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読売新聞と大阪府との包括協定 会見の詳細 

読売新聞と大阪府との包括協定 会見の詳細 

読売新聞が大阪府と包括協定を結んだ。会見で新聞の行政監視機能について問われた読売新聞の柴田社長は、自社の記者規範を出して懸念は無いとした。この会見の詳細をを記す。InFactは論陣を張るメディアではないが、ルポとして許容される範囲で最後に一言だけ私見を入れた。(立岩陽一郎)

大阪府庁での記者会見

会見に取材で行くのは何年ぶりだろうか?最後は・・・NHKのデスク時代に時間を見つけて通った東京電力の記者会見・・・だと5,6年前?そんなことを考えつつ、大阪府庁に向かった。12月27日の昼過ぎのことだ。

目的は、大阪府の吉村洋文知事と読売新聞大阪本社の柴田岳社長が出席して行われる包括協定の署名だ。報道機関が監視対象である巨大行政機関と手を結ぶという極めて異例な事態だ。新聞の監視機能が低下する恐れは無いのか?その懸念を抱きつつ、地下鉄で大阪市の中心部に向かった。

署名の後に記者会見が行われる。しかし全部合わせて20分という短さだ。東京のジャーナリスト仲間からも是非取材して欲しいとの意向が寄せられていたが、「一般人扱いで参加できないかもしれない」と伝えていた。府庁庁舎に着いたのは午後1時半。直ぐに階段を駆け上がり、会議室の入り口で名刺を出した。

府庁職員から「あなた誰ですか?」と詰問されるかと思ったが、そうしたことはなくスムーズに部屋に入れた。すると、ジャーナリストの松本創氏が既に来ていた。簡単に挨拶をして着席。記者席は10席ほど。席には包括協定の資料が置かれていた。

包括協定とは

資料によると、この包括協定は、①教育・人材育成、②情報発信、③安全・安心、④子ども・福祉、⑤地域活性化、⑥産業振興・雇用、⑦健康、⑧環境など8分野、加えてこの協定に目的に沿う様々な取り組みについて大阪府と読売新聞とで連携・協働を促進させ、地域の活性化と府民サービスの向上を図っていくためとなっている。

一方で、この協定によって読売新聞が報道機関として大阪府への取材、報道に付随する活動に一切の制限が生じないこと、また大阪府による読売新聞への優先的な取り扱いがないことを確認するとなっていた。

大阪府の担当は公民戦略連携デスクという部署だ。そのウエブサイトには、これまで包括協定を結んだ40社余の企業の名称とロゴが並んでいた。よく知られた企業が名を連ねている。

大阪府が包括協定を結んだ企業の一部

金融機関、製薬会社からコンビニや弁当屋なども入っている。このうちメディアとしてはFMラジオ局が1社入っているが、行政監視が求められる報道機関としては読売新聞が初めてとなる。素朴な疑問だが、この一覧に読売新聞が入ることに読売新聞の記者は違和感を覚えないのだろうか?

間もなく府庁担当の各社の記者が入ってきて、午後2時前には柴田社長、そして吉村知事も入ってきた。そして府庁側の司会進行で締結書への署名が行われ、記者会見となった。

先ず吉村知事がマイクを握り、「読売新聞の力添えを頂きながら大阪一丸となって社会の課題解決に取り組んでいく」とその意義を強調した。

柴田社長は、読売新聞が大阪府下で最も多く発行されているとした上で、「地域社会への貢献は読者の皆さん一人一人に支えられている新聞社として大切な取り組みの1つだと考える」と話した。

そして質疑に入った。恐らくあてられることは無いだろうと思いつつ、直ぐに手を挙げた。

記者との1問1答

最初にあてられたのは朝日新聞の記者だった。

「取材する側と取材される側の連携ということで、新聞社が権力監視の役割を果たせるのかという批判もあります。報道機関としての中立性はどのように保てると考えるか」

まともな質問だ。柴田社長が答える。

「取材報道とは一切関係の無い協定となっている」

その上で次のように話した。

「大阪府としては読売新聞に取材、報道、情報に関して特別扱いは一切しない。読売新聞としては、今回の協定によって取材報道の制限は一切受けない。お互いに約束した協定の文言。当然ですが、読売新聞社はこれまで通り、事実に基づいた公正な報道と、責任有る論評を通じて、行政を監視していく」

そして加えた。

「いわゆる報道で何か協力するということではない」

続いて産経新聞の記者があてられた。質問は、協定に至った経緯と、知事の報道機関との距離について。これも当然の質問だ。

先ず吉村知事が答えた。

「様々な観点から協定の協議が始まった。今年度当初から議論を重ねてきた。取材と報道に関しては一切関係ない。当たり前のこと。取材報道というのは表現の自由、憲法21条に関するものでもある。国民、府民の知る権利があって、取材の権利、自由があるわけですから。そして行政というのは当然、監視される立場にあり、それが変わることは微塵も無いというのが認識」

柴田社長が続いた。

「これまでも個別では協力していた。個別バラバラしていたものを知恵を出すと、いろいろと協力できる。新聞社は報道、取材はあるが、もう一方で、地域社会の皆さん、読者の皆さんに支えられているわけなので、大阪を良いところにする、或いは、地域の皆さんが活字文化に親しんで頂く、こういうことを達成するためにも我々にもまだやることが有ると思うし、大阪府とも協力できることが有るということで、お互いにもう少し広げられないかという協議を始めたのが今年度の初め」

協定書への署名

既に予定の20分に近づいていたが、私は挙手を続けた。すると意外にもあてられた。恐らく府庁クラブの記者は挙手をしていなかったのだろう。勿論、読売新聞の記者は質問する筈がない。

私はまず柴田社長に、「メディアの中で問題になっているのは、取材先から圧力がかかるというよりは、メディアの中で自己規制が働いてしまうという部分ではないか」と伝えた。

緊張から自分の声が上ずっているのがわかった。理由が有る。柴田社長の記者時代を知っている。勿論、手強い記者としてだ。吉村知事とはテレビの情報番組で何度か一緒になっており、「無責任なコメンテーター」といった言い方をされたこともある。当然、私に良い印象は持っていない。

その上ずった声で質問を続けた。

「今回、万博についての話も入っているが、記者、デスクの中に自己規制が働くという懸念は無いのか?」

これは協定書の、⑤の地域活性化に、「2025年日本国万国博覧会の開催に向けた協力」と書かれていたからだ。万博の開催に問題はないのか?それを検証する役割の報道機関が「協力」となると、必然的に、批判的な検証はしにくくなる。

そして吉村知事には、「大阪府と言う巨大な行政機関が、1つのメディアと特別な関係を結ぶというのは良くないと私は思うが、知事に懸念は無いのか?」と問うた。「私は思う」と二度強調したのだが、それは質問というよりも、懸念を伝えるという趣旨からだった。

柴田社長「やわな会社ではない」

先ず、柴田社長。いきなり、「立岩さん、お久しぶり」と言い出した時には思わず笑ってしまったのは、人の情というものか。その上で読売新聞大阪本社の社長は続けた。

「懸念を持たれるむきはよくわかる。立岩さんもご存知の様に読売新聞、そうそうやわな会社ではないし、読売新聞の記者行動規範には、「取材報道にあたって社外の第三者の指示を受けてはならない。また特定の個人、団体の宣伝や利益のために事実を曲げて報道してはならない」と定められている。これに沿って公正にやるということになっている。取材報道にあたっての判断、これが是なのか非なのか、これは大阪府の行政の政策においても、それは主体的に読売新聞が判断をして、望ましいと思えば、望ましいと書くし、おかしいと思えばおかしいと書く、この姿勢は一切今後も変わらない」

読売新聞の記者規範は、8条からなる読売新聞記者が守るべき倫理規定だ。それを持ち出したということは、柴田社長もそういう懸念が出ることを想定したということだろう。

加えて万博取材については次のように話した。

「万博に関しても問題点はきちんと指摘し、或いはここは伸ばしていけば良いという点は提案する。そういう形の是々非々の報道姿勢というのを主体的に貫いていくつもり」

吉村知事「やわな考え方を持っていません」

そして吉村知事。

「取材報道については当然、自由だと思っているし、我々、行政機関として当然、監視もされ、それをメディアの皆さんが言いたいことを発信する、それこそが報道機関だと思っている。我々がこの提携を結んだからと言って、何かこれによって左右されるものは全く無いと思っている」

更に続けた。

「報道の権利。憲法21条の知る権利というのは民主主義にとって非常に重要なものだと思っている。今回の提携において何か左右されるものでもない、と思っている」

そして力を込めて言った。

「そんなにやわな考え方を持っていません」

情報番組で私に対して「コメンテーターの様に無責任なことは言えない」といった吉村知事の表情とダブった。吉村知事は更に続けた。

「僕も常に質問が無くなるまで毎日、記者の質問を受けてやっているわけなので、今回の協定は全くそれとは関係ないという考え方だ」

また、次の様にも。

「どこと提携を結ぶのかは実務的に進めているので、僕自身が判断したところは一つも無い」

自分が読売新聞をパートナーに選んだわけではないという説明だ。では、朝日新聞や毎日新聞、或いは毎日放送といった比較的、日本維新の会と距離を置いている報道機関も選択肢に有ったということか。

ジャーナリストの有志が抗議の声明

それを尋ねようとおもったが、「時間の関係で最後の1問とさせて欲しい」とのお決まりの進行となり、前述の松本氏が最後の質問者となった。松本氏の質問は以下の4点だった。

  1. 協定はどちらから始めたのか?
  2. 「ウインウイン」とは?
  3. 記者が委縮しないとはどうして言えるのか?
  4. 他にも協定は拡げるのか?

柴田社長の答えは以下だ。

「大阪府と議論する中で包括協定というのが有るということになった。どちらからというのは時系列では把握していない」

ウインウインについては次のように説明した。

「報道機関と行政ということでウインウインというと様々なご懸念が出てくるわけですが、新聞社というのは報道もするが、それ以外の例えば、教育、活字文化を広めていく活動とか、取材報道以外の活動もしている」

更に説明を続けた。

「そうした活動がまわりまわって新聞を読んで頂ける方、新聞に親しんでいただける方、活字文化に幼少の頃から親しんで頂くことができるということができる。それは新聞社にとってみれば、将来的にはウインウインの関係。報道と行政の施策がウインウインということではなく、地域社会と向き合っている大阪府の行政に我々が持っているリソースで何か協力できることがあれば協力をさせて頂く、と。その結果、まわりまわって我々の様な新聞社のような活動をしているところにとっても、それに(新聞・活字に)親しみを持ってくれる方、または応援してくれる方が増えていく。そういう意味でのウインウインの関係を構築していきたいというのが協定の趣旨」

記者の委縮については「委縮しないのか?と言われれば、『委縮しないでしょう』としか言いようがない」と話した。そして「どういう報道をするかというのは私以下、編集権を持っている上司の者たち、或いは一人一人の記者が・・・そんな簡単に忖度していうこと聞く記者ばかりじゃありませんから。きっちりと厳しい目で事実に基づいて報道していくことになるかと思います」

協定の対象を今後拡げるのかについては、現在は何も決まっていないとの答えとなった。

この包括協定には、既にジャーナリストの有志が反対する声を出し始めている。InFactは論陣を張るメディアではない。しかし、会見に出た一人のジャーナリストとして事実を記しておく。

会見前に抱いていた懸念は現在も払しょくされずに残っている。

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