日本でファクトチェックを推進するために設立されたFIJ(ファクトチェック・イニシアチブ・ジャパン)はジャーナリストと市民とで今回の総選挙について、有力政治家の発言などの真偽を確認するファクトチェックを行っている。
これまでに安倍総理の解散会見や日本維新の会の松井代表の第一声で語られた発言をファクトチェックして問題を指摘しているが、共産党の志位和夫委員長の発言について「必ずしも事実と言えない」と判定した。これはニュースのタネの判定でエンマ大王度2になる。(楊井人文/立岩陽一郎)
日本共産党の志位和夫委員長は10月16日に行われた外国特派員協会の記者会見で、次の様に発言した。
「私たちは、日本の過労死がなぜ生まれるか、その最大の原因は、残業時間の法的規制がないというところにあると考えています。労使で合意すればどんなに残業時間を長くしてもいいというのが現行法制なんです。私たちは法律でこれを厳しく規制することを提案しております。すなわち、残業は週15時間、月45時間、年360時間までということを法定する」
周知のとおり、日本の労働基準法に労働時間について規制がある。志位委員長の「労使で合意すればどんなに残業時間を長くしてもいい」というのは事実に基づいた発言なのか、ファクトチェックを行った。
現在の労働時間の法規制は、1日8時間、週40時間が原則(労基法 32条1項)。10人未満の商業やサービス業等は週44時間(法40条)。これを「法定労働時間」という。
これを超えた場合、「法定時間外労働」いわゆる「残業」については、割増賃金を支払う必要がある。前提として、労使間で残業時間の合意を定め、労働基準監督署に届ける必要がある(法36条)。いわゆる「36(サブロク)協定」だ。
ただし、労使間で「36協定」を結んでも無制限に残業させられるわけではない。厚労大臣がその限度時間を定めなければならないからだ(法36条2項)。告示で定められている一般労働者の残業時間の上限は1週間で15時間、1年間で360時間だ。労働基準法36条1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準(以下「時間外労働の限度に関する基準」)である。
問題は、これに例外がある点だ。「時間外労働の限度に関する基準」の第3条但し書きにこう書かれている。
「ただし、あらかじめ、限度時間以内の時間の一定期間についての延長時間を定め、かつ、限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情(臨時的なものに限る。)が生じたときに限り、一定期間についての延長時間を定めた当該一定期間ごとに、労使当事者間において定める手続を経て、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨及び限度時間を超える時間の労働に係る割増賃金の率を定める場合は、この限りでない。」
つまり、臨時的に残業しなければならないような特別の事情がある場合は、この基準で定めた限度時間を超えて残業させることも可能になっているのだ。
これについて厚生労働省労働基準局監督課に問い合わせてみた。以下がその回答だった。
「特別の事情がある場合は限度時間を超えて36協定を結ぶこともできます。その際に労使間で定める延長時間の上限は定められていません。『労使で合意すればどんなに残業時間を長くしてもいい』というのはそのことを言っていると思いますが、あくまで臨時的なものに限られます」
厚生労働省はこの「臨時的なもの」について、「一時的または突発的に、時間外労働を行わせる必要があるものであり、全体として1年の半分を超えないことが見込まれるもの」と説明しており、「できるだけ限り短くするよう努めること」としている。
安倍政権が「働き方改革」を掲げる中、大手メディアで相次いで過労死が発覚し、社会を揺るがしている。電通の新入社員が過労自殺した事件は、同社が労働基準法違反で起訴され、東京簡易裁判所で50万円の罰金刑が言い渡された。さらにNHKの女性記者が過労死していたことも明らかになっている。
志位委員長の発言はこうした状況を踏まえてのものだと考えられ、志位委員長の「残業時間の法的規制がない」「労使で合意すればどんなに残業時間を長くしてもいい」という発言は、「臨時的なものに限って」という条件付きで正しいと言える。しかし、無条件に残業時間を長くできるとまでは言えず、「発言に根拠は有るものの、その内容は必ずしも事実とは言えない」と判定せざるを得ない。
ニュースのタネはファクトチェックで以下の判定基準を使っている。
エンマ大王度 ゼロ 事実
エンマ大王度 1 発言の一部に事実と認めるには不確かな要素がある
エンマ大王度 2 発言に根拠は有るものの、その内容は必ずしも事実とは言えない
エンマ大王度 3 事実ではない
エンマ大王度 4 真っ赤な嘘
今回の志位委員長の発言は、エンマ大王度2に該当する。
2017年10月18日