理化学研究所 多細胞システム形成研究センター |
小保方元リーダーの側が特に問題にしてきたのが、NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の真相」(2014年7月27日放送)だ。番組に重大な人権侵害が有ったとは、小保方元リーダーの弁護人を引き受けてきた三木秀夫弁護士らが、再三、指摘してきたところだ。そして放送から1年経った今年7月10日、BPO=放送倫理・番組向上機構に申し立てを行った。
NHKは番組に問題は無いとの説明を行ってきたが、BPOは申立を受理しており、今後は人権委員会が調査を行うことになる。NHKをめぐっては、クローズアップ現代の捏造疑惑をめぐってもBPOの調査が始まっている。「アイ・アジア」はBPOへの申立書の概要を入手。三木弁護士の了解を得た上で、公開する。NHKスペシャルの報道に問題は無かったのか?BPOの判断が出る前に一読しておく価値は有るだろう。(アイ・アジア編集部)
以下が、BPO申立書の要旨だ。
■提出先 放送倫理・番組向上機構放送人権委員会(BPO)
■申立日 平成27年7月10日
■放送局名 日本放送協会
■番組名 NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」
■放送日 平成26年7月27日午後9時
■概 要 平成26年(2014年)1月に科学誌「ネイチャー」に掲載された、申立人、笹井芳樹氏、若山照彦氏、チャールズ・バカンティ氏らによるSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)に関する論文を検証した番組であるが、全体を通して、申立人らに対して断定的なトーンで実験の架空ねつ造を行っているかのような内容を放送したものである。放送では論文に多数の画像やグラフが掲載されているが、その作成の指示を申立人の上司であった笹井芳樹氏がしていたことを述べた上で、その画像等に多数の不審点があることを複数の専門家が指摘し、その数は掲載数140点の7割に当たるとしたり、完全なプライバシーにかかる個人間のメールのやり取りまでもが、一定の印象を誘導する意図のもとで不必要に取り上げるなど、人権侵害の限りを尽くしたものと言えるので、本申立てを行う。
■問題となる放送内容
(1)番組全体構成の問題
本件番組は、タイトル自体に「不正」と表現し、「小保方氏(申立人)が、故意的に盗んだES細胞を用いて実験結果をねつ造した」とするストーリーで作られており、視聴者において、申立人が極めて悪質な実験ねつ造者であったとする強い印象を与えるものとなっている。科学は、本来は科学者間での研究を通じて解明がなされていくものであるが、このような内容の番組を放送したことは、到底許容できない。例えて言えば、無罪推定が働くべき刑事被疑者を実名でもって犯罪者であることを強く匂わし糾弾するものに等しく、まさに典型的な人権侵害行為である。
(2)偏向的なイメージ構成の問題
本件番組は、その冒頭で、ネイチャー論文の内容について、「専門家」と紹介された数名の者に、「こういうのはありえないって感じ」、「うっかりしたミスではないよね」との発言を行わせた上で、「専門家たちは画像やグラフの7割以上に何らかの疑義や不自然な点があると指摘した」とナレーションに述べさせている。この番組は、科学的検証番組としながら、7割もの何らかの疑義がどのように具体的にあるかについて説明がないまま、「7割以上の不正」があったと、強い意図をもって申立人らを断罪した。その上で、さまざまな場面で、色調及びBGMを巧みに使った意図的なイメージ操作がなされ、あたかもサスペンスドラマを見ているかのような番組構成をして、視聴者に強い印象刷り込みを行ったもので、到底、公正な番組作りとは言えない。
(3)根拠なき「窃盗犯」構成
本件番組は、全体の構成として、申立人が理研内の若山研究室にあったES細胞を「盗み」、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたかのようなイメージを視聴者に想像させる内容となっている。つまり、若山氏が飼育していたマウスを申立人に渡して、そのマウスで申立人がSTAP細胞を作り、それを若山氏に戻されて万能細胞の可能性を調べていたが、そのマウスの遺伝子が一致するはずだが「二つの遺伝子は異なるものだった」と断定的にナレーションで述べさせ、その後に、若山研が山梨大に移った後の小保方研究室の冷凍庫から容器と写真(出所不明)を画面上に出した上で、ナレーションは「中身はES細胞」と断定させた。さらにその容器について、氏名不詳の留学生が記者の電話に出て、驚きの声を挙げつつ「それを直接私が渡したことはない」と言わせ、続けてのナレーションは、「なぜ、このES細胞が小保方氏(申立人)の研究室が使う冷凍庫から見つかったのか、私たちは、小保方氏(申立人)に、こうした疑問に答えて欲しいと考えている。」と、あたかも申立人が「ES細胞を盗んだ」ことが事実であるかのように断定的に番組作りをした。
理研は、桂勲委員長による「研究論文に関する調査委員会」を立ち上げ、同年12月25日に、「研究論文に関する調査報告書」(桂調査委員会報告書)を公表したが、この報告書は、残存試料の分析からES細胞の混入が生じていたとしたが、混入行為者の特定につながる証拠は得られず、混入が故意又は過失であったかも判断が困難で、不正と断定するに足りる証拠はないとした。また、同報告書は、フリーザーに残っていたとされる試料について、申立人、若山氏をはじめ、若山研メンバーは全く知らないという回答であった。つまり、番組で指摘した申立人の冷蔵庫にあったとされる細胞がなぜ若山研にあったかすら「分からない」状態だと指摘した。これからしても、本件番組は、何らの客観的証拠もないままに作られたもので極めて大きな人権侵害である。
(4)直前に根拠をなくした事実による構成
本件番組では、当時論拠を失っていたある事実をもとに番組構成をした。
本件番組では、若山氏が極めてタイミング良く、STAP幹細胞が若山氏の渡したマウス由来でない証拠が見つかった瞬間という不自然な映像を流した。しかし、若山氏は、同年6月16日の会見で「STAP幹細胞は若山研究室にないマウスに由来している」という解析結果を記者会見で公表していたが、その後の同年7月はじめに、これが間違いであったことを認め、同月22日には、現在所属する山梨大学のホームページにおいて正式に発表した。同日には理研においても同様に公表がなされ、報道もされた。ところが、NHKは、その事実には触れずに本件番組を構成したことになる。つまり、この点は科学的な検証を行う以上は必ず指摘しなくてはならない矛盾点であったはずにもかかわらず、「捏造」ストーリーからはずれる「都合の悪い材料」には触れないでつくられた本件番組は、およそ不公正で人権侵害をなす番組構成である。
(5)実験ノートに対する問題点~著作権法違反
本件番組では、NHKが独自に入手したという申立人の実験ノートのコピーが大きく放映されたが、実験ノートの所有権は理研に帰属するが、その著作権は申立人にある。しかし、著作権者が当該著作物の内容の公開を認めていないにも関わらず、無断でその内容を放送した行為は、明白な著作権侵害行為である。当該実験ノートは、当時(現在も)、理研内において厳重に保管されており、その写しは、調査委員会にのみ交付されたものであって、調査目的以外では一切使用しないことになっていた。何者かが違法に持ち出してコピーしたか、調査委員会委員やその関係者から違法に流出したかと思われるが、前者ならば窃盗罪等に該当し、後者ならば、理研の秘密保持に対する違反になるが本件番組は、そういった個人の権利を侵害する違法行為の上に立って作成されたものである。
(6)実験ノートに対する問題点~引用のミスリード
本件番組では、STAP細胞からキメラマウス作製成功までの過程について、その経過が申立人の実験ノートには書かれていないと紹介した、しかし、キメラマウス作製過程は、若山氏担当部分であって、同氏にその実験ノート部分を確認すればよい問題であって、上記のように断定的に述べたのは、申立人に問題があるかのような印象を与えるミスリードである。
(7)著しいプライバシー侵害
本件番組内で、申立人と共著者である笹井氏との間で交わされた電子メールの内容が、両者の同意もなく、完全に無断で公開されたが、これは完全なプライバシー侵害であり、通信の秘密に対する侵害行為である。メール内容も、科学番組という目的からすると全く無関係であって、他の意図のもとで流されたとしか言えないもので、およそ科学的検証番組とは相いれない、まさに「下品で低劣」な人権侵害行為と言える。
(8)取材過程での傷害行為
放映直前の同年7月23日夜、申立人は再現実験中の理研からの帰途において、本件番組の取材班から追跡を受け取り囲むなどの暴力的取材行為がなされたあげく負傷した。本件番組は、このような違法な暴力取材を強行した上で、なお放送するに至っているものであって、社会的に許される限度をはるかに超えたなかで放送されたものである。視聴者の受信料で維持されている公共放送として許容しうるものとは解しえない。当該行為についてはNHKから代理人への口頭での謝罪はあったが、 本件番組内での謝罪も説明もなく、違法取材の加害者という感覚すら有していない。
(9)番組クレジットがなかった点について
本件番組では、番組の最後にでるべきクレジット(制作者名その他制作に関わった人物名)が一切出されなかった。毎回必ずクレジットが流されているところ、本件番組だけが流されていない点は、異様さが際立っているが、関係者自身がその氏名を公表することに大きなためらいがあったことを示したものと考えざるを得ない。
(10)直後の自殺
本件番組放送直後の8月5日、申立人の上司でネイチャ―論文の共著者である笹井芳樹氏が自殺した。本件番組と自殺との関係性は不明だが、当時は本件番組が引き金になったのではないかという報道もなされ、ネット等では、同様の意見が多く書きこまれたが、これ自体が、本件番組による申立人らへの人権侵害を推定させる。
■放送局に求めたいこと
以上のとおり、本件番組の放送は、申立人らに対する著しい人権侵害行為があったと考えており、それに対する公式謝罪を求めるとともに、なぜこういった極めて偏向した番組作りが行われたのかについて、検証作業を行って公表し、今後同じような番組作りがなされない体制づくりなどの適正な対応を求めたい。
■これまでの経過
本件放送後、代理人弁護士から、「偏った内容だ」「集団リンチの先頭を切っている」と批判し大きく報道されたが、NHK側からは何らの応答はなかった。同年10月20日に、NHK会長あての内容証明郵便で抗議文を送付したが、同年11月6日に、担当プロデューサーより、著しい人権侵害行為にはあたらないと考えているとの趣旨の返事が届いた。
申立人は、本件番組以外にも、多数のメディアからいわゆるメディアスクラムを受け続け、その受けた精神的ダメージは、治療を要する状態となって、なお治癒するに至っていない。本件申立は以前から検討していたが、申立を契機にして再度メディアスクラムが発生することを極端に恐れ今日に至った。しかし放送から1年が近づきあり、こうした人権侵害を放置することは許容できず申立てを決意した。なお、本申立てを契機に、再び申立人へのメディアスクラムが発生することのないことを願う。