ルイスの著書 |
●金で買われる大統領
ルイスが行った調査報道とはどういうものか。それは、1996年の大統領選挙を題材に政党及び各候補に政治資金が流れる実態を解明し、どのように大統領が決まり、その大統領の政策がどう影響されるかを明らかにするものだったのである。それは「The Buying Of The President」というタイトルで本にまとめられて出版され、その年のベストセラーの 1つとなる。邦訳するなら「金で買われる大統領」ということになるだろう。
大きな反響を呼んだこの調査報道は、続けて 2000年、2004年の大統領選挙についても行われ、それらは全て出版されている。その内容を、シリーズ最後の作品となった 2004年版から見てみたい。この選挙は、最終的に共和党のジョージ・ブッシュ と民主党のジム・ケリー が争ったものだ。
同書では、共和・民主の両党に寄付している法人について、それぞれ金額の多い上位 50について掲載している。それによると、共和党への献金額が最も多いのは世界的なたばこ会社のフィリップ・モリスである。日本でも知られている企業では、巨大通信企業のAT&Tが 5位、マイクロ・ソフト社も 8位に入っている。17位には、あらゆる銃規制に反対することで知られる全米ライフル協会が入っている。
一方、民主党は圧倒的に労働組合からの寄付が多いことがわかる。1位は地方自治体公務員の組合である。伝統的に民主党の強固な支持基盤と言われる教職員組合も7位に入っている。一方、共和党への寄付額が多いフィリップ・モリスも民主党に寄付しているが、38位だ。その金額は共和党へのそれの4分の1程度に落ちる。
これらの事実から、共和党がたばこ規制に積極的になりにくいことや、銃規制に反対しそうなことがわかる。片や民主党は公務員改革や公教育改革にメスを入れにくいことが推察できる。つまり大統領が誰になるかによって、どのような政策を行うかが、その資金源を分析することで予見できるということなのである。今では当たり前に指摘されていることだが、資金を追うことで明確に解きほぐしたと言える。
●情報公開を駆使した調査報道
同書には、各候補の個別の資金源も掲載されている。このうち、選挙戦に勝利するブッシュについて見ると、メリルリンチ、クレディスイス、ゴールドマンサックスなどウォール街の主役たちの企業名が並んでいる。一瞥すれば、ブッシュがウォール街を敵に回すような政策をとれる筈がなく、様々な批判を浴びながら決定された金融機関への公的資金の導入の背景に、こうした資金の流れが影響しているだろうことがうかがえる。
このブッシュの寄付について、ルイスは情報源を明示している。連邦選挙委員会(Federal Election Commission)、内国歳入庁(Internal Revenue Service)、テキサス倫理委員会(Texas Ethics Commission)がその主なものとなっている。これらの機関がルイスらの情報公開の求めに応じて出した資料から情報を拾い出したということだ。
つまり全て公開可能な情報をもとに書かれているのである。ここに、ルイスの調査報道の特徴を見ることができる。ルイスの調査報道は、国家の機密情報の様な入手困難な情報を世の中に公表するものではない。一般に公開されているものの人々の目に届くことはなく、かつ情報を見ただけではその意味するところのわからないものを正規のルートで入手し、整理した上で社会に提示するというものである。
これは、従来言われてきた調査報道とは異なる。例えば,ニクソン大統領を辞職に追い込んだワシントン・ポストの調査報道には,「ディープ・スロート」と称された政府高官やFBI捜査官、検察官などが登場する。カール・バーンスタインらワシントン・ポストの記者達はそうした情報源に秘密裏に接触して情報を入手することで真実に迫っていったのである。
ルイスの調査報道は違う。情報源の有無に関わらず可能である。情報公開制度という誰もが等しく使える制度を利用して粘り強く資料を集め、それらの意味するところを整理して報じるというもので、そこには政府高官との密接且つ特別な関係は必要ない。また,情報を得る為にかかる経費も限られたものに抑えることが可能である。情報公開を請求し資料をコピーする為の諸経費が主なものであろう。資料を丹念に読み解く辛抱強い作業は必要となるが、従来の調査報道のように多額の取材費をかけて記者が全米を飛び回るという種類のものではなく、財源に限りがあり知名度の無い新設のメディアでも可能な手法だったということが言えるのである。
情報公開制度は米国ではFOIAと書いて「フォイア」と呼ばれている。Freedom of Information Actの略称だ。今、「フォイア」はインターネットで各省庁と直接やり取りができるほど便利になっている。勿論,諸経費は負担せねばならずクレジットカードの番号を登録する必要はあるが、オンライン上で手続きをすますだけで官公庁に足を踏み入れることなく情報を入手することができる。
ルイスがCPI(Center for Public Integrity)を設立した 20年前はこれほど便利ではなかった。このためルイスは、CPIを設立する場所を首都と決め、官庁街に近いビルに事務所を構えた。そして採用した記者達とともに、「フォイア」で得た情報を整理し内容の意味するところを追加取材するなどして書物にまとめていったのである。
The Buying Of The President の調査報道は連邦議会についても行われ、The Buying Of The Congressとしてまとめられて好評を博した。
●ネット時代が後押し
ルイスのCPIは出版した本が新聞やテレビ局に取り上げられることでその評価を高めていくのだが、2000年代に入ると状況は更にルイスに味方する。それは本格的なネット社会の到来である。 CPIは自前のウェブサイトを立ち上げてそれを主戦場にし、自らの報道を発信するようになる。これはルイスが考えていなかった嬉しい誤算だった。これについてルイスは次の様に話している。
「非営利ジャーナリズムが可能となった最大の理由はインターネットの普及だろう。この便利なツールによって、我々は巨大な資本を投下して輪転機を準備したり,テレビスタジオを作らなくてもニュースを発信することが出来るようになった」
CPIはその後も、大統領が巨額の資金を提供した人物をホワイトハウスに宿泊させるなどしている実態や、湾岸戦争時やイラク戦争で米軍の下請け業務を一手に引き受けた巨大企業と政権の実力者ディック・チェイニー との間の不透明な関係などを報じるなど、様々なスクープを放っている。しかし 2005年、ルイスはCPIを去る。それについてルイスは、「CPIを公的な存在にするためには,私が代表を続けることは良くない」と考えたという。(続く)
(この原稿は、南山大学アジア・太平洋研究センター報第8号(2013年6月)に掲載された論考を著者の承諾を得て転載したものです)
<<執筆者プロフィール>>
立岩陽一郎
NHK国際放送局記者
社会部などで調査報道に従事。2010年~2011年、米ワシントンDCにあるアメリカン大学に滞在し米国の調査報道について調査。
米国ジャーナリズムの新たな潮流~非営利化する調査報道⑤へ
米国ジャーナリズムの新たな潮流~非営利化する調査報道③へ
米国ジャーナリズムの新たな潮流~非営利化する調査報道②へ
米国ジャーナリズムの新たな潮流~非営利化する調査報道①へ
関連記事
米国草の根ジャーナリズムの終焉 ~勤務18年の記者が見た米新聞の崩壊(1)
|
おすすめ記事
猪瀬知事を刑事告発 「徳洲会からの5000万円は闇献金」
東京電力が一等地不動産を続々売却 現地で確認・マップを作成
~データ・ジャーナリズムで見えてくる巨大電力会社の姿~