専門性と技能を有し即戦力となる外国人労働者を確保するための特定技能1号の受け入れ見込み数を約2倍に増やすことが閣議決定された。これについて「自民党『移民の受け入れを2倍に増やす。』」などとする情報がネットで拡散した。しかし、「移民」の定義に明確なものはなく、この情報は根拠不明だ。
対象言説
自民党「移民の受け入れを2倍に増やす。日本国民は外国人の生活を保障し、共生する責務がある」
結論 【根拠不明】
政府が行う閣議決定であり、議院内閣制ではあるものの「自民党」を主語にするのは正確ではない。一方で、「特定技能1号」を「移民」とみなせるかについては、「移民」の国際的な定義が決まっていないため判断できない。よってこの情報については、根拠不明と判定する。
InFactはレーティングをエンマ大王で示している。
問題の言説は2エンマ大王となる。
エンマ大王のレーティングは以下の通り。
- 4エンマ大王 「虚偽」
- 3エンマ大王 「誤り」
- 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
- 1エンマ大王 「ほぼ正確」
InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。
ファクトチェックの詳細
JAPANESE NEWS NAVIの記事のタイトルは、自民党「移民の受け入れを2倍に増やす。日本国民は外国人の生活を保障し、共生する責務がある」となっている。記事本文には2024年3月29日の閣議決定のことが書かれているため、記事は特定技能外国人を移民とみなして、この数が2倍になることを指しているのが分かる。
まず、閣議決定は政府が行うもので、「自民党」ではない。ただし、議院内閣制の日本では、政権与党が内閣を構成するので、多くのケースで自民党が支持する政策が政府の政策となる。それを考えると、「自民党」を主語にすることは正確ではないが、誤りとまでは言えない。
その上で、この閣議決定の内容を検討する。この閣議決定は、特定技能制度についてのものだ。つまり、対象言説はこの制度で入国する外国人を移民とみなしているということだろう。
その点を確認するため、特定技能制度について整理したい。特定技能ガイドブックを確認した。それによると、政府は、2019年に導入された特定技能制度は、深刻な人手不足に苦しむ特定の産業分野において、専門性と技能を有し即戦力となる外国人労働者を確保するための制度とのことだ。つまり、労働現場の人手不足を解消することを目的とした制度だと言って良い。
因みに、1993年に導入された技能実習制度はこれとは異なり、人材育成を通じ、開発途上地域等への技術や知識の移転を図ることで、国際協力を推進するための制度である。しかし、この制度を廃止し、新たに育成就労制度を創設することが2024年6月14日に国会で成立している。
この特定技能制度の一部変更が2024年3月29日に閣議決定されており、それが対象言説の「自民党『移民の受け入れを2倍に増やす』」になっていると見られる。
では、その変更点を見てみたい。
それをまとめたのが下の図だが、それによると、特定技能1号の外国人の受け入れ見込み数が増加している。2023年度末までの5年間の受け入れ見込み数は34万5,150人である。また、2024年4月から5年間の受け入れ見込み数は82万人であり、前回の約2.4倍になっている。
表:出入国在留管理庁_特定技能制度の受入れ見込数の再設定(令和6年3月29日閣議決定)
恐らく、「移民の受け入れを2倍に増やす」の「2倍」は特定技能1号の外国人を指してのことだろうと考えられる。記事の「2倍」とは、この点を指していると考えて良いだろう。
では、特定技能で入国する外国人は「移民」なのか?
先ず、対象言説の主語になっている自民党に電話で問い合わせた。
以下が自民党政務調査会の法務担当者の回答である。
質問① 自民党が「移民の受け入れを2倍に増やす」と発言したというネット記事がありますが、発言は事実ですか?
「個別の議員の発言を全て把握しているわけではないので、お答えしかねます。」
質問② 特定技能外国人は移民ですか?
「特定技能の外国人と移民はイコールには当たらないのではないかと考えます。」
続いて、法務省に電話で問い合わせた。以下が出入国在留管理庁の回答である。
質問① 自民党が「移民の受け入れを2倍に増やす」と発言したというネット記事がありますが、発言は事実ですか?
「日本国の立場としては、いわゆる移民と言われている方を受け入れることはまだ認めていません。」
質問② 特定技能外国人は移民ですか?
「日本国の姿勢としては、特定技能制度は移民とは性質状異にするものだという立場をとっています。」
質問③ 政府が考える移民は何ですか?
「法務省ではどういう方が移民なのかをお示しできません。」
自民党も政府も、特定技能外国人を移民とは考えていないとのことだ。一方で、双方とも移民を定義しているわけではないということだ。
ところで、特定技能は2種類に分かれている。
特定技能1号と特定技能2号だ。
法務省の資料に特定技能1号、2号の違いがまとめられている。
特定技能1号は最長でも5年しか日本に滞在できない。その一方、特定技能2号は家族が帯同できることに加え、在留期間の更新ができるという。在留期間が更新できることで、本人や家族が希望すれば日本に永住することは可能となる。
対象言説となった記事の「2倍」の根拠となったのが特定技能1号で有ると考えられるが、では、特定技能2号はどうなのか?実は、特定技能2号の受け入れ見込み人数についてはホームページに記載がない。このため、この点について法務省に再度、確認した。
以下が出入国在留管理庁の回答である。
質問① 特定技能2号の受け入れ見込み人数を教えてください。
「設定していません。」
質問② 特定技能1号の受け入れ見込み人数は公表されていますが、2号はなぜ設定していないのですか?
「平成29年度の基本方針から、2号の見込み人数は設定しない決まりになっています。」
質問③ 特定技能2号の外国人は実質永住できる制度になっていますが、移民ですか?
「移民の立てつけはしておりません。」
因みに、この特定技能2号の受け入れ人数について出入国在留管理庁の特定技能在留外国人数の資料を確認した。すると、2023年12月末時点で、特定技能2号外国人は全分野を合計しても37人しかいなかった。
ここで再度、「移民」の定義にこだわりたい。国際的な議論として「移民」はどう定義されているのかを知るために、国連の関連機関である国際移住機関(IOM)のホームページを確認した。以下が英語の原文である。
「Immigration – From the perspective of the country of arrival, the act of moving into a country other than one’s country of nationality or usual residence, so that the country of destination effectively becomes his or her new country of usual residence. 」
(移民 – 到着国から見て、国籍国または通常の居住国以外の国に移住し、目的地が事実上その人の新たな通常の居住国となる行為。/InFact訳)
この「居住国」について、アメリカのプリンストン大学大学院で日本文化を研究し現在京都大学にフルブライト留学生として滞在しているアメリカ人研究者(研究に支障が出る恐れから匿名にしているが、編集部で身元を把握・確認している)に確認したところ、この「usual residence」という言葉は、単なる「居住者」ではなく、「定住者」に近い意味を持つという。
ところで、IOMの日本語のサイトを確認したところ、「『移民』とは国際法などで定義されているものではなく、一国内か国境を越えるか、一時的か恒久的かに関わらず、またさまざまな理由により、本来の住居地を離れて移動する人という一般的な理解に基づく総称です。」としている。
IOMの英語と日本語のサイトでは、移民の定義が多少異なる部分が見られるのだが、IOMの日本語サイトにも記載がある通り、「移民」について国際的な定義は「移民」の解釈は確定的なものが無いと言うのが実態ということだろう。
もしも特定技能1号を移民と解釈するのであれば、政府が移民の受け入れを2倍に増やすことに決めたということになる。しかし、移民の国際的な定義がない以上、特定技能外国人を移民だとも断定できない。
(馬場 玲妃)