルセットを購入。

少し痛みが収まったので改めてヘルソンに向かう。若いころはこんな失態は絶対になかったのだが、やはり50代。自分も歳を取ったのだとやるせない気分になる。

今回は無事に検問を突破しヘルソンに入る。ここで持参した防弾ベストを着用。町には市民が普段着で歩いているのだが、軍が取材許可の条件として課している規則なので守らねばならない。

この前日、ヘルソンはロシア軍から78回の攻撃を受け400発のミサイルや砲弾が撃ち込まれていた。この町は去年11月にウクライナ軍によって奪還されるまで8か月にわたりロシア軍の占領下にあった。ドニプロ川を挟んだ対岸は今もロシア軍の占領下にありそこから連日のように砲撃が行われていた。セルヘイが連絡をつけてくれていた地元のボランティアの若者2人が待ち合わせの場所のレストランで出迎えてくれた。ヴラードとアレックス。彼らはロシア軍占領下でパルチザンとして敵の情報を収集するなど抵抗運動を行っていたという。今回のカホフカダムの決壊後の洪水でも、浸水地域での住民やペットの救助や物資配給などボランティア活動を続けている。打ち合わせが終わり昼食代を支払おうとすると、ヴラードは頑なに拒んだ。

奥からヴラード、筆者、アレックス

「君たちがわざわざ日本から取材に来てくれて僕たちは嬉しいんだ。せめてもの感謝の気持ちだからしっかりと現実を世界に伝えてほしい。」

ヴラードの案内でまずは市内の物資配給センターを訪れた。体育館のような場所に、水や食料から衣服や寝具、薬まで様々な支援物資が並べられている。人々がひっきりなしに訪れ必要な物を受け取っていく。布団を手にしていたひとりの年配の女性に話を聞いた。

「家が洪水で完全に浸水し住めなくなりました。今は市内の親族の家に身を寄せています。」

家に住めくなったとと語った女性

ダム破壊による洪水からすでに2週間以上が過ぎ、一見すると市内から水はほとんど引いている。しかし浸水した家の住民たちの被害の深刻さは計り知れない。ヴラードの手引きで、ドニプロ川沿いの洪水被害の激しかった地区にいよいよ向かう。

(つづく)

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