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オバマ氏が回顧録で鳩山元首相を酷評? 不適切な翻訳と指摘も TBSはサイト修正

オバマ氏が回顧録で鳩山元首相を酷評? 不適切な翻訳と指摘も TBSはサイト修正

オバマ前大統領が回顧録を出版したことを伝えたニュースで、NHKが鳩山由紀夫元首相について「硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ」と記している、などと報道して話題となっている。オバマ氏が鳩山氏を「感じは良いが厄介な同僚」と記したとの報道もある。いずれもオバマ氏が鳩山元首相個人を酷評したかのように報じられているが、実際のニュアンスとは異なる可能性が高い。

既にこの翻訳については問題があるとの批判や報道も出ている。当初、TBSは「オバマ前大統領、回顧録で鳩山元首相を痛烈批判」というタイトルをつけてニュースサイトに配信していたが、大きく修正されている。

「硬直化し、目的を失った政治の症状」が指しているのは…

まずオバマ氏の回顧録の原文を確認してみる。オバマ氏は、2009年に就任後、初めて日本を訪問して鳩山元首相と会談したことについて触れた上で、次のように述べている。

A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office ー a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of decade. He’d be gone seven months later.
ーー出典:A Promised Land、Kindle版477ページより

この部分について、TBSは、当初、次のようにニュースサイトに配信していた。

TBS NEWS サイト(11月18日配信)のスクリーンショット(筆者撮影、現在は差し替え)
TBS NEWS サイト(11月18日配信)のスクリーンショット(筆者撮影、現在は差し替え)

 これだと、オバマ氏が鳩山元首相を「硬直化し、目的を失った政治の症状」と批判したような印象を与えるが、実際の原文のニュアンスはどうなのか。

ロイター通信で20年以上の記者歴があり、日本語も不自由のないジャーナリストのオリビエ・ファーブルさん=東京在住=に、原文と日本の報道を確認してもらった。

ファーブルさんは「a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of decade.」は、文脈から見て、鳩山氏個人を評したものではなく、「3年未満で4人目の首相」を生んだ日本の政治状況を指していることは明らかだと指摘した。

18日午後からネット上でも疑問の声が相次ぎ、TBSはニュースサイトの記事・動画を18日深夜(19日未明)に差し替えたとみられる。サイト上に訂正・差し替えの記載はないが、これだけ大幅な修正は、訂正の明記が必要ではないだろうか。

(修正前)オバマ前大統領、回顧録で鳩山元首相を痛烈批判
アメリカのオバマ前大統領は17日に発売した回顧録で、2009年に初めて訪日した際の政治状況を振り返り、当時の鳩山総理大臣について、「3年未満で4人目の総理であり、硬直化し、目的を失った政治の症状」と酷評しました。

(修正後)オバマ前大統領が回顧録、鳩山氏「感じはいいがぎこちなかった」
アメリカのオバマ前大統領は17日に発売した回顧録で、就任後、2009年に初めて日本を訪れ当時の鳩山総理大臣と会談した際の政治状況を振り返り、「3年未満で4人目の総理であり、硬直化し、目的を失った政治の症状」と酷評しました。
ーーTBSサイト

NHKニュースの報道にも問題がある。

タイトルでこそ「鳩山元首相」の名前を出していないが、ニュースの中では鳩山元首相を「硬直化し、迷走した日本政治の象徴」と評したかのように報じており、番組のテロップもそう印象づける構成になっていた(冒頭写真参照)。

米 オバマ氏回顧録 「硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ」

アメリカのオバマ前大統領が回顧録を出版し、就任後に初めて会談した当時の鳩山総理大臣について、「硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ」と記すなど、当時の日本政治に厳しい評価を下しています。
ーーNHK NEWS WEB

NHKは「象徴」と訳しているが、原文の単語は「a symptom」となっている。これは通常「症状」と訳すのではないだろうか。「象徴」という訳語を使ったことにより、鳩山氏個人を指すような印象がより一層強まった可能性がある。

実は、英語で配信しているNHK Worldは、日本語ニュースとは異なるニュアンスで報道している。

He writes “Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years” and that this was “a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade.”
ーーNHK World

「he was~」とはせずに、「this was~」(このことは…)と記していることからわかるように、NHK Worldのニュースでは「a symptom~」を鳩山氏個人と結びつけてはいない。同じNHKなのに、海外向けニュースと日本向けニュースでかなり印象が異なるように見える。

「感じは良いが厄介な同僚」という訳も不自然

「A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was…」という、鳩山氏の人物評と見られる部分も、日本のメディアは次のように訳して報道した。

・…「感じは良いが、やりにくい」と振り返った。(共同通信
・…「感じは良いが付き合いにくい」と振り返った。(共同通信の別の原稿
・…「感じは良いが厄介な同僚だった」と指摘した。(時事通信
・…「感じはいいが、やりにくい同僚だった」と振り返りました。(TBS
・…「感じはいいが、やりにくい相手だった」と振り返りました。(日テレ

前出のファーブルさんによると、この「awkward」は人に対して形容する場合「ちょっと変わりもので、器用ではない」という意味合いで、「厄介」という訳は明らかにおかしい、という。確かに、英語の辞書で調べてみると、人に対して形容する場合とそれ外の場合では、ニュアンスが異なるようだ。「fellow」も「人」「やつ」という程度の意味で、「同僚」は不自然だろう。

TBSはニュースサイトで、当初の「やりにくい同僚だった」から「感じはいいがぎこちなかった」に修正している。

TBSが修正しているところを見ると、元の訳が適切ではなかったと認識しているとみられる(各メディアには当初報道に問題がなかったかを質問しており、回答があり次第、追記する)。

いずれにせよ、原文では、鳩山元首相個人を強く批判する記述ではなかったにもかかわらず、一部のメディアは個人批判の文脈で報道してしまったことになる。もちろん翻訳は意訳の幅がある程度許され、解釈も一義的ではない。とはいえ、これまでにも不自然な翻訳により誤解を招く報道は過去に何度も起きている(例:旧GoHoo「オバマ”正しくない”発言 「政府が同時通訳」は誤報」)。各メディアは、今回の翻訳に問題がなかったか、記事化前のチェック体制に問題がないか、いまいちど点検すべきであろう。

翻訳家の鴻巣友季子さんによる詳細な記事も大変参考になるので、一読をおすすめしたい(オバマ氏は鳩山氏を「感じ良いが厄介な同僚」と思ってた? 回顧録報道の和訳に疑問/Yahoo!ニュース個人)。

※初出:Yahoo!ニュース個人(2020/11/19)

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