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【新田義貴のウクライナ取材メモ④】ダム破壊と洪水の傷あと

【新田義貴のウクライナ取材メモ④】ダム破壊と洪水の傷あと

新田は洪水で被災したヘルソンに入った。そこで鳴り響くロシア軍の砲声。新田が見たものは、復興作業もままならぬ戦場の不条理だった。(文/写真:新田義貴)

6月24日午後、ヘルソンのドニプロ川沿いにある住宅地を訪ねた。この地域は上流のカホフカダム破壊による洪水被害をまともに受けた。2週間以上が過ぎ水はほとんど引いているが、今も泥や瓦礫が路上に積み上げられ。土手のすぐそばにある家の前で年老いた夫婦が片付け作業をしていた。声をかけて家の中を見せてもらう。

屋根まで浸水したという家は水と泥の勢いで天井も壁も剥がれ落ち、台所や寝室など全ての部屋が泥で埋まっている。一見してそのまま住むことはできない状態だ。夫と2人で暮らしていたナタリアはダムが決壊した6月6日朝、家に少しずつ水が入ってきたことに気付いた。あっという間に勢いが増し2台の自家用車は浸水。犬を肩に担いで腰まで水に浸かりながら命からがら逃げ出した。現在は高台にある知人宅に身を寄せている。

「この家は両親が祖父母と共に建てた大切なもので、家族の歴史が詰まっています。そこの作業場では息子たちと一緒によく針仕事をしました。それらの思い出が洪水と共に全て流されてしまいました。今は一刻も早く家を片付けて昔のように暮らしたいだけです。」

被災したナタリア

ウクライナ側のこの時点での発表では洪水による死者は50人以上、1万7千人が避難中という。泥をかぶった家々は、東日本大震災の際に東北の津波の被災地で見た光景を思い出させる。しかしヘルソンでの洪水は自然災害ではなく人為的に引き起こされたものだ。上流のカフホフカダムが何者かによって爆破されたからだ。誰が爆破したのかについてはいまだにウクライナ側、ロシア側双方が互いに責任があると非難し合っている。

翌日、さらに被害が深刻だというドニプロ川の中洲にある島へ向かった。同行してくれたのはセルゲイ。彼は島の若者で、残されたお年寄りに食料を運ぶボランティア活動をしており、その活動で島に行く必要があるという。

ボランティアとして地元で活動するセルゲイと夫人

500メートルと離れていない対岸は今もロシア軍の占領地だ。砲撃を避けるためセルゲイは人気のない住宅地の通りを時速80キロほどの猛スピードでスズキの4WDを走らせる。カーブを曲がる時は乗っている全員の体が横倒しになる。

橋を渡って島に入る所にウクライナ軍の検問があった。ここから先は去年ヘルソンがロシア軍に占領されていた際に軍事基地として使用されていたこともあり、一般人の立ち入りが今も制限されている。

検問でセルゲイが兵士にボランティアのIDを見せ、僕ら撮影スタッフを友人と紹介した。島はメディアの取材が厳しく制限されていて、セルゲイから撮影はビデオカメラではなくiPhoneを使用してほしいと事前に伝えられていた。助手席に座っていた僕は車内を覗き込む兵士を見ながら、多少緊張しつつ待った。

猛スピードで街を走り抜けるセルゲイ

そして兵士が「行って良い」と合図。戦場の取材で検問は常に緊張を強いられる場所だ。本来問題無い状況でも意思疎通がうまくいかなければ不測の事態も起こり得る。しかしセルゲイからの事前の説明もありなんとか突破することができた。

島に入ると、そこにはまだ水たまりがあちらこちらに残っていた。古びた高層の集合住宅の前にお年寄りたちが呆然と腰かけている。夏の暑さから上半身裸の者も多い。

ドーン。ドーン。

周囲の空気を振動させるような低い音が鳴り響く。

ロシア軍の砲撃音だという。ロシア軍は被災地で救助活動が行われている合間も絶え間なく砲撃を続けているとのことだった。それによって被災地の復興も拒まれているという。セルゲイは長居は禁物とばかりにお年寄りたちに急いで弁当を配って島を後にした。

ドニプロ川東岸に戻り、対岸のロシア軍占領地を最も間近に見渡せるという「戦勝記念公園」を訪れた。ここは第2次世界大戦でソ連がナチスドイツを撃退したことを記念して作られた場所だ。この戦争ではウクライナは旧ソ連の一部として膨大な犠牲者を出しながらも勇敢に戦った。皮肉にもその公園はいまウクライナとロシアの戦争の最前線となっている。100メートルほど先に見える対岸はロシア軍の占領地だ。洪水の被害は対岸のほうが悲惨で復旧作業も進んでいないという。対岸はヘルソン名物のスイカの産地だがこうした畑の被害も深刻だという。

「戦勝記念公園」からロシアの占領地が見渡せる

見ていると、ロシア側占領地の奥のほうに白い煙が上がった。ここも長居は危険だ。戦争の不条理さをかみしめながら車に飛び乗った。(つづく)

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