昨年開催された「あいちトリエンナーレ」をめぐって愛知県の大村秀章知事のリコール(解職)を求める運動が起きている。そうした中、リコールに賛同した署名者の氏名や住所が公開されるとの指摘があり、これをデマだと否定する情報も流れている。リコールに賛同して署名をすると、署名者の個人情報は公開されるのか、総務省に確認するなどして検証した。(田島輔)
すでに署名の受任者を引き受けた方の住所氏名は、早速、県の公報で公開されてるようです。署名した人の名前や住所も、提出されたら縦覧できるみたい。
(2020年8月26日、香山リカ氏のTwitter投稿。一部につき訂正の投稿あり)
【ほぼ正確】 県公報で公開されるのは請求代表者に限られる。だが、受任者や署名者の氏名・住所が掲載された署名簿は、リコールの必要数に達し県に提出されると、同じ市町村の有権者が閲覧(縦覧)できる。
美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が中心になって愛知県の大村知事のリコールを求める署名活動が行われている。これに関連して、精神科医の香山リカ氏が、署名者の名前や住所が公開される旨をツイートした。
すると、高須氏側は「署名した側の個人情報が漏洩する」というのはデマだと主張。「『署名者の個人情報漏洩』のデマ拡散」「刑事告発」といった報道も流れ、騒動が拡大している(夕刊フジ8月28日、9月2日)。
県の公報に掲載されるのは代表者の情報のみ
まず、香山氏のツイート前半の「署名の受任者を引き受けた方の住所氏名は、早速、県の公報で公開されてるようです」という部分を検証する。
結論から言うと、県の選挙管理委員会が請求代表者証明書を交付したことは県の広報で公開されているが、掲載されているのは知事のリコールを請求した「代表者」の氏名・住所だ。
県民が知事のリコールを請求する際、手始めに、県の選挙管理委員会に対し、リコール請求をする資格があることを証明する請求代表者証明書の交付を受けなければならない。この交付の事実は一般に告示することが義務付けられている(地方自治法施行令91条第2項)。これにより8月25日の愛知県公報には、「代表者」である高須克弥氏ら37名の氏名・住所が告示されている。だが、「受任者」(代表者から署名収集の委任を受けた者)は掲載されていない。
そのため、香山氏のツイートのうち、「受任者」の住所・氏名が県公報で公開されていると指摘した点は不正確だ。香山氏自身も投稿2日後に「公報に載るのは代表者の住所氏名だけなんですね。その点は誤解してました」と訂正した。
映画評論家の町山智浩氏も「県知事リコールに参加した人たち、愛知県広報で本名と住所が県民に告知されるんですね」とツイートしていたが、これも代表者に限らず、リコール参加者一般の氏名・住所も広報で告示されるというのは事実誤認で、現在は削除されている。
署名者の個人情報はその市町村の有権者が縦覧できる
では、香山氏のツイート後半の「署名した人の名前や住所も、提出されたら縦覧できるみたい」との発言は正しいのか。結論から言えば、地方自治法上、署名者の個人情報は、必要数に達し「縦覧」が行われると、一定の範囲の有権者に対して事実上公開される仕組みとなっている。
署名簿は、市町村ごと(政令指定都市は区ごと)に作成され、署名、住所、生年月日、押印、署名日が掲載されている。
必要数以上の署名が集まると、署名簿は、市町村の選挙管理委員会に提出され(法施行令94条第1項)、確認、審査を受けたのち、指定された場所で7日間、「関係人」の「縦覧」に供されることになる(法74条の2)(リコール請求の概要は、新潟市ホームページの解説も参照)。
市町村の選挙管理委員会は、前項の規定による署名簿の署名の証明が終了したときは、その日から七日間、その指定した場所において署名簿を関係人の縦覧に供さなければならない。(地方自治法74条の2第2項)
しかし誰でも署名簿を閲覧できるというわけではない。ここにいう「関係人」には誰が含まれるのだろうか。
地方自治法には「関係人」の具体的な定義はないが、「関係人」の範囲についての旧自治省の見解がある。
本条(※地方自治法74条の2)二項の「関係人」とは、選挙人名簿に登載されている者全部(をさす)
ー(昭和二六、九、一〇)『自治六法 令和2年版』より
総務省行政課によると、この見解は現在も有効だ。つまり、署名簿の縦覧期間中は、署名者の氏名、住所等の個人情報は、同じ市町村の有権者に対しては事実上公開されることになる。
これは、自分が住んでいる市町村・区の署名簿に第三者が勝手に自分の名前で署名していないか、自分の署名が無効とされていないかを確認し、異議申し立てができるようにするための制度とされる。
ただ、2004年に沖縄県伊良部町長のリコール請求があった際、署名簿縦覧の期間中に、署名をしていない反対派が署名者の住所を書き写し、署名を取り消すよう説得に回るといった問題も起きている。
なお、2ヶ月以内に署名が必要数(報道によると約86万5千人)に達しなければ、「縦覧」の手続きも行われないため、結果的に署名者の個人情報が公開されることはない(署名が一部無効となり必要数を下回ったが、縦覧が行われた例として、名古屋市議会解散リコール請求(2010年)がある。朝日新聞参照)。
愛知県選管は縦覧方法の制限を検討中
愛知県の選管は、夕刊フジの取材に対し「受任者と署名者の個人情報を公開することはない」と回答したと報道されている。高須氏も署名者の個人情報が漏洩する心配はないと断言しているが、実際はどうなのか。
愛知県選管に問い合わせたところ、まず、「縦覧」に供される「関係人」の範囲については、上記旧自治省の見解と同じだと回答した。
だが、愛知県選管の担当者は、インファクトの取材に対し「同一人物の署名があるかどうかをまず選管側で確認し、署名があった場合にその人の署名部分だけを見せるなど、個人情報保護に配慮して、署名簿全てを見せない方法を検討している」としている。他方、愛知県選管にとって署名簿の縦覧は過去に例がないため、縦覧方法について「総務省に確認中」としており、総務省の見解を踏まえて最終的に決める、と説明している。
過去のリコール請求の署名簿の縦覧で、複写・撮影を禁止した例はある(静岡県河津町長のリコール請求、2017年)。だが、総務省行政課は、取材に対し、縦覧を愛知県選管が検討しているような方法で制限した事例は「承知していない」とし、そのような縦覧方法が適法かどうかは「検討中」としている(回答があり次第、続報予定)。
愛知県選管が検討している制限的な運用が許されるのかどうかは法律上の問題なので、ここでは深入りしない。事実関係を整理すると、次の通りだ。
- 署名が一定数に達して愛知県に提出され、「縦覧」が行われるまでは、署名者の個人情報が公開されることはない。公開されるのは、代表者の個人情報だけである。
- 署名が必要数に達して愛知県に提出され、指定場所での署名簿の「縦覧」が行われた場合、署名者が居住している市町村(政令指定都市の区)の有権者は、署名簿全体を縦覧(閲覧)できる(従来の自治体ではそのように運用されてきたが、黙読のみとし、複写・撮影を禁止している自治体もある。愛知県選管は閲覧範囲の制限を検討している)。
結論
法律上、受任者や署名者が個人情報を記載した署名簿は、一定数に達して提出されると、一週間の「縦覧」期間があり、選挙名簿に登載されている全員が自分の市町村の署名簿を閲覧(縦覧)できる。従来そのように運用されており、愛知選管が検討している閲覧制限も未確定のため、「署名した人の名前や住所も、提出されたら縦覧できる」との香山氏のツイートは正確と言える。
「受任者」が県公報に公開されていると指摘した部分は不正確だが、署名簿が「縦覧」されると、限定的ながら事実上公開されるため、ツイート全体としては「ほぼ正確」と判定した。
(冒頭写真:名古屋テレビ8月25日放送=YouTube=の画像より)