海外での安楽死に関する様々な情報がネット上で拡散している。基本的に、スイスなどの海外では安楽死が可能だという説明が多いが、その中にそう簡単ではないとの指摘があったので、その内容をファクトチェックした。
対象言説
「200万と語学力が無いとスイスで安楽死出来ません」(X2024/03/19)
結論 【ほぼ正確】
これは1エンマ大王となる。
エンマ大王のレーティングは以下の通り。
- 4エンマ大王 「虚偽」
- 3エンマ大王 「誤り」
- 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
- 1エンマ大王 「ほぼ正確」
InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。
ファクトチェックの詳細
「200万と語学力が無いとスイスで安楽死出来ません」の「200万」は内容から見て「200万円」と理解する。以下が、そのファクトチェックの詳細だ。
まず、スイスを拠点とした自己決定に基づく最期を支援する団体「lifecircle(ライフサークル)」に問い合わせた。代表のErika Preisigさん(以後、エリカ代表)からすぐにメールで回答が寄せられた。
安楽死を支援する団体がスイスには複数あるとされている。このうちエリカ代表の「ライフサークル」は生きることを肯定し、患者や患者の家族の生活の質の向上に努めている団体とのことで、「自己決定に基づく最期」は安楽死を意味していないということだ。
一方で、特定の条件下で会員に安楽死を提供する団体があるとのことで、その代表的な団体である「ライフエンド(LifeEnd)」(以下「LE」)について説明してくれた。このガイドラインは、末期の病気や苦痛に苦しむ人々に対して安楽死を支援することを目的としており、それに基づいてLEは安楽死による自殺ほう助を実施しているという。
そのガイドラインによるとLEは安楽死希望者に対していくつかの条件を課している。「Life End(2023)Guide to the ASSOCIATION LIFE-END/SAMW(2022)Management of dying and death(「スイス自殺ほう助ルール厳格化、国外の患者らに広がる不安)2024/4/10閲覧 」で確認した内容は以下だ。
・団体の会員であること(どこの国籍であるかに限らない)
・不治の病気(主な診断)か、受け入れ難い障害または、耐え難い痛みがあること。
・長期間に渡って、よく考えられた死を望んでいること。
またLEからスイスへの渡航の仮承認を受けるために準備しなければならない書類のうち、重要になってくるものが「医療報告書」(過去から最新、予後に及ぶ診断書)だ。これらはスイス到着後の医師との面会で用いられ、あらためて本人が死を希望していると確信しているかが確認される。
ライフサークルは患者の苦しみが耐えられなくなった時、患者を救う術としてLEと協力し、自発的な死を援助する機会を提供している。
つまり、安楽死の対象となるためには、日本人を含め外国人でもLEの会員になる必要が有ること。その上で、「不治の病気(主な診断)か、受け入れ難い障害または、耐え難い痛みがあること」が確認されなければならない。ここでは医師との意思疎通が要件になっているため、語学力を含めたコミュニケーション能力が求められている。
ではLEの会員になるための費用はどうなのか?エリカ代表によると以下になる。
団体に対して支払わなければならないのは、年間会員費や2回の個人的医療相談 、死後の手続きなどで、前払い制で合計10,550フラン(約180万円)にのぼる。日本からスイスまでの航空運賃や現地の交通費などは別途、支払わなければならない。これに加えて、滞在先のホテル費用(3泊以上)、同伴者の交通費や滞在費も負担することになる。
状況に応じては、ヘリコプターなどによる航空救急やプライベートナース、空港到着時の救急車の手配も必要となる。そして、患者が希望した場合、安楽死後に、遺灰の自国への輸送の手配などの費用を上乗せしなければならない。
例外的に、費用の免除・補助を受けられる場合があるという。LEの規約では、経済困窮者の会員に対して、費用の軽減または完全な免除が許可されている。ただし、これらの免除軽減を受けるためには、会員とLEの間に事前に話し合いを設け、合意に至ることが必要である。そのためには、収入と資産の証明書などが必要となる。
以上がLEのガイドラインに基づく安楽死の状況で、例外的な場合を除けば最低でも250万円くらいは費用負担が生じると考えるべきだろう。
他の団体はどうしているのか?
スイスの研究機関である「医療科学のスイス学術会議(SAMW)」が発行したガイドラインがある。これは「正と死に関する取り扱い」とされるもので、そこに安楽死における自殺ほう助に関する規定が示されている。以下はその中で特に重要なポイントとされている3項目だ。
・少なくとも 2 週間の間隔空けて、患者と最低2回の詳細な話し合いを⾏わなければならず、疑問が残る場合はさらなる話し合いを必要とする。
・患者の症状の重症度や機能障害は、適切な診断と予後によって裏付けられる必要がある。
・これらのガイドラインに従って倫理的に正当化されないのは、健康な人々に対する自殺ほう助の実施である。
このガイドラインに法的拘束力はないが、スイス国内の医師のほとんどがメンバーとされる「スイス医師連盟(FMH)」が制定した行動規範であるため、LEを含め多くの団体がこのガイドラインに基づいてそれぞれの指針をまとめている。
ところで、LEのガイドラインには次の一文が記されている。
「スイスへの自らの命を終わらせるための旅は過酷であり、決意と強い意志が要求される。」
これらをまとめると、スイスにおいて、日本人を含め、外国人であっても安楽死は可能であることがわかる。
しかし、費用については、支援団体に支払う費用だけで約180万円かかり、交通費や滞在費などは別途用意する必要がある。同伴者についても交通費や滞在費を見込まねばならない。どんなに少なく見積もっても、約250万円を上回る。ただし、諸条件によってはさまざまな免除規定が適用されることもある。
加えて金銭面以外では、厳格な審査を通して判断される自殺ほう助を望むに値する健康状態、そして自分自身で人生を終わらせる覚悟が必要とされる。本人の意志確認を含め、さまざまな条件が課せられる。そのためには、現地の医師らとの意思疎通が十分に行われる。つまり、語学力を含め、コミュニケーション能力が求められる。
従って、「200万と語学力が無いとスイスで安楽死出来ません」は、「ほぼ正確」と判断する。
(浦田芳乃)