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【FactCheck】西日本新聞コラム「裏付け取材をファクトチェックと言います」は正しくない

【FactCheck】西日本新聞コラム「裏付け取材をファクトチェックと言います」は正しくない

ファクトチェックへの関心が高まっている。ただし、誤解も多い。例えば政府が自らの政策についてネットで拡散する情報をファクトチェックすると言った場合、それはいわゆる「官製ファクトチェック」であって一歩間違えば検閲或いは政府のプロパガンダになる危険性がある。それは世界で行われ、認識されているファクトチェックではない。もう1つは新聞、テレビといった主要メディアによる誤解だ。今回、西日本新聞の記者コラムを事例にファクトチェックに関する誤解を指摘する。

対象言説 

「裏付け取材をファクトチェックと言います。」(西日本新聞『窓 編集局から』(2024年12月28日付)

結論 【ミスリード】

問題のツイートは2エンマ大王となる。

エンマ大王のレーティングは以下の通り。

  • 4エンマ大王 「虚偽」
  • 3エンマ大王 「誤り」
  • 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
  • 1エンマ大王 「ほぼ正確」

InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。

ファクトチェックの詳細

対象言説は西日本新聞の2024年12月28日に掲載されたコラム『窓 編集局から』の一文だ。タイトルは「ファクト」を積み重ねる」ことの重要性を指摘するものだ。その内容にInFactも同感だ。ただし、その記事の中にファクトチェックに関して誤解を生じさせる内容が含まれていたのでファクトチェックした。

ファクトチェックの原則

先ず、ファクトチェックとは何かを説明する。日本におけるファクトチェックの普及・推進活動を行っているFIJ=ファクトチェック・イニシアティブによると「ファクトチェックとは、社会に広がっている情報・ニュースや言説が事実に基づいているかどうかを調べ、そのプロセスを記事化して、正確な情報を人々と共有する営みです。」

これだけを見ると、西日本新聞のコラムはファクトチェックについて特に間違いが有るわけではない。ただし、問題は「裏付け取材」という言葉の意味するところにある。以下、説明したい。

InFactもメンバーとなっている国際的なファクトチェック支援機構であるIFCN=The International Fact-Checking Network (IFCN) はファクトチェックについて5の原則を掲げている。

1.「非党派性と公正性」

2.「情報源の基準と透明性」

3.「資金源と組織の透明性」

4.「検証方法の基準と透明性」

5.「オープンで誠実な訂正方針」

このうち原則1の「非党派性と公正性」は常に中立な立場ということだ。西日本新聞のコラムはこれを踏まえて書かれていると見て間違いないだろう。では、何が問題なのか。それは原則2の「情報源の基準と透明性」だ。ファクトチェックでは、次の基準を満たすことが求められる。

  • ファクトチェックで使用したすべての重要な証拠のソースを特定し、そのソースがオンラインで入手可能な場合は関連リンクを提供し、ユーザーが希望する場合にその作業を再現できるようにする。
  • 適切な一次資料が利用できる場合は常に、二次資料ではなく、入手可能な最良の一次資料を使用する。

このように、ファクトチェックを行う側は、読者に対して明確な根拠を示す必要があるということである。

主要メディアで反乱する根拠不明な「関係筋」

一方、新聞やテレビ、通信社といった主要メディアの記事に多いのが「関係筋」「関係者」という情報源、つまり「根拠」だ。例えば、「政府筋」「政府首脳」「党幹部」「捜査関係者」「日米関係筋」といった“匿名の情報源”が主要メディアの記事では頻繁に見られる。氾濫していると言っても良い。

これらの匿名情報源は、本来は取材源が特定されることによって取材協力者に不利益が生じないために例外的に使われるものだったが、実態としてはそうはなっていない。例えば政府にとって都合の良い情報が流れるケース、つまりその情報源が特定されても情報源にとって特に不利益が生じない場合でも、「政府関係者」「政府首脳」といった“匿名の情報源”を根拠として報じられるケースは少なくない。その結果、「裏付け取材」どころか、単なる政府のプロパガンダを流す結果となることもある。 例えばInFactで報じた「総理の挨拶文」の記事では、当時の菅首相を擁護する「政府関係者」の言葉が事実ではなかったことが明らかにされている。【総理の挨拶文】「のりの痕跡は無かった」を参照して欲しい。

上記は、「裏付け取材」を「政府関係者」に行ったという形式になっているが、結果からみれば「裏付け取材」ではなく、政府に都合の良い情報を政府高官が匿名を条件にリークしただけのことだ。これについて誤った記事を配信した共同通信はInFactの取材に回答していない。

ファクトチェックの「非党派性と公正性」とは

「政府関係者」という“匿名の情報源”の問題は、上記のように根拠が曖昧というだけではない。IFCNが掲げる原則の一つである「非党派性と公正性」に抵触する恐れがある。それが、政治的立ち位置だけでなく、根拠の公正性も意味しているからだ。

具体的には次のように決められている。

・誰が主張したかに関係なく、同等の主張に対して同じ高い証拠基準と判断基準を使用して事実確認を行う。

・事実確認を一方に過度に集中させず、確認対象として選択した主張の範囲と重要性を考慮し、確認対象として選択した主張の方法を説明する短い声明をウェブサイトに掲載する。

・事実確認において、引用する情報源の関連する利害関係を明らかにする。

つまり、「政府関係者」という“匿名の情報源”を根拠として「裏付け取材」をすることは基本的にはファクトチェックでは認められていない。「首相の挨拶文」を例に考えるならば、首相を擁護する発言を政府の人間がしたというだけで、それは読者にとって「公正」に得ることのできる「事実」を示していることにはならない。当然、それは「裏付け取材」にあたらない。

正しいファクトチェックに対する認識を期待

再度確認する。ファクトチェックにおいて重要なのは、明確な根拠を示すことで読者が、その記事を読み、追体験としてその事実を確認できることである。「政府関係者によると」などの不明瞭且つ公正性が疑われる情報源を元にした「裏付け取材は」、それが正しいかどうかは別として、読者が確認できる情報ではない。それを基にした記事はファクトチェックとは呼べない。

勿論、匿名情報を使うことは新聞記事、放送のニュースとしては好ましくはないがあり得る。InFactでも取り組む調査報道では匿名情報という形を使わざるを得ないことが度々ある。しかしそれはファクトチェックではない。一般の記事、ルポ、調査報道と、それぞれ報道の形態にも様々ある。それぞれに明確な線を引かねばならない。是非、西日本新聞にはその点について考えを改めて頂きたい。

西日本新聞の見解

InFactは西日本新聞にこの点について指摘を行い見解を求めた。以下にコメントを掲載する。

「西日本新聞の記事を読んでいただき、ありがとうございます。「窓 編集局から」のデスクワークを担当している特別編集委員の鶴丸哲雄と申します。今回の「ファクトチェック」を巡るお尋ねについて、以下の通りお答えします。

本紙「窓 編集局から」に記された「裏付け取材を『ファクトチェック』と言いますが」の一文について、読者に誤解を与えかねない、とのご指摘を頂きました。ここで用いた「ファクトチェック」という言葉は、NPOなどの国際的な原則に基づくものではなく、あくまでもごく一般的な用語として記述しています。英語で「ファクト」は事実、「チェック」は確認であり、平易な「事実確認」の意味で掲載しました。「ファクトチェック」という言葉は浦田さまが指摘されるような厳密な定義の他にも、「事実確認」という意味も浸透し、使われていると認識しております。このため、読者に誤解を与えるような記述には当たらないと考えています。

もちろん浦田さまが所属される NPO メディア InFact が提唱されるファクトチェックの厳密な定義については、最大限に尊重いたします。ご指摘の通り、「裏付け取材の根拠を読者に明示する」ことは、これからの新聞社や報道機関にとって非常に大切なことです。本紙も日頃より、プライバシーや人権を絶対に損なわない範囲で、報道の根拠を明示すること、つまり読者に分かりやすい説明を心がけており、さらに精進していく所存です。

最後になりますが、「窓 編集局から」は「社説」ではありません。社説とは、各分野のベテラン記者で組織する論説委員会が、委員全員の合議の上で掲載し、この内容のみが「社論」となります。今回、ご指摘いただいた記事は、連載などの反響について編集局の部次長(デスク)以上の職にある者が執筆する「コラム」です。「社論」とは異なることをご理解いただければ幸いです。今回は貴重なご助言とご指摘、ありがとうございました。

                                                2025年2月17日

                                  西日本新聞報道センター特別編集委員 鶴丸哲雄」                        

(浦田芳乃)

(編集長追記)

先ず、InFactの取材に応じて頂いた点について西日本新聞社並びに特別編集委員の鶴丸哲雄氏に感謝したい。また、「窓 編集局から」は「社説」ではなく「コラム」である点はご指摘の通りだと考える。その誤りのご指摘にも感謝したい。頂いた回答を掲載するにあたって、学生であるファクトチェッカーの所属に関する部分は削除させて頂いた。その点はことわっておきたい。

その上で、回答についてファクトチェックを担うInFactの編集長として看過できない点が含まれているので追記させて頂く。

「ここで用いた「ファクトチェック」という言葉は、NPOなどの国際的な原則に基づくものではなく、あくまでもごく一般的な用語として記述しています。英語で「ファクト」は事実、「チェック」は確認であり、平易な「事実確認」の意味で掲載しました。「ファクトチェック」という言葉は浦田さまが指摘されるような厳密な定義の他にも、「事実確認」という意味も浸透し、使われていると認識しております。」との指摘についてだ。

「『ファクト』は事実、『チェック』は確認」という説明でファクトチェックとは「事実確認」を意味するという言い方を通すことは、例えば、「新らしく聞く話であれば新聞であり、送りっ放しの情報は放送を意味する」と言っているに等しい。元来の意味はそうだったかもしれないが、既にファクトチェックは世界のジャーナリズムで明確な原則に則って取り組みが行われており、それを考慮しない言説を発することには抑制的であるべきだ。ファクトチェックの原則については本記で書いているのでここで繰り返すことはしない。是非、読者の皆さんもこの機会に知って頂きたい。

「ご指摘の通り、「裏付け取材の根拠を読者に明示する」ことは、これからの新聞社や報道機関にとって非常に大切なことです。本紙も日頃より、プライバシーや人権を絶対に損なわない範囲で、報道の根拠を明示すること、つまり読者に分かりやすい説明を心がけており、さらに精進していく所存です。」については、是非、真剣に検討して頂きたい。

匿名情報は日本以外のメディアでも使われる。例えば、トランプ米大統領の1期目にワシントン・ポスト紙はトランプ政権のマイケル・フリン氏が選挙時に駐米ロシア大使に接触していた疑惑を報じ、それがロシア疑惑の初期の報道として大きく取り上げられた。この際、記事の肝の情報源は匿名だった(後にその一人が司法省の幹部だったことが明らかになる)。しかし、ワシントン・ポスト紙はその際に単に「関係者によると」とはしていない。「FBIの盗聴記録を確認できる9人に確認した」と書いている。これは特異な例ではない。匿名情報を使う際には読者に可能な限りの情報を開示することが義務付けられているからだ。日本の新聞、テレビの匿名情報の扱いは極めて杜撰だと指摘しないわけにはいかない。この点も、日本で新聞、テレビ各社がファクトチェックへの参加に積極的になれない理由なのではないかと思えてならない。

今回のファクトチェックはInFactのファクトチェッカーである浦田芳乃が提案し、編集長が許可したものだ。その後、浦田が書いたものを編集長が修正して原稿を完成させている。その過程で、小黒純同志社大学教授を代表とするInFactの理事会にも概要を説明して意見交換を行っている。このやり取りの中で小黒代表理事をはじめとする理事のメンバーも、このファクトチェック記事の重要性を指摘している。もとより記事の責任は編集長にある。ただし、InFact全体でこの記事の重要性を認識していることも併せて書き記しておきたい。

この記事は西日本新聞を批判するものではない。西日本新聞が優れた報道で知られる主要メディアであることはこれまでの実績が証明している。ただし、主要メディア全般のファクトチェック理解が十分ではないことも残念ながら事実だ。たまたまその事例を西日本新聞のコラムに見たということだ。是非、これを機会に西日本新聞と一緒にファクトチェックについて考え、ともに取り組むことができればと考えている。

                                           (InFact編集長 立岩陽一郎)

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