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【総選挙FactCheck】岸田首相は「広島出身」と言えるのか? 

【総選挙FactCheck】岸田首相は「広島出身」と言えるのか? 

岸田首相は所信表明演説において「被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは、『核兵器のない世界』です」と語った。しかし岸田首相は「広島出身」と言えるのか?ファクトチェックした。(神山翔太郎、中川瑞月、立岩陽一郎) 

 
チェック対象
「被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは、『核兵器の無い世界』です」
(2021年10月8日 党首討論)
結論
【レーティング】 ミスリード

岸田文雄首相は10月8日の所信表明演説で「被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは、『核兵器の無い世界』です」と語った。確かに岸田首相は3代続く政治家としての基盤を広島に持ち、自身も広島県第一選挙区選出の衆院議員だ。では、それで「広島出身」と呼べるのか? 

「出身」の意味 

先ず、「出身」という言葉の定義を辞書で見る。 

『広辞苑』(岩波書店) 

「①律令制で、官職に挙げ用いられること。出仕を命ぜられること。(中略)②生まれた土地、卒業した学校、属していた身分などが、そこであること」 

旺文社詳解国語辞典(旺文社) 

「(名)その土地で生まれた、またはその学校を卒業した、などという経歴があること。その土地・学校などの出であること」 

『新明解国語辞典』(三省堂) 

「その土地で生まれていたり その地域に本籍(実家)があったり 在住していたり あるいはその学校を出たというような経歴があったり すること」 

共通しているのは、その土地で生まれるかその土地の学校を出たことと言えるだろう。では岸田首相の経歴はどうだろうか? 

生まれと育ちは東京

岸田首相の公式ホームページだ。そこには生まれた年は書かれているが、生まれた場所は書かれていない。 

岸田首相の公式HPから

そこで岸田首相の著書『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』から確認した。 

その24ページに、「父・文武も通商産業省の官僚となっていたため、私は東京育ちとなりました」と書いている。一方で、同じ24ページで「毎年、夏休みには両親と共に岸田家にとって『心の拠り所』ともいえる広島に里帰り」して、「『ハチロク』の日を迎えていた」とも書いている。 

その後、父親の仕事の関係でアメリカで生活している。小学1~3年生までニューヨーク市の公立小学校に通い、帰国し千代田区立永田町小学校に転入。その後、同麹町中学校を経て、開成高校を卒業している。その後、2年間の浪人の後、早稲田大学法学部に入学したことは岸田総理自身が「東大受験に失敗」という苦労話として語っている。大学卒業後は、日本長期信用銀行に入行し、30歳で退職している。 

生まれについて書かれていないが、岸田首相が東京生まれなのは時事通信の国会議員情報で確認できる。ここでは生まれを「出身地」としており、そこに「東京都」と書かれている。

これらの記述からは、岸田総理が生まれた場所は東京であり、両親の帰省時に広島で過ごしたことはあるものの、通った学校も基本的に東京となる。 

一方で、「新明解国語辞典」には、「その地域に本籍(実家)があったり」と書かれている。この点については様々なメディアの報道から該当するようだ。しかし、他の辞書はそうした定義をしておらず、一般的にも、本籍があるだけで出身と呼ぶケースは稀だろう。因みに、現行の戸籍制度では、本籍は出身や現住所と無関係に国内ならどこに置いてもよい。

岸田首相側への取材

このファクトチェックについて自民党本部と岸田首相の事務所に質問を投げた。これについて10月23日に自民党本部から回答を得た。以下がその回答だ。

「出身」については、ご指摘のとおり幅がある概念であると承知しています。
○広島は、岸田家代々の地元であり、岸田にとって「心の拠所」と言える土地で
す。また、岸田自身、そうした縁の深い広島の選挙区から選出された国会議員で
もあります。
○こうしたことを踏まえ、従来から、「広島出身」と申し上げてきています」

(自民党本部からの回答)

世襲議員と出身

このファクトチェックに違和感を覚える人もいるかもしれない。「出身などどうでも良いではないか?」と言う意見もあるだろう。このファクトチェックの意味を2つ指摘しておきたい。 

1つは世襲議員の持つ問題だ。例えば菅義偉前首相は横浜市西区などの衆院神奈川県2区の選出だが「横浜出身」とは言わない。生まれて高校までを過ごした「秋田県出身」を語っている。それは菅前首相が代々続く地盤を引き継いだ世襲議員でないからとも言える。一方、岸田首相は代々広島選出の3世議員だ。広島への思いが強い事は否定されるべきではないが、正しくは、「広島選出の議員」となる。 

岸田首相の公式HPから

もう1つはその地域が持つ意味だ。言うまでもなく広島は長崎と並ぶ被爆地だ。このため「被爆地広島出身」という肩書は、核兵器について語る際に大きな意味を持つ。

実際、岸田首相は新著「岸田ビジョン 分断から協調へ (Japanese Edition) (p.52). Kindle 版」で.「広島出身者として、私がライフワークとしている『核軍縮』もまさに、この『分断から協調へ』、『対立から協力へ』が求められる分野です。『核なき世界』の実現のために政治人生を捧げたいと考えています」と、広島出身の総理大臣としての矜持を語っている。

その一方で、岸田首相は核兵器禁止条約について、批准はもちろんオブザーバー参加についても否定している。その際、「広島出身」の総理大臣の発言は、「広島の人々の思いを熟知したリーダー」というイメージを帯びる。では、岸田首相の発言は広島で核廃絶を訴えてきた人々の思いを受けていると言えるのか?広島でこの問題に取り組んできた人々は、核兵器禁止条約への不参加を求めているのか?それを考えると単なる「言葉の問題」とは片付けられない。 

結論 

「出身」とは、ある場所に生まれそこで長い年月を過ごしてきたことを指す言葉であり、その場所がどれだけ深く人生に関係していても、東京の学校に通いながら夏休みに里帰りとして連れていかれる場所のこと、と言うのは一般的ではない。他方で、「誤り」とまでは言えず、生まれも育ちも広島ではないという重要な事実が欠けているという意味で「ミスリード」と判断した。 

InFactはファクトチェックの判定にエンマ大王を使う。それによると「ミスリード」は2エンマ大王となる。エンマ大王の判定基準は下記に記す。

  • 4エンマ大王 「虚偽」
  • 3エンマ大王 「誤り」
  • 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
  • 1エンマ大王 「ほぼ正確」

※自民党本部からの回答は記事を掲載した後に届いたため、当初は「10月23日現在で回答は無い」としていた。回答が届いたので加筆した。※

InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。

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