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【総選挙FactCheck】岸田首相が誇った日米地位協定をめぐる成果についてファクトチェックした

【総選挙FactCheck】岸田首相が誇った日米地位協定をめぐる成果についてファクトチェックした

沖縄の米軍基地問題で常に議論となる日米地位協定。米軍に特別な地位を認めたこの協定は、常に米軍施設周辺で暮らす人々に不利益を与え、見直しを求める声は今も根強い。岸田首相はこれについて「迅速な対応を可能にしてきた」「(それは)地位協定の締結から半世紀経って初めて」などと成果を誇った。この発言が正しいのかファクトチェックした。(宋侑眞・川端奈緒・立岩陽一郎/米軍施設の写真:立岩陽一郎)

チェック対象
「外務大臣時代に日米地位協定に環境補足協定、軍属補足協定を策定する取り組みを主導し迅速な対応を可能としてきた。(中略)日米地位協定の締結から半世紀たって初めてのもの」
(2021年10月12日 党首討論での岸田首相の発言)
結論
【レーティング】 ほぼ正確

日米地位協定

日米地位協定(以後、地位協定)は、1960年に日米安保条約の改定に伴って締結され、在日米軍に対する基地や、訓練区域の日本での権限が定められた全28条からなる協定である。米兵による事件、事故が多い沖縄では「治外法権」との批判が根強く、しばしば不平等な側面が指摘されるが、両政府は改定ではなく運用改善での対応を重ねている。

沖縄本島中部に位置する嘉手納基地 極東最大の米軍基地と称される

環境補足協定

環境補足協定は、日本地位協定を環境面から補足する協定であり、在日米軍に関連する環境管理のための日米間の協力促進をその目的としている。

協定では、日米間での情報の共有が定められ、米軍側が敷地内での環境基準を設定して守ることが求められている。また、環境に影響を及ぼす事故が発生した時などは、日本の当局が立ち入ることができるよう手続きの整備を行うとしている他、どちらか一方の求めに応じて(日米)合同委員会で協議を行うなどとしている。

これは米軍施設内での環境汚染について情報が開示されないことから、特に米軍施設が集中する沖縄県などで懸念の声が高まったために締結されたもので、2015年9月28日に岸田外相(当時)とカーター米国防長官(当時)との間で環境補足協定の署名が行われ、同日発行された。つまり、地位協定の締結から55年、半世紀以上経っている。では、半世紀たって初めてのものなのか。

外務省のホームページには、「環境補足協定は、日米地位協定締結から(55年を経て)初めての取組であり、環境基準や立入りについて、法的拘束力を有する国際約束により規定を設けたことは、日米地位協定の内容を所与としてその運用の在り方を在日米軍との間で決める従来の運用改善とは質的に異なるものです」と記載されている。

つまり、「環境補足協定を策定する取り組みは日本地位協定の締結から半世紀たって初めて」というのは正確だ。

軍属補足協定

軍属補足協定は、軍属の範囲の明確化、コントラクターの被用者の認定基準の作成、コントラクターの被用者についての通報・見直し等について定めている。

沖縄本島にある海兵隊キャンプ・ハンセン基地 軍人を支援する軍属が勤務している

この協定が締結されるようになったきっかけは、2016年4月、沖縄県うるま市において元米海兵隊員で、米軍嘉手納基地でインターネット関連業務に従事していた民間人によって発生した殺人事件である。

少し説明する。地位協定では日米の裁判権が競合するケースが有る。それは「合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服する全ての者に対して、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国内において行使する権利を有する」(第17条1(a))とする一方で、「日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域で犯す罪で日本国の法令によって罰することができるものについて、裁判権を有する」(同(b))としているからだ。

つまり米軍人、軍属ともに米軍施設街で民間人を殺傷するなどした場合は日本側に裁判権が有る。しかし、容疑者である米軍人、米軍属が米軍施設内に逃げた場合、身柄の引き渡しに時間がかかるなど日本側の捜査に支障の出ることが度々有った。このうるま市の事件では、そもそも容疑者が地位協定で認められる軍属なのかが問題となり、地位協定の見直しを求める声が出た。

その結果、日米両政府は軍属の認定の厳格化に乗り出し、岸田外務大臣(当時)とケネディ駐日米国大使(当時)が主導する形で、2016年12月26日に協定が実質合意され、2017年1月16日に署名・発効した。

では、軍属補足協定を策定する取り組みも日本地位協定の締結から半世紀たって初めてのものなのか。

外務省ホームページや毎日新聞、日本経済新聞の記事などを見ると、全て「日米地位協定に関する補足協定は、2015年締結された環境補足協定に続いて2例目」と記載されている。

つまり、「軍属補足協定を策定する取り組みは日本地位協定の締結から半世紀たって初めて」というのも正確だ。

協定は「迅速な対応を可能としてきた」か

地位協定がその問題を顕在化させるのは米軍施設の70%以上が集中する沖縄県においてだ。中でも1995年に起きた3人の米兵による少女暴行事件では、容疑者3人を沖縄県警が特定して米軍に身柄の引き渡しを求めたものの米軍当局が引き渡しを拒否。それを当時の県警防犯部長が沖縄県議会で明らかにしたことから、激しい怒りの声が上がった。当時の大田昌秀知事が上京して政府に地位協定の見直しを求めたものの、政府は「議論が走りすぎている」(当時の河野洋平外相)として動かなかった。結局、協定そのものの見直しはせずに運用を見直すことで日米が合意し現在にいたっている。

こうした中で岸田首相が外相当時に締結した2つの補足協定については評価する声が有る一方で、十分ではないとの指摘も有る。

参議院・外交防衛委員会調査室は環境補足協定軍属補足協定のそれぞれについて調査書をまとめているので見ておきたい。

環境協定については、「(米軍)施設・区域における環境管理について法的枠組みを設けたという点が、注目に値する」と評価しつつも、「一方で、これが本当に在日米軍に関連する環境管理の改善につながるのかは、なお一考を要する」と慎重な見方を示している。そして、次の様に結んでいる。

「本協定においても、施設・区域の返還に当たり、米軍側に原状回復義務がない等の日米地位協定の構造は維持されている。補足協定の締結だけでなく、日米地位協定そのものの枠組みを見直す必要がないかについても、なお議論を要すると言えよう」としている。

軍属協定についても、「日米地位協定の改正には多大な労力と時間が必要となり、それに比べれば補足協定の締結で問題解決を図ることは確かに柔軟かつ迅速な対応となり得るかもしれない」として一定の評価を示しつつも、以下の様にまとめている。

「在日米軍をめぐる問題に対して、より実効的な解決策を確保する上で、日米地位協定の体系の在り方という視点からの考慮も必要になるだろう」

沖縄県は現在も「地位協定の抜本的な見直しが必要であると考えている」としている。

結論

環境補足協定は、外務省ホームページに「日米地位協定締結から初めての取組である」と記されている。また、軍属補足協定に対しては、「環境補足協定に続いて2例目」と記している。一方で、冒頭の「迅速な対応を可能としてきた」かどうかは、日米双方の不断の取り組みにかかっており明確には言えない。これらを踏まえて、岸田首相の発言は「ほぼ正確」と判断した。

InFactのエンマ大王での判定では、「ほぼ正確」は1エンマ大王となる。

  • 4エンマ大王 「虚偽」
  • 3エンマ大王 「誤り」
  • 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
  • 1エンマ大王 「ほぼ正確」

InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。

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