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【検証・都知事選】新型コロナ対策で「15兆円の都債発行」は可能か?

【検証・都知事選】新型コロナ対策で「15兆円の都債発行」は可能か?

東京都知事選(7月5日投開票)を控え、新型コロナウイルス対策をめぐり一つの争点が浮上している。山本太郎候補(れいわ新選組)が公約として掲げる「総額15兆円の都債発行」の是非だ。これに対しては法律的に問題がある、との疑問が出ている。山本候補の言うように新型コロナ対策での都債発行は可能なのか、法律的な観点から検証した。(田島輔)

討論会での問題提起

6月28日に実施された東京JC主催の東京都知事選挙討論会において、山本候補は、新型コロナウィルスによる消費減退への対策として、

総額15兆円で都債を発行する。

と発言した。発行した都債の使い道の一つとして、

最初に10万円給付させて下さい。その10万円を渡す時のお約束。必ず使い切ってください。

と、都民全員に10万円を給付するとの経済刺激策を掲げた。都民約1400万人に10万円ずつ配るとすれば、1.4兆円が必要になる計算だ。

しかし、弁護士で元日弁連会長である宇都宮健児候補から、

地方債は目的が決まっている。一般的なコロナ対策では地方債は無理なんじゃないかと思う。

と疑問が呈された。これに対し、山本候補から、

国に許可を求めないと、地方債が発行できないって状況じゃない

との反論がなされたが、本当に15兆円もの都債を発行することは可能なのか、検証した。

都知事の権限で15兆円の都債を発行できるのか

そもそもの問題として、国等の同意を得ることなく、東京都は15兆円もの地方債を発行することが可能なのか。山本氏は自身の東京都知事候補特設サイトに、総額15兆円の地方債発行に関し、

国が同意しないのであれば、都は『不同意債』としてそれを発行します。

と記載している。

確かに、国が同意しない場合でも、東京都が地方債を発行すること自体は可能だ。

地方公共団体は、実質公債費比率が18%以上である等の条件に該当しない限り、国(総務大臣)の同意がない場合でも、議会へ報告した上で、地方債を発行できる(総務省「地方債制度等について」p7)。「実質公債費比率」とは、一般財源の規模に対する公債費の割合のことをいう。

東京都の実質公債比率は1.5%で、財政は健全な状況にある(東京都の財政状況と都債(令和2年4月))。そのため、「不同意債」(国の許可のない地方債)発行の要件は満たしている。

当然、都債の発行のためには議会で予算案が可決される必要があるものの、地方公共団体の場合、緊急の場合には知事の専決処分によって議会の議決の前に、地方債を発行することも可能だ和歌山県で、地方債発行について専決処分した事例)。

そのため、山本候補の主張するとおり、理論上は、国の同意を得ることなく、都知事の権限で15兆円の都債発行ができそうだ。

「新型コロナウイルス」を理由に都債を起こせるのか

しかし、冒頭の宇都宮候補の疑問のとおり、都債を発行できる目的は、地方財政法第5条で、交通事業の経費や建設事業費などに限定されている。

この点について、山本候補はホームページで次のように主張する

地方財政法第5条第1項第5号には、いわゆる「地方債のハード縛り」(地方債は建築物などに限定する)の規定があるのは確かです。一方で、一つ前の第4号には「災害応急事業費、災害復旧事業費及び災害救助事業費の財源とする場合」にも地方債の発行は認められる、とあり、災害救助等のために地方債を充てることは認められています。

第4号の「災害救助事業費」は、ハード(建築物)だけではなくソフト(給付など)への支出も可能です。

との記載があり、「災害救助事業費」として地方債を発行するという考え方だ。

ところが、総務省の資料によれば、「災害救助事業」とは

「災害救助法に基づく救助のためのものであって、収容施設の供与、生活必需品の給付等の事業」

と定義されている。そのため、新型コロナウイルス対策としての現金給付が「災害救助事業費」に該当するためには、まず、新型コロナウイルスによる被害が「災害救助法」上の「災害」に該当しなければならない。

この点について、2020年4月28日の衆議院予算委員会で、枝野幸男議員が、新型コロナウイルスについて災害救助法を適用し、仮設住宅の供与ができないかと質問。これに対し、西村康稔経済再生担当大臣は、

法制局と早速相談をいたしたんですけれども、やはり、この災害基本法あるいは災害救助法の災害と読むのは難しいという法制局の判断もいただいた。

答弁していた。政府のいわば法律顧問としての役割をもつ内閣法制局は、新型コロナウイルスは災害救助法上の「災害」とは解釈できず、災害救助法は適用できない、という見解のようだ。

災害救助法第1条は、「救助」の対象は「政令が定める程度の災害」が発生した地域内での「当該災害により被害を受け、現に救助を必要とする者」と定めている。これを受けて、災害救助法施行令第1条で、「災害」とは一定の住居が滅失したり、多数の者が避難して継続的に救助を必要したり、といった、物理的な被害が起きた場合に限定しているため、感染症蔓延による売上減少や解雇といった「経済的な損失」が起きた場合は該当しないだろう。

そのため、現行法を改正するか、内閣が「新型コロナウイルスの蔓延」が災害救助法上の「災害」に含まれるよう政府解釈を変え、政令を制定、改正しない限り、災害救助法を適用できない。

山本候補は、

仮に国が「コロナを災害」と動かなくても、東京都が独自に「コロナを災害に指定」して、地方債を発行。

主張しているが、災害救助法の「災害」に指定するための政令を制定・改正できるのは内閣であり、都知事になっても「災害」指定する権限を有していないのが現実だ。

したがって、景気刺激策として「都民全員に10万円を給付する」ことは、政令を変更しない限り、地方財政法第5条第1項第4号の「災害救助事業費」に該当することはなく、都債の発行は、地方財政法第5条違反となるだろう。

それでも都債発行を強行した場合はどうなる?

ただ、先ほど述べたように、東京都は国の同意がなくとも都債を発行することができ、専決処分を使えば、議会の議決の前に地方債の発行が可能なので、都知事が都債発行を強行しようと思えば、事実上、発行できるだろう。その場合はどうなるのか。

この場合でも、都知事の違法な都債発行については、住民訴訟(地方自治法242条の2第1項1号)に基づいて、地方債発行の差止めが可能とされている。

実際に、違法な地方債の発行が地方財政法第5条に違反するとして、起債行為の差止めが認められ、最高裁で確定している事案がある。滋賀県栗東市が、新幹線栗東駅建設費に充てる目的で地方債を発行しようとした際、地方財政法第5条で規定される目的に反するとして、起債行為の差止めが認められたのだ(平成18年(行コ)105号「起債行為差止請求控訴事件」。市の上告は棄却され、判決は確定)。

したがって、仮に山本候補が当選し、知事として都民全員への10万円給付を目的とした都債発行を強行しようとしても、住民訴訟が提起されれば、差止められることになる可能性が高い。

住民訴訟が起こされるかはわからないが、総額15兆円もの都債を発行すれば都財政が危うくなり、将来の都民に付けを残すかもしれず(東洋経済オンラインの記事参照)、それを危惧した住民による訴訟が提起される可能性は否定できないだろう。

結論

東京都は、国の同意を得ることなく都債を発行することが可能である。そのため、都民への10万円給付等の新型コロナウイルス対策を目的として、都知事が、総額15兆円の都債発行を強行すること自体は可能である。

しかし、地方債の発行目的は、地方財政法第5条で限定されており、内閣が政府解釈を変更する等しない限り、差し止めの住民訴訟が提起された場合は、都債発行は違法と判断され、発行できなくなる可能性がある。

田島輔=弁護士

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