インファクト

調査報道とファクトチェックで新しいジャーナリズムを創造します

[コロナの時代]ファクトチェック: 入院拒否に懲役刑についての菅首相答弁「全国知事会が罰則を求めた」はミスリード

[コロナの時代]ファクトチェック: 入院拒否に懲役刑についての菅首相答弁「全国知事会が罰則を求めた」はミスリード

新型コロナウイルス感染症をめぐる感染症法改正案の国会審議で、菅義偉首相が入院拒否患者に対する懲役刑の導入は全国知事会の緊急提言を踏まえた方針だと説明した。たしかに、全国知事会からの緊急提言に罰則の創設を求める提言はあるものの、懲役刑までは言及されておらず、この答弁はミスリードだ。(立岩陽一郎)

チェック対象
(入院を拒否した患者に懲役刑を科す感染症法改正案についての質問に対し)全国知事会からも、罰則の創設を求める緊急提言を頂いている。
(菅義偉内閣総理大臣、2021年1月25日、衆議院予算委員会での答弁)
結論
【ミスリード】全国知事会からの緊急提言に罰則の創設を求める提言はあるものの、懲役刑までは言及されていない。取材にも懲役刑を要望してはいないと答えている。

改正法案の内容とは

まず、政府が1月22日に国会に提出した新型コロナウイルス等対策特別措置法(以下「特措法」)、感染症法の改正案の要点を確認する。

罰則を盛り込んだものは以下の通りで、入院を拒否した感染者には懲役刑を科すと明記されている。

【新型コロナ特措法改正案】

・緊急事態宣言が出たら、都道府県知事は事業者に休業や営業時間の短縮を命令できる。違反には50万円以下の過料を科す。

・緊急事態宣言前には、「まん延防止等重点措置」が新設され、緊急事態宣言の前でも、都道府県知事は事業者に営業時間の変更を要請・命令できる。違反には30万円以下の過料を科す。

・「まん延防止等重点措置」で事業者が要請に応じない場合、都道府県は立入検査や命令ができる。これを拒否した場合、20万円以下の過料を科す。

【感染症法改正案】

・入院を拒否したり、入院先から逃げたりした感染者に対し、刑事罰の「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科す。

・保健所の調査に応じない場合は、50万円以下の罰金を科す。

菅首相の国会答弁は…

問題の菅首相の答弁は1月25日の衆議院・予算委員会でのやりとりで出た(衆議院インターネット中継)。知事会に関する話題が出るのは、以下の2か所だ。

立憲民主党の小川淳也氏の質問に答えたもので(5:09:15~)、小川議員は次のように問うている。

小川淳也議員
「数千人の方、都内だけで6000人の方が入院を待っている。全国で3万人、4万人と言われている。この状況の中で、入院を拒否したら懲役刑というのは、私は気が知れないんですよ。どういう神経でこれを議論しているのか。詳しくは後続の質疑者が 端的に、この懲役刑については撤回の上、修正に応じるよう求めます

これについて当初、菅首相は答弁に応じず、田村厚生労働大臣が次のように答弁している。

「立法事例としてですね、今も病院から逃げ出される方がおられるということもある中においてですね、それに対しては知事会からの要請等々があった」

これに小川議員は納得せず、「これは与野党で大きな議論ですよ。一言頂けますか?」と菅首相に再度見解を求めた。

それについて答えたのが対象言説で、菅首相は次のように答えている。

「新型コロナの患者の中には医療機関から無断で抜け出してきたという事案もあります。全国知事会からも、罰則の創設を求める緊急提言を頂いています。そうしたことを踏まえて、感染拡大の実効性を高めるために罰則を設ける。そういうふうに考えています」

全国知事会からの提言とは

では、知事会の緊急提言の中身はどうか。確かに、1月9日付で全国知事会から提出された緊急提言では、「違反した場合の罰則・営業停止処分」にも言及した対策を要請している。

感染拡大を防止するためには、保健所による積極的疫学調査や健康観察、入院勧告の遵守義務やこれらに対する罰則、民間検査で陽性となった本人による保健所への連絡の義務化、宿泊療養施設や自宅での療養の法的根拠及び実効性の確保、クラスター等複数の陽性者が発生した場合の知事の判断による施設の名称等の情報の公表等に関する感染症法の改正を行うこと
緊急提言より)

しかし、この緊急提言には懲役刑についての文言はない。この点について、全国知事会に確認した。調査第二部が取材に応じた。

Q. 感染症法改正案に懲役刑を導入する政府方針について菅首相は、全国知事会の緊急提言を踏まえた方針だと説明しているが、知事会で懲役刑を求めたというのは事実か?

A. 懲役とは言っていないのですが、罰則規定については提言させていただいているところです。

Q. 提言以外に、懲役刑に言及した提言はあるのか?

A. ありません。見ていただいた提言の通りです。懲役刑とは言っていません。

Q. 知事会の中の誰かが、懲役刑に言及したことはあるのか?

A. 個々の知事がどうされているかは調べていませんが、全国知事会としては、ご覧いただいた1月9日の緊急提言が知事会として合意した内容ですので、これが全てになります。

結論

菅首相の「全国知事会からも、罰則の創設を求める緊急提言を頂いている」という発言はそれ自体は事実ではあるが、全国知事会の提言には懲役刑は入っていない。

また、その趣旨の無いことも全国知事会が答えている。

小川議員の質問はあくまでも懲役刑に関するもので、菅首相の国会答弁は「ミスリード」と判定する。

(この記事にはFIJの岩崎真夕リサーチャーが協力している。)

Return Top