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【総選挙FactCheck】岸田首相「辺野古移設が唯一の解決策」はミスリード 日米の軍事専門家からも異論

【総選挙FactCheck】岸田首相「辺野古移設が唯一の解決策」はミスリード 日米の軍事専門家からも異論

岸⽥文雄⾸相は懸案となっている米軍普天間基地の返還について「辺野古移設が唯一の解決策」と語った。しかし、これには日米の軍事専門家からも異論が出ておりミスリードだ。(古賀友香・⽥中真帆・立岩陽一郎/写真は米海兵隊の資料)

チェック対象

「⽇⽶同盟の抑⽌⼒の維持と、普天間の危険性の除去を考え合せた時、辺野古移設が唯⼀の解決策です」(2021年10月11日 代表質問で立憲民主党の枝野幸男代表の質問に答えて)

結論

【レーティング】ミスリード
「辺野古移設が唯⼀の解決策」は沖縄県内の反発や軟弱地盤での建設という問題点に加えて、軍事専門家からも異論が出ているという事実を無視したもので、ミスリードだ。

自民党の説明

先ず、岸田首相の発言について自民党に問い合わせた際に得られた党としての回答を示しておく。


①普天間飛行場の移設を沖縄県内で行う理由については、
・在沖縄海兵隊を含む在日米軍全体のプレゼンスや抑止力を低下させることはで
きないこと、
・沖縄が南西諸島のほぼ中央にあり、かつ、わが国のシーレーンにも近いなど、
地理的・戦略的な重要性を有していること、
・司令部、陸上部隊・航空部隊・後方支援部隊を一体的に運用することにより、
優れた機動性・即応性を保つ米海兵隊の特性を低下させることは出来ないこと
などが挙げられます。
②また、具体的な移設先としては、
・滑走路を含め、所要の地積が確保できること
・既存の米軍の施設・区域を活用でき、その機能を損なわないで移設し得ること、
・移設先の自然環境・生活環境に最大限配慮し得ることなどを総合的に勘案し、辺野古への移設が唯一の解決策であるとの結論に至りました。                                    ③これまでも米側と累次にわたり確認してきているとおり、日米同盟の抑止力の
維持と普天間飛行場の危険性の除去を考え合わせた時、辺野古移設が唯一の解決
策であり、この方針に基づいて着実に工事を進めていくことこそが、普天間飛行
場の1日も早い全面返還を実現し、その危険性を除去することにつながると考え
ております。

自民党からの回答

普天間航空基地

普天間基地は米海兵隊が使用する飛行場で、約19平方キロメートルの面積の宜野湾市の中央部分を、4.5平方キロメートルにわたって占めている。その周辺に住宅地、学校、病院などがあり、ラムズフェルド国防長官(当時)が視察した際に、世界で最も危険な⾶⾏場だと語ったとされる。

また宜野湾市が那覇市のベッドタウンであることから沖縄県側からの基地の撤去と土地の返還を求める要望が以前から強く、2015年の米兵による少女暴行事件などを受けて沖縄県で日米両政府への反発が強まった際に、沖縄県の要請を受ける形で翌2016年4⽉に返還が日米両政府で合意される。

当時の大田昌秀知事は返還が沖縄県内での代替地への移設であることに反対。その後、仲井真弘多氏も辺野古移設に反対して知事に当選。しかし仲井真知事は就任後に辺野古移設を容認する方針を表明。このため翁長雄志氏が辺野古移設への反対の立場から知事選に出て当選。翁長知事の死去にともなって行われた県知事選挙でも、辺野古移設に反対した玉城デニー氏が当選。また、辺野古移設をめぐる県民投票でも辺野古移設に反対する意見が多数を占めた。

この間、米軍は普天間基地の利用を継続。近隣の沖縄国際大学にヘリコプター墜落した他、滑走路に近い⼩学校に航空機の部品が落下するなどの事故が発生している。

⽇⽶同盟の抑⽌⼒の維持と海兵隊の運用

普天間基地の代替施設について防衛省はこう述べている。

「沖縄は、⽶国本⼟、ハワイなどと⽐較して、東アジアの各地域に近い位置にあると同時に、我が国の周辺諸国との間に⼀定の距離を置いているという利点を有しているなど、安全保障上、極めて重要な位置にある。地理的に重要な位置にある沖縄に、優れた即応性・機動性を持ち、武⼒紛争から⾃然災害に⾄るまで、多種多様な広範な任務に対応可能な⽶海兵隊が駐留することは、わが国のみならず、東アジア地域の平和や安全の確保のために重要な役割を果たしている。このような海兵隊の部隊は、航空、陸上、後⽅⽀援の部隊や司令部機能から構成されている。優れた機動性と即応性を特徴とする海兵隊の運⽤では、これらの部隊や機能が相互に連携し合うことが不可⽋であり、普天間⾶⾏場に駐留する回転翼機が、訓練、演習などにおいて⽇常的に活動をともにする組織の近くに位置するよう、代替施設も沖縄県内に設ける必要がある」

沖縄に集中する米海兵隊を説明した米軍資料

自民党の回答につながる⽇⽶同盟の抑⽌⼒の維持のために沖縄県内に代替施設は必要だとの主張だ。

ところで、⽶海兵隊はその活動の基本を洋上からの出撃としている。InFact編集長はNHK記者時代に1995年から1996年の台湾海峡危機や2016年の朝鮮半島の緊迫の際など長期間にわたって沖縄の海兵隊を密着取材しているが、その際の取材から海兵隊の活動を説明すると次の様になる。

強襲揚陸艦を中心に海兵隊の活動を説明する米軍の資料

先ず、活動の拠点は強襲揚陸艦だ。そこにMEUと呼ばれる海兵遠征部隊の他、オスプレイなどの航空部隊が揃って作戦行動となる。つまり海兵隊の「一体運用」とは、「陸空」だけではなく「陸海空」の一体を指す。そして、その基本となる強襲揚陸艦や支援艦は沖縄に常駐していない。沖縄の海兵隊が作戦行動や演習に出る際には、強襲揚陸艦が佐世保から沖縄に来て勝連町にある米海軍ホワイトビーチ基地に停泊して部隊、物資をのせて出る形をとっている。このため、防衛省の「一体運用」の説明は一面的なものと言える。

また、強襲揚陸艦から飛び立ったオスプレイは沖縄中部にあるキャンプ・ハンセン海兵隊基地で離発着を繰り返している。後述する軍事アナリストの小川和久氏の指摘もその事実を受けたものと考えられるが、仮に防衛省の指摘する「代替施設も沖縄県内に設ける必要がある」に従ったとしても、必ずしも「辺野古移設が唯一の解決策」とはならない。

沖縄県の主張

もう1つ、沖縄県の主張を見ておきたい。2020年3月にまとめられた「在沖米軍基地の整理・縮小についての提言」で次の様に記している。

「沖縄間は国土面積の0.6%であるにもかかわらず、日本における米軍占有施設面積の約7割が存在する。その中で新たな基地が建設されることは、過重な基地負担や基地負担の格差を固定化することになりかねない」

沖縄県に集中する在日米軍施設(沖縄県の資料から)

「新たな基地が建設される」とは辺野古の沖合を埋め立てて滑走路を造る「辺野古移設」のことを指している。これについて政府はキャンプ・シュワブ海兵隊基地の沖合展開であり「新たな基地」ではないとしているが、大規模な工事によって新たな施設が誕生するという事実は変わらない。

提言は、その建設の問題も指摘している。先ず、建設予定地は「絶滅危惧種262種を含む5300種以上の海洋生物が確認される生物多様性豊かな海域である」こと。また、海底に軟弱地盤が広がっているなどの問題を挙げた上で、国の資料からとして次の様に指摘している。

「今後必要となる地盤改良工事に約5年、その後の埋め立て工事に5年、埋め立て完了後の飛行場施設整備などに3年を要するとされており、新基地建設完成に13年の工期がかかることになる(中略)普天間飛行場周辺住民の危険を長期にわたって放置することになる」

強襲揚陸艦で海兵隊に同行して取材するInFact編集長

日米の軍事専門家からの指摘

軍事アナリストとして著名な小川和久氏は、普天間基地の返還交渉に当初から関わってきた人物の1人だ。「フテンマ戦記」(文藝春秋社)で交渉の経緯などを詳述している。その中で以下の点を指摘している。

  • 当初は嘉手納基地統合案が有ったが、アメリカ軍側から拒否されている。
  • 軍事的な観点から、「キャンプ・ハンセン陸上部への移設構想と、沖縄米軍基地に関する沖縄の負担を日本国民全体で等しく分担する構想」を最善策と主張している(pp329,pp338-339)。加えて小川氏は、辺野古は津波、高潮にも脆弱でリスクが高いことにも言及している。

嘉手納統合案は現在も専門家から出てくるが、小川氏も否定的な見解を示している。これについては米軍側の都合に加えて、嘉手納基地を抱える嘉手納町民からも騒音問題がさらに深刻になるなどの反発の声が強い。

一方で、小川氏の挙げている「キャンプ・ハンセン」は前述の海兵隊の実態の運用に沿ったものと言える。勿論、キャンプ・ハンセンには航空基地そのものを設置することはできないため、それについては「日本国全体」、つまり沖縄県外の自衛隊基地及び在日米軍基地に設置するという考えだ。

その「日本国全体」という考え方は、2016年2月に「日米同盟の将来に関する日米安全保障研究会」が「The U.S.-Japan Alliance to 2030: Power and Principle(邦訳「パワーの原則:2030年までの日米同盟」)」で発表した中で示されている。

「in the long-term, the two countries must work hard to reduce the concentrated burden on Okinawa and move towards a more positive concept of sharing responsibility for hosting U.S. forces throughout Japan; policies should include increased joint use of bases, colocation of units, rotational deployment of Okinawa-based aircraft such as MV-22s to bases outside Okinawa, and increased bilateral training opportunities」

The U.S.-Japan Alliance to 2030: Power and Principle

ここで、 オスプレイなど沖縄配備航空機を沖縄県外に所在する自衛隊及び米軍基地にローテーションで展開することを提唱している。このとりまとめにあたったアメリカ側の中心人物は海兵隊出身で日米の安全保障に長く関わっているリチャード・アーミテージ元国務副長官だ。

この提言では直接、辺野古移設の是非については論じていない。しかし、「オスプレイなどの沖縄配備航空機を沖縄県外に」と書いている点は間接的に辺野古移設に異を唱えるものとなっている。普天間基地の問題に精通した日米の2人の軍事専門家が「辺野古移設」とは異なる提言をしているということだ。

つまり、「辺野古移設が唯一の解決策」を合理的に説明する材料は乏しいと言わざるを得ない。岸田首相の発言は様々な指摘が出ているという事実に触れておらずミスリードだ。

InFactはファクトチェックの結果をエンマ大王の数で示している。「ミスリード」は「2エンマ大王」となる。

  • 4エンマ大王 「虚偽」
  • 3エンマ大王 「誤り」
  • 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
  • 1エンマ大王 「ほぼ正確」

InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。

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