インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

【FactCheck】岸田首相が退陣理由で国民に向けて語ったのは自民党の話だけだった

【FactCheck】岸田首相が退陣理由で国民に向けて語ったのは自民党の話だけだった

主要メディアは9月の自民党総裁選を細かく報じている。それは自民党総裁が岸田首相の次の首相になる可能性が高いからだが、その岸田首相が退陣の理由として挙げたのは「新生自民党を国民の前にしっかりと示す」など自民党の話だけで、一国のリーダーの退陣表明の場で国民へのメッセージや日本の在るべき姿が語られることはなかった。(立岩陽一郎)

岸田首相は8月14日、首相官邸で「総理大臣記者会見」を開き、冒頭、「お盆が明ければ、いよいよ秋の総裁選挙に向けた動きが本格化することになります。」と述べた上で、以下のことを話した。

「今回の総裁選挙では、自民党が変わる姿、新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要です。そのためには、透明で開かれた選挙、そして何よりも自由闊達(かったつ)な論戦が重要です。その際、自民党が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことであります。私は、来る総裁選には出馬いたしません。総裁選を通じて選ばれた新たなリーダーを、一兵卒として支えていくことに徹してまいります。」

また、自身の「総理、総裁としての3年間」について言及した上で、「残されたのは、自民党トップとしての責任です。もとより、所属議員が起こした重大な事態について、組織の長として責任を取ることに、いささかのちゅうちょもありません。今回の事案が発生した当初から思い定め、心に期してきたところであり、当面の外交日程に一区切りがついたこの時点で、私が身を引くことでけじめをつけ、総裁選に向かっていきたいと考えています。」と語った。

そして会見を、「今般の総裁選挙では、我こそはと思う方は積極的に手を挙げて、真剣勝負の議論を闘わせてほしいと思っています。そして、新総裁が選ばれた後はノーサイド。主流派も反主流派もなく、新総裁の下で一致団結、政策力・実行力に基づいた真のドリームチームをつくってもらい、そして、何よりも大切なことは、国民の共感を得られる政治を実現することにあります。それができる総裁かどうか、私自身も自分の一票をしっかり見定めて投じていきたいと思っています。」で締めくくった。

ここで岸田首相が語ったのは自民党が直面している困難であり、その再生に向けた取り組みだ。首相は憲法で国会議員から選ばれることになっており、現実に自民党の総裁が首相になるケースが多く、それを反映した記者会見だったことは踏まえたい。しかし、事実上の首相退陣表明であり、日本のリーダーがその場を去ることを表明した場で、国民へのメッセージや日本の在るべき姿について全く言及が無かった点は記録にとどめておきたい。

また、岸田首相の発言の後に日経新聞、日本テレビ、北海道新聞の記者が質問しているが、そこでも自民党総裁選に絡んだ質問が行われただけだった。唯一、北海道新聞の記者が支持が得られなかった理由について質問したくらいだが、これについて岸田首相は、「支持率、高い低いについて何か申し上げるつもりはありません。」と述べた上で、「政治とカネの問題、政治の信頼の問題、これも大変大きな課題であるということを改めて感じています。ですから、政策を進めるためにも信頼回復に努めなければならない」と述べ、自民党の信頼回復の話に終始した。

ファクトチェック記事は論説ではない。ここでは、日本のリーダーが退陣表明をした際に、その内容が自身が総裁を務める自民党の話に終始し、国民へのメッセージなどが語られなかった点をファクトチェックの結果として書いておく。その表明が「総理大臣記者会見」としてなされたというファクトも併せて記録に残したい。

因みに、同じように支持率に問題を抱えて選挙戦への出馬をとりやめたアメリカのバイデン大統領もその表明記者会見(7月24日)において「党の結束」について言及している。しかし同時に次の様にも語っている。

「ですから、私は新しい世代にバトンを渡すことが最善の道だと決断しました。それがこの国をひとつにする最善の方法です。(So, I’ve decided the best way forward is to pass the torch to a new generation. That’s the best way to unite our nation.)」

「歴史は皆さんの手の中にある。力は皆さんの手の中にある。アメリカの理念は皆さんの手の中にある。(History is in your hands. The power is in your hands. The idea of America lies in your hands.)」

「私たちはただ信念を貫き、自分たちが何者であるかを忘れてはなりません。私たちはアメリカ合衆国であり、共に行動すれば、私たちの能力を超えるものは何もない。だから、共に行動し、民主主義を守りましょう。(We just have to keep faith — keep the faith and remember who we are. We are the United States of America, and there is simply nothing — nothing beyond our capacity when we do it together. So, let’s act together, preserve our democracy.)」

因みにこの記者会見のタイトルは、「アメリカ国民に向けて(Remarks by President Biden in Statement to the American People)」だ。勿論、日本とアメリカは制度が異なる。ただし、リーダーの退陣表明の場で語られた内容の差が単に制度の違いから来るものなのかについては議論の余地が有るだろう。ただし、ここでも論評はせず、その違いを記録として残すことにどどめたい。

Return Top