インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

【コロナの時代】日本の水際対策の実効性を問う

【コロナの時代】日本の水際対策の実効性を問う

8年近くに及ぶ中国での取材に区切りをつけたInFactの宮崎紀秀チーフ・エディターは北京から4月中旬に帰国。大連発の飛行機で成田国際空港に到着した。その際、自らが対象となった母国の「水際対策」には首をかしげざるを得なかった。何がおかしいのか?中国であらゆるタブーに挑んできた気骨のジャーナリストがルポする。(写真/文:宮崎紀秀)

入国に厚労、法務大臣への「誓約」が必要になった日本

中国・大連の空港を飛び立った日系航空会社の機内で、キャビンアテンダントから入国に際し記入すべき複数の用紙を渡された。

1つは、「検疫所から入国される皆さまへ」と大きく書かれたA4サイズの紙。成田到着後に入国の手続きをすすめる中で、これが「健康カード」と呼ばれるものと分かった。改めてよく見ると、確かに用紙の右肩に小さくそう書いてあった。

「健康カード」には、入国後の14日間、守るべきこと5点が列挙されている。「外出せず他人との接触をできる限り控える」、「公共交通機関を使わない」などである。裏面には発熱や咳などの症状の有無、流行している地域に訪問歴があるか否かを問う質問があり、入国の際には、この回答を担当官に見せた。

もう1つは、A3を折ってA4サイズにした3、4ページの冊子。表紙には「誓約書」と書いてあった。表紙をめくると、用紙の左上に、宛名として厚生労働大臣、法務大臣と記されており「殿」という敬称が添えてある。次の行に「_______は、入国に際し、以下の事項を誓約します」と自分の名前を書き込む空欄を含む1文が印刷されていた。

空港で配布された「誓約書」

その後に続く誓約内容は、入国後14日間は自宅や宿泊施設など、事前に申告した場所で「待機」すること、公共交通機関を使用しないこと、厚生労働省が指定する位置情報を確認するためのアプリなどをスマホにインストールすること、位置情報を保存すること、などである。スマホを持っていなくてアプリが使えない人はどうすればいいのか。その場合は、空港の検疫エリア内で、スマホを「自らの費用負担により」レンタルしなければならない。その点も誓約事項に含まれている。

アプリの説明

21年4月28日に更新された厚生労働省のホームページの説明では、「誓約書が提出できない場合は、検疫所が確保する宿泊施設等で待機していただきます」と記載されているが、私が記入した誓約書自体には「誓約書が提出できない場合」には言及はない。記されていたのは、後に触れるが、誓約を違反した場合の“処罰”についてだけである。

日本政府は、この誓約書の提出を今年21年1月14日から求めるようになった。今、外国から日本に入国したければ、日本国民でさえ、厚生労働大臣と法務大臣に対し「誓約」する必要があるということだ。

防疫対策のコストを個人に負担させる違和感

大臣が国民の入国に際し、「誓約」を求めるのも気色悪いが、同時に、国の水際対策といいながら、その多くのコストを個人に負担させている点も違和感が拭えない。

成田の空港から「公共交通機関を使わず」に移動できる範囲に、自宅などの「待機」できる場所が無い人は、自費で宿泊施設を用意し、誓約させられた14日間の「待機」をしなくてはならない。   

自宅を「待機」場所に選べる人は、宿泊施設の費用は負担しなくて済むが、それなりの移動の費用は覚悟しなくてはならない。繰り返すが、公共交通機関は使わない、と誓約までさせられている。社用車が使えたり、家族が自家用車で迎えに来てくれたりという条件が整った人以外は、レンタカーを使うかタクシーやハイヤーなどで自宅まで移動しなくてはならない。

中国から同じ飛行機で帰国した男性は、名古屋に自宅があるという。成田付近で一泊した翌日、レンタカーで名古屋まで運転して帰宅すると話していた。彼の費やす金と労力には同情せざるを得ないが、宿泊費用を14日間払い続けるよりは、確実に出費を抑えられる。

公共交通機関は使えない、とは言ったが、実際には、入国手続が終わって空港を出てしまえば何の制約も無い。物理的にはそのまま成田エクスプレスの駅やリムジンバスの停留所に向かい、それらの交通手段を利用して帰宅も可能である。

誰もが、名古屋の男性のように誠実に誓約を守り労力を厭わないとは限らないだろう。14日間のホテルでの滞在費や、成田空港から自宅までのタクシー料金は、誰もが簡単に払える金額ではない。

スマホのレンタルが入国の条件?

先に述べたように、スマホを持っていない人は、業者からレンタルしなくてはならない。これも自腹だ。

今、日本の政府と国民がやらなくてはいけないことは、国内での感染の抑え込みだ。水際対策の目的もそうであり、スマホのアプリを使うのは、手段に過ぎない。だが、厚生労働省は、入国者に14日間、特定の場所から移動しないことを誓約させながら、同時に、位置情報を把握・提出させるためのアプリの使用も求めている。これは矛盾、言葉を変えるなら過度な要求ではないか。

アプリのインストールも、位置情報の提供も、スマホのレンタル義務も法的根拠は示されていない。

にもかかわらず、「感染拡大防止のため、スマートフォンのレンタルが必要となります」と断言し、スマホを借りることに同意するよう事実上強要しているのは、機内で渡された書類の中の一枚。検疫法第12条に基づくという、成田空港検疫所長名で出された質問表だ。

その件は以下のようになっている。

「スマートフォンを所持していない場合、あなたはこの回答の提出後、ただちに空港検疫エリア内でスマートフォンをレンタルしますか」という質問に対し、「はい」か「いいえ」の答えを選択するようになっている。

ただし、その次に(※)マークがある注釈が続く。

「これらのアプリをインストールできるスマートフォンを持っていない場合、感染拡大防止のため、スマートフォンのレンタルが必要になります。『いいえ』を付けられた方には、詳細について職員から事情を伺います」。

これでは「はい」と答えるしか選択肢がない。質問になっていないのは明白だが、検疫法第12条とは、検疫所長が、船舶等に乗って来た者らに対し、必要な質問ができるという旨を規定するものであり、検疫当局に何らかの措置を強要する権限を付与する規定ではない。

申告した場所で14日間待機しているはずの個人の位置情報を把握することが、どれだけ感染拡大防止に効果があるかは疑わしいが、本当にレンタルを義務付けるほどスマホが不可欠というならば、スマホの所持を国民全員に求めるべきである。更に言うなら、そこに国の資金を投入すべきだ。

位置情報の提供により、入国者に「待機」を守らせる抑止力を期待しているのかもしれない。ならば、誓約書を書かせた上に脅しをかけているようにしか思えない。抱いたのは、自由社会にありながら、権力の威嚇で押し切ろうとする、まるで思考停止したかのような水際対策そのものに対する不信感だ。

3種のアプリは必要なのか?

成田に着陸し、キャビンアテンダントの笑顔に送られて降機すると、同じ飛行機に乗っていた乗客は1か所に集められ、2冊の冊子を渡された。12ページと16ページで、いずれも簡単な電化製品の説明書くらいの厚さ。厚生労働省が使用を要求するアプリについてなどで、スマホへのインストールの仕方やアプリの使い方が説明されている。加えて、係員から入国手続きの手順を説明された。

出発前にスマホにアプリのインストールを義務付けられると耳にしていたが、実際の煩雑さは想像を遥かに超えていた。なぜなら中国で、日常的に使う防疫用のアプリといえば、健康コードなるものを示すものだけ。そこに過去2週間の訪問地や、健康状態、PCR検査の結果などが反映される仕組みで、飲食店などへ出入りする際には、その提示を求められる。

その感覚でいたので、手続きの最初の段階でいきなり戸惑ってしまった。なぜなら成田空港でインストールを要求されたのは、機能が違う複数のアプリだったからだ。スマホやアプリを普段あまり活用していない私は、なぜ複数のアプリを使わなければいけないか瞬時に理解できず、説明書を読み込んでしまった。

アイフォーンを使う私が入国に必要なのは、3種のアプリのインストールと1種のアイフォーンの設定だった。すなわち、①本人の位置情報を知らせるためアプリ ②何か問題が起きた時に防疫の担当者などから連絡をとるための通話アプリ ③行動を記録するためのアイフォーンの設定 ④コロナの感染者が近づいたことを知らせるアプリ である。

せめてそう書いてくれれば、まだわかりやすかったかもしれないが、渡された案内には、「以下のアプリをインストールし、利用していただく必要があります」として、次のように列挙されていた。

  • OELのインストール(位置情報確認アプリ)
  • SkypeまたはWhatsAppのインストールとサインアップ(ビデオ通話アプリ)
  • お持ちのスマートフォンの位置情報保存設定(GoogleMaps等の設定)
  • COCOAのインストール(接触確認アプリ)

おそらくスマホやアプリ好きの方のアイデアなのだろうが、②は電話やメールでも済むし、④の機能は、そもそも入国者を14日待機させる目的とは違う。それ以前に、個人情報や位置情報に関わる手続きを民間企業の特定のアプリやソフトに頼り、国がその利用を公然と義務付けている点なども、腑に落ちない感覚があった。「水際対策をしています」という側には、入国者の動きを管理・捕捉できる先進的で便利な技術なのかもしれないが、入国者の側にとっては煩雑なだけで、「待機」期間の14日間、これらの機能を積極的に利用するメリットが感じられない。策士策に溺れる、の感が否めなかった。

再度のPCR検査

そもそも外国から日本に向かう飛行機に乗るためには、現地を出発する72時間以内に受けたPCR検査で陰性の結果を提示する必要がある。これは21年3月19日以降、日本政府が全ての入国者に対して義務付けた措置で、検査方法など、日本側が要求する複数の条件を満たす必要があり、原則的には厚生労働省が指定する用紙を使い、現地の医療機関に検査結果を書き込んでもらう必要がある。

中国出国前に取得した陰性証明書 Negative(陰性)と記されている

中国でPCR検査は、のどの粘膜をぬぐう方法が一般的だが、日本側が求めているのは唾液か鼻の粘膜を調べる方法。私がいた北京では、この条件に応じられるのは、外国人相手の病院などに限られる。北京では通常なら1500円程度で済むPCR検査だが、同じ時期に帰国する日本人の多くが頼った病院では、検査書類を作成してもらうと約2万円の費用がかかった。

そのPCR検査で陰性である証明書を現地で提示した上で、初めて日本行きの飛行機への搭乗が許されるわけだが、乗客は全員、成田で降機した後、改めて唾液によるPCR検査を受けさせられた。その結果が陰性だった上で入国が許可される。椅子に座ってPCR検査の結果を待つ時間が含め、降機してから空港を出るまで2時間以上かかった。

理屈の上では、入国する人は、搭乗前にPCR検査ですでに陰性が証明されている。果たして、その人たちに改めてPCR検査をする人手と資源を費やす必要があるのか。あるいは改めてPCR検査をするならば、各人が検査のために現地で使った費用と労力を、入国後の防疫に使ってもらった方が効果的ではなかろうか。

厚生労働省からの質問は毎日

以上の手続きに加え、入国後14日間は、厚生労働省からの「健康状態確認のお願い」という質問のメールが毎日届く。質問は2つ。

本人や同居している家族について、37.5度以上の発熱をしていないか、咳や強いだるさなど感染を疑わせる症状が出ていないかである。

この質問は11時以降に届き、14時までに回答・返信するというルールになっている。私はきちんと返信しているつもりだが、何故か、ほぼ毎回、「18時の時点で回答をいただけておりません」という催促が来た。特に、受けたメールをすぐに返信した場合に、その傾向が強いようだ。おそらくその質問メールのシステムに問題があるのだろう。こちらのメールやネット環境に原因があるのかもしれないが、だとしても、結論から言えば、この質問システムはきちんと機能していない。

督促メール

「回答をいただけていません」という催促メールには、引き続き回答をしなければ、場合によっては、「誓約書に基づき氏名公表等の対象になります」と脅し文句が続いている。それには「自分のミスを他人のせいにする無能な上司みたいだな」と諦めて、その日2回目の回答し対処するのが一番だ。

罰則は“晒し者”?

先に触れた厚生労働大臣と法務大臣に対する「誓約書」では、誓約者の言葉として次のように記されている。

「誓約に違反した場合(不実の記載があった場合も含む。)、関係当局により氏名(外国人の場合は氏名及び国籍)や感染拡大の防止に資する情報が公表され得る(中略)ことを理解し、承諾します」 

誓約に違反しようがしまいが、感染拡大の防止に資する情報は公表すべきだが、誓約違反の罰則が「氏名の公表」とは、目を疑った。厚生労働大臣と法務大臣が、誓約を守らなかった人を「晒し者にする」とは、いじめの助長でも狙っているのだろうか。中国の暗黒の歴史である文化大革命では、資本家や知識人らが反革命分子などと弾圧を受け、「晒し者」にされた。中国のコロナ対策は確かに一歩先を行っているが、民主主義と法治国家を標榜する日本が、中国でも忌み嫌われるような手法を採用するとは、日本の衛生当局も、ついに恐怖政治に頼らざるを得ないまで切羽詰ったか。

14日間の「待機」を終え、この原稿を書いている頃。中国のニュースを見れば、私がいた北京では、この3か月、外国からの流入例を除けば、新たな感染者は出ていなかった。一方、東京や大阪では緊急事態宣言が出されていた。日本全国の新規感染者数は6千人近く、東京だけでも1000人を超えた日があり、大阪では1000人超えが常態化している。皮肉にも、入国後の14日間「待機」という「水際対策」で感染リスクから守られていたのは、私の方だったのかもしれない。

Return Top