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[Factcheck] 「バッテリー交換コストが高すぎて捨てられたパリの電気自動車」は不正確 中国でカーシェア事業者が置いたもの

[Factcheck] 「バッテリー交換コストが高すぎて捨てられたパリの電気自動車」は不正確 中国でカーシェア事業者が置いたもの

高すぎるバッテリー交換コストが原因で捨てられたフランス・パリの電気自動車として、大量の車の写真が拡散された。しかし、この写真は実際は中国で撮影されたもので、パリとは関係が無い。また、放置の理由もバッテリーのコストは少なくとも主要な理由ではなく、中国カーシェア市場の情勢が背景にあるようだ。(大船怜)

チェック対象
(注:海外ユーザーの画像付きツイートを引用して)パリの電気自動車達、バッテリー交換のコストが高すぎで捨てる方が早いって面白いな
(Twitter一般ユーザー、2021年7月9日投稿)
結論
【不正確】 写真は中国・杭州の光景で、パリとは関係が無い。また、バッテリー交換のコストは放置の主な理由とは言えない。
拡散された写真

この投稿では、海外の一般ユーザーによる7月7日の投稿が引用されており、そこには英語で次のように書かれている。

Green madness. Electric cars belonging to the city of Paris. No one will buy them because of the cost of the replacement battery. Who will dispose of this junk, especially the batteries?
(※筆者訳:グリーン(環境保護)の狂気。パリの電気自動車。交換バッテリーのコストのせいで、誰もこれらを買うことが無い。誰がこのガラクタを、特にバッテリーを処分するのだろうか?)

撮影場所は中国・杭州

同様の投稿に対しては、既に複数の海外メディアが検証しファクトチェック記事を公開している。

この写真は元々中国在住のインスタグラマーGreg Abandoned氏が2021年5月に投稿したもので、Twitter上に投稿された画像でも「@GREG_ABANDONED」の署名を見ることができる。Instagramアカウントは現在は非公開になっているが、USA Todayが本人に取材したところによれば、撮影場所は具体的には明かせないが中国だという。

「@GREG_ABANDONED」の署名(写真右下拡大)

ロイター通信では、写っている車を中国の電気自動車メーカー・康迪(Kundi)のものと推定。また、青色のナンバープレートもフランスではなく中国のものに似ている。

Lead StoriesAFP通信は、背景に写る木々や建物が2019年4月に中国・浙江省の杭州で撮影された写真と酷似していることを指摘。雑草の茂り具合が異なるものの、置かれた車の形なども一致しており、同一の場所と考えて良いだろう。

背景に中国カーシェアバブルか

この場所に車が放置されている理由については、香港の有力紙南華早報(South China Morning Post)の記事が詳しい。同紙によれば、車は杭州を中心に電気自動車のカーシェア事業を展開する左中右微公交(Microcity)が所有するもの。拡散された写真でも、車体に同社の中国語のロゴが見える。

「微公交」と見えるロゴ(写真中央拡大)

ただし、車を所有しているのは左中右微公交なので、実態はカーシェアというよりはカーレンタル事業だと南華早報は指摘している。

中国では近年シェアリングエコノミーの隆盛や政府補助金などにより電気自動車のカーシェア・レンタル事業が次々に誕生したが、安易な参入により経営に失敗し破綻する企業も少なくないという。左中右微公交も事業に行き詰まり保有する電気自動車を処分したのだろうというのが南華早報の見方だ。同社の事業が現在も継続しているのかは定かでない。

AFP通信の取材に対し左中右微公交の当時の責任者は、車はまだ使えるものもあり、他社へ売るなどするために一時的に置かれていると主張している。また、これらは旧式の車のため技術の向上に合わせて買い替えることになったのであって、バッテリーの自然発火は関係無いと述べている。なお、自然発火の話は、海外で「バッテリーの不具合による自然発火が放置の理由」とする噂が拡散されていたことからの言及である。

ツイートは不正確

改めて今回拡散されたツイートの内容について確認してみよう。

まず、この写真の撮影場所はパリではない。「パリの電気自動車(Electric cars belonging to the city of Paris)」という表現はやや曖昧だが、車の生産もカーシェアサービスの提供先も中国国内であってパリではないため、どの意味だとしても正しくない。

「バッテリー交換のコストが高すぎで捨てる方が早い」という部分も誤解を招く。車が放置されたのは、事業の失敗にせよ単なる買い替えにせよ、あくまで経営・運営上の要因によるのであって、バッテリーコストが主たる理由ではない。この事業者にとっては使わない車のバッテリーをわざわざコストをかけて交換する意味が無いというのは事実だろうが、電気自動車全般において同じ車を使い続けたい場合にバッテリー交換よりも新車を買い直す方が安いというわけではない。

結論

チェック対象のツイート内容は、一部が誤りで一部がミスリードである。この事業者がバッテリー交換にコストをかける選択をしなかったという意味では部分的に事実が含まれるとも言えるが、全体的には正確性が欠如しており「不正確」である。

(冒頭画像:当該ツイートのスクリーンショット。モザイク処理は筆者による)

InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。
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