しかし不思議と記憶に残る小事件となったのは、信条を同じくする人々同士の連帯の力強さと、対立する陣営との間で対話が全く成立しない様子との落差が、さきほどの掛け声にならって言えば「これが分断の姿だ」と言うほかない光景に見えたからだ。
トランプをめぐる対立の構図について、こんな研究がある。2016年の大統領選挙が終盤にさしかかったころマサチューセッツ工科大学が行った、ツイッター利用者の言説分析だ。この調査によると、ヒラリー支持者たちとトランプ支持者たちはSNS上で大きなまとまりを形成しているが、相互にほとんど行き来がない。お互いに対抗陣営の主張を目にすることは少なく、それぞれが別の情報源をもとに、まったく別の世界を生きている(1)。
こうした主張の対立は、その後もメディアに引き継がれている。この一年、リベラル派からは大統領の精神状態すら疑い、民主主義の衰亡を危惧する類の記事が大量に書かれたが、これに保守派メディアは就任後の業績をたたえる記事で応じ、まったく交わるところがない。
アメリカの政治文化で伝統的に大きな役割を果たしてきたラジオは、どうだろうか。ここでは、保守的な言説がリベラル派を圧倒している。 2007年に行われた調査によるとラジオ局は全米に1700局あり、そのうち実に91%が保守系に分類されたという。中でも司会者が自らの主張を前面に押し出す「トーク・ラジオ」と呼ばれる番組は、5000万人に上る数のリスナーを持っている(2)。
その一つを聞いてみよう。テキサスに拠点を置くラジオ局の番組で、1月、大統領による一般教書演説からまもない時期に放送された。こんな内容だ。
「きのう、優秀な若いアメフト選手が殺害された。殺害したのは、二度も強制送還されて戻ってきた不法移民だった。主流メディアの大半は沈黙するか、ウソだらけの報道を続けている。不法移民だと明言する主流メディアはゼロで、前科があることも申し訳程度に小さく書いたところがあるくらいだ。こんな事件が増えているのに移民を制限しないなんて、まったく狂っているじゃないか…」(3)。
番組は、移民の制限を主張するトランプ大統領の政策がいかに正しく、その主張がメディアによっていかにねじ曲げられているかを言いつのる。大手新聞やテレビの全国ネットワークを指す「主流メディア(MSM= Main Stream Media)」という言葉が幾度となく繰り返され、真実を隠していると糾弾される。
番組内容にファクト・チェックを行えば、主張のおかしさを指摘するのはおそらくたやすい。この事件は新聞・テレビを通じて全国に報じられているし、「不法移民」として語られる「登録無き移民」移民が犯罪を犯す率は全体としては低下傾向にあることもデータが示している。
しかし移民制限論の事実認識の誤りを「主流メディア」が指摘しつづけた後でもこうした内容が語られていること自体が、「チェックされたファクト」がかれらの耳に届いていないことを示唆する。
こうした状況に危機感を抱き、対立を架橋する試みも始まってはいる。1月、トランプ大統領が「フェイクニュース大賞」を発表したのと同じ日、ニューヨーク・タイムズ紙は通常の論説に代えてトランプ支持者たちからの大量の投稿を一挙掲載した。また、この日ワシントン・ポスト紙はトランプ支持者を含む市民を全米50州で取材し、それぞれの主張を詳しく紹介する大特集を組んだ。前述のラジオ番組が批判した「主流メディア」の代表格のような両紙が、同じ問題意識にもとづいて行った動きといってよいだろう(4)。しかしトランプ大統領就任から1年が経ってなお「相手の話を聞く」ところから始めねばならない状況そのものが、事態の面倒さをも物語る。
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1. “Parallel narratives: Clinton and Trump supporters really don’t listen to each other on Twitter” (VICE, Dec. 8, 2016); “The Electome: Measuring Responsiveness in the 2016 Election” (MIT Media Lab)
2. The Structural Imbalance of Political Talk Radio (Center for American Progress, June 20, 2007)
3. The Alex Jones Show ( Feb. 5, 2018)
4. “Opinion: ‘Vision, Chutzpah and Some Testosterone’ ” (The New York Times, Jan. 17); “What unites us?” (The Washington Post, Jan. 17);