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【ミネソタ通信①】My Body, My Choice!

【ミネソタ通信①】My Body, My Choice!

11月に中間選挙を控えるアメリカは政治の年を迎えている。加えて、これまで合法とされてきた人工中絶を否定する最高裁判決も出て、人工中絶をめぐる論争も全米で起きている。その1つ、中西部のミネソタ州を拠点に取材する研究者が、現地の情勢を伝えてくれる第一弾。(取材・写真/柏木明子)

「私たちの州の中絶の権利を守るために闘おう! 連邦レベルで中絶が合法になるために闘おう! 過去に戻らないように闘おう!」 

ミネソタ州の議会議事堂前。民主党のイルハン・オマル米下院議員が、芝生の広場に集まったデモ行進参加者に向かって大きな声で呼び掛ける。続けて「過去には戻らない(We won’t go back!) 」を連呼する。その声に無数の声が重なる。

7月17日の日曜日、現場のミネソタ州セントポールは炎天下。そこで「私たちの未来:人工中絶アクセスを求める行進 (Our Future: March for Abortion Access)」と名付けられた大規模なデモ行進が行われた。米連邦最高裁が6月末に、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の歴史的判決を覆す、新たな判決を下した。その判断を受け、中絶の権利を擁護する立場の約20の市民グループが合同で開催した。

以前からこの問題が気になっていたので、参加する友人たちに合流して筆者も参加した。冒頭のやりとりは、その一場面だ。筆者は今年1月から、州内の大学院で州政治について学んでいる。人工妊娠中絶の問題については、基本的権利として守られるべきだと考えていることを予めお断りしておく。

ゆっくりとスタート

デモ行進の出発地点は、州議会から1キロメートル弱離れた広場だ。待ち合わせの駅で友人と無事に会えるだろうか、大混雑していたらどうしようと不安に思いながら、路面電車で現地に向かった。コロナ禍がまだ流行っているので、マスクを着けて。

週末の午前とあって、州議事堂に向かう車内はガラガラだった。数少ない乗客は、ほとんどがデモ行進の参加者だ。一目でそれとわかるのは、各自手作りのプラカードを持っているからだ。中には、「中絶は基本的なヘルスケア(Abortion is essential healthcare)」と書かれたプラカードをベビーカーにくくりつけた若い夫婦も。待ち合わせ場所の駅に着くと、意外にも人はまばらで、友人もすぐに見つかった。大半の参加者は車で現地近くまで来たようだ。

出発地点の大学前広場に到着すると、すでに主催団体の代表らによるあいさつが始まっていた。話の途中、何度も賛意を表す「イェーイ」と言う声が一帯に響き渡る。「私たちは怒っている」と言う声も響く。ほどなくして、人の波がゆっくりと動き始めた。

最高裁判決がもたらした危機感

ここミネソタ州は、人工妊娠中絶が州の憲法上で合法とされている、数少ない州の1つだ。連邦最高裁判決が出ても、州民に直接影響があるわけではない。なぜなら、州最高裁の判決(1995年)により、中絶が州憲法上の権利と認められているからだ。対照的に、隣接州ではすでに違法とされているか、または近い将来おそらく違法化されると見られている。今回の最高裁判決には、「中絶の問題(に関する判断)を選挙で選ばれた代表に戻す」時とも書かれている。つまり、州民の選んだ政治家が州議会で決められるようになるということだ。

それでもこの日、最大級のデモが開催された。主催者側には、今こそ中絶の権利を守り、また強固なものとするために行動しなければ、今後どうなるかわからないという危機感があるからだろう。妊娠中絶や、どのように子どもを持ちたいかは、極めて私的な問題だ。今回の新たな最高裁判決によって、こうした個人的な問題について判断する権利が脅かされることになった。大きな声を上げなければ、ミネソタ州でも今後影響を受けかねないー。こうした危機感だ。前掲のオマル下院議員は、中絶の権利は「一瞬にして失われかねないのです」と訴えていた。

市民の間には怒りもある。世論と逆行した判決を出す、今の連邦最高裁判事に対して怒っている。直近の地元メディアによる世論調査では、7割近い州民が中絶禁止に反対という結果が出ている。

主催者は地元メディアの取材に対し、今回の目的は、「どれだけ多くのミネソタ州民が(中絶の権利を擁護する立場で)合意しているかを、州の政治家や国に対して示すことにある」と説明している。さらに、デモを通じて、州政府に対しては、中絶へのアクセス向上のために、さらなる政策対応を要求していくという。

「My Body, My Choice 私のカラダのことは私が決める」

周りを見渡すと、多様だ。多くは若い女性だが、男性の姿も。年代も幅広い。ひとりで参加している人、友だち同士や家族で参加している人もいる。カップルで参加している人もいれば、赤ちゃんを含めた子ども連れの人も見られた。筆者の友人も大学生の息子と一緒だった。

こうした参加者の多くが、最高裁判決に抗議するフレーズを手書きした大きなプラカードを持って参加している。「私のカラダのことは私が決める(My Body, My Choice)」、「私のカラダは政府の所有物ではない(My body is not the property of the government)」、プライベートな問題に政府は干渉しないでという意味での「私のカラダから手を離して(Hands off my body)」など、表現はさまざまだ。中にはもっと直接的に、子宮の形の手製プラカードを掲げて歩く女性もいた。車椅子で参加している年配の女性の姿もあった。中絶の権利を求めた約半世紀前の闘いを思い出して参加したのだろう。

これから子どもを持つかもしれない人だけでない。自分のために、他者のために、そして次世代のために。さまざまな顔ぶれは、今回の最高裁判決に州民の過半数が反対している実態が反映された形だ。

広い道路は、全面的に車両規制され、歩行者に解放されている。青空の下、何にも邪魔されずに、各自が抗議の思いを表したプラカードを持ちながら、広々とした空間を各自のペースで歩いている。時折、どこからともなく声高なシュプレヒコールが始まる。”My Body, My Choice”  ”My Body, My Choice”

知事・副知事が待ち受ける

眼前に広がる人の波と多種多様のプラカードを見ながら行進を続けていると、参加者の高まる連帯感と切迫感が筆者にも伝わってくる。以前、友人が「今起きていることに失望して落ち込んでいても、参加して、思いを共有する人と行進することで強い連帯感が感じられて、希望が湧いてくる」と話していたことを思い出した。

繰り返し聞いたのが、もはや守りの姿勢だけでは不十分で、「闘わなくては(Fight Back!)」という言葉だった。主催者側は事前に、今回の行動は「州の政治家だけでなく、国全体に向けられている。こうして多くの州民が力を合わせて声を上げていけば、(望まない決定に抵抗していくことは)可能なのだということを示すのだ」とも話していた。当日は、参加者に向かって、「闘いの仲間を増やすように声掛けを続けていこう」と盛り立てていた。

デモ行進は最後に直線道路を、「州民の家(the People’s House)」とも形容される州議事堂に向かう。「政治の中心」に「市民」が迫っていく。この日の最も印象的なシーンだった。

州議事堂に到着したデモ参加者を待っていたのは、知事、副知事、州の司法長官、そして州議会でリプロダクティブライツ(生殖に関する権利)を推進する多くの女性議員たちだった。デモに続いて行われた政治集会では、次々と、芝生に建てられた仮設ステージに上がり、「ともに闘おう」などと訴えた。

ジーンズ姿で登壇したティム・ウォルツ知事(民主党)は、集まった参加者に向かって「ミネソタ州民の基本的権利を守るために最前線で闘ってくれてありがとう。こんな行楽日和にもかかわらず、ここに集まって声を上げてくれてありがとう」と、感謝の言葉を述べた。

デモ行進に参加して、州政府のトップに「ありがとう」と言われることに、一瞬戸惑いを感じた。だが、あらためて考えると、州政府のリーダーたちと、市民の多数は、「過去には戻らない」という思いで共通している。

ミネソタ州

秋の選挙の重要な争点に

州公共安全局の発表によると、当日の参加者は約5,000人。地元メディアによると、中絶反対の立場をとる市民団体のひとつは、事前に声明を発表し、主催者団体が中絶措置を希望する人に対して、ごく限られた規制にも反対している、と批判したという。

6月の最高裁判決を受けて、ミネソタ州では、中絶の権利をめぐる問題が、11月に行われる州知事選の大きな争点のひとつになりつつある。これまでは、インフレなどの経済問題が主要な争点になっていた。6月の世論調査では、「中絶反対」寄りの共和党候補が僅差で迫っているという結果も出ており、再選を目指す現職のウォルツ知事は、今回の判決をきっかけに攻勢を強めている。ウォルツ知事は判決の翌日、州として中絶の権利を守り、さらに他州からの中絶希望者の受け入れにも積極的な姿勢をとることを、これまで以上に強く打ちだしている。

新たに生まれたエネルギーと連帯感は、2か月後に控える州知事選や、連邦議会の中間選挙にどのように影響するのだろうか……。熱気あふれる4時間だった。見たこと聞いたことが頭の中をめぐる中、州議事堂を後にした。

(編集長追記)
ミネソタ州の大学院で学ぶ研究者の柏木明子さんに現地の情報を届けてもらう「ミネソタ通信」が始まりました。アメリカを一括りで理解するのではなく、「合州国」を個別の州の動きから理解したいと思います。その一助にして頂ければ幸いです。アメリカで起きている妊娠中絶をめぐる動きも重要です。ただ、これは日本では、極めて一面的に理解されており、概ね誤解されていると言って良いでしょう。最近の最高裁判決については柏木さんに書いて頂いた通りです。単純に、どちらが正しいという判断ではありません。また、中絶を認めないプロ・ライフも、日本では宗教的な洗脳のようにとらえる人がいますが、実態はそうではありません。私の友人の夫人はプロ・ライブですが、若い頃に付き合っていた男性との間で意図せぬ妊娠をしてしまいます。彼女の判断に中絶はありません。そして、子供の両親になってくれる夫婦を探します。そして子供を産み、その「両親」に子供を育ててもらい、私の友人と結婚した今も、その子供との関係を維持しています。柏木さんには、そうした私たちの知らない等身大のアメリカをミネソタ州を軸に伝えて頂きたいと思います。

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