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【アメリカ中西部通信③】学校で行われる本物さながらの「模擬選挙」(上)

【アメリカ中西部通信③】学校で行われる本物さながらの「模擬選挙」(上)

小・中・高生のための「模擬選挙(mock election)」と聞くと、どんな選挙を想像するだろうか。米国中西部ミネソタ州でも、2020年からYMCAと州務長官が共同で、「生徒による投票(Students Voting)」と呼ばれる模擬選挙を実施している。しかしその方法は、「模擬」とは呼べないほど本格的だ。模擬選挙当日、主催者の案内で開催校の一つを訪問させてもらった。「ミネソタ通信」をアメリカ中西部通信と改題しての3回目では、その様子をお伝えする。(写真提供:YMCA/文:柏木明子)

図書館に投票所

中間選挙を目前にした2022年11月4日。ミネソタ州のセントポール市にあるハイランドパーク高校の図書室の入り口には、続々と訪れる生徒の行列ができている。30人くらいだろうか。その先には、図書閲覧室脇の会議室に設けられた「投票受付」がある。受付で名前を登録すると投票用紙を渡される。受け取った生徒たちは各々「これ本物?」などと先生に尋ねながら、興味津々な様子で「投票所」に入っていく。

投票用紙は、本物と全く同様の様式。日本と違い、記名式ではなくマークシート方式。レターサイズの用紙に書かれているのは、知事選、州務長官、司法長官、州議会上下院選挙などの州レベルの選挙の候補者名だ。

投票所を覗くと、10ほどの投票ブースで仕切られた机で記入する生徒たちの背中が見える。書き終えた生徒は出口脇に置かれた「投票箱」に投票用紙を投函。「投票済み(”I’ve Voted”)のステッカーを受け取ると、教室に帰っていく。実際の選挙と全く同じ手続きだ。唯一違うのは、出口で選管役の先生が 「投票ありがとう(Thank you for voting!)」と生徒一人一人に声をかけているーことくらいだろう。

これは、2022年の中間選挙に合わせて実施された模擬選挙の一幕だ。

「生徒たちは、公民(としての活動を)しながら(by doing civics)公民を学んでいる(learning civics)のです」

そう説明したのは、主催したYMCAの「若者の声センター(The YMCA Center for Youth Voice)」事務局長のアンダーソン氏。「する(doing)」ということばを強調していたのが印象的だった。

「公民している」のは、この高校だけではない。同時期、ミネソタ州内の数百もの小・中・高校で同様の模擬選挙が実施された。

投票の習慣を身につける

「生徒による投票(Students Voting)」と呼ばれる模擬選挙は、2年に一度、実際の選挙と同時期に、州務長官のオフィスとミネソタ州YMCAの共催で実施される。日本と同様に、アメリカでも若い世代の低い投票率が懸念されている。こうした状況を背景に「民主主義社会における投票の重要さを学び、投票の習慣を成人になる前に身につけられるように」(州務長官)との目的で、ミネソタ州では2016年から実施されている。

現在のような体制で開催されるようになったのは、2020年の大統領選挙の年からだ。アンダーソン氏によると、成人になる前に投票の「練習」をした子供は、18歳になった時に投票する可能性が、同様の体験をしていない新成人よりはるかに高くなるという調査結果があるという。

一般的に、親が政治に関心が高く定期的に投票している家庭の子供は、そうでない家庭の子供よりも、投票の習慣が身につきやすいとも言われている。そうした観点からも、公立の学校において生徒が一律に体験できる模擬選挙は、意義があると言えるだろう。

約16万人の生徒が参加

驚かされるのはその規模だ。今回、ミネソタ州全体で315 校、約15万8千人もの生徒が参加した。選挙管理を担う州務長官のオフィスが直接関与し、ウェブサイトを通じて参加を呼びかけていることも大きいのだろう。長官自身も州内の学校を訪問し、投票の大切さを直接伝えている。

参加校にとって模擬選挙実施へのハードルが低いのも、広がる動きを後押ししているようだ。希望する学校側の負担が、極力増えないように設計されているからだ。「学校側の負担を増やすのではなく、教師が選挙について教える際の一助になるように」とアンダーソン氏は話す。

参加を決めた学校は、ウェブサイトを通じて申し込みをするだけだ。その際、州レベルで実施される知事選などや、州議会議員選挙から連邦議会議員選挙に至るまで、どの選挙に参加するかも選択する。その後、選挙の前月までに模擬選挙に必要な、投票所設立のための投票ブース、投票箱、投票済シールなど必要な資材一式が送られてくる(投票用紙はメールによる)。こうした場づくりにも気を配っているのは、生徒ができるだけ「リアルな」体験をすることが大切だと考えているからだ。投票当日には学校内に本格的な「投票所」が設営される。模擬投票を終えた学校は、投票結果を実際の中間選挙の日(11月8日)までに州務長官宛に報告する。

投票結果は公表

さらに本格的なのは、冒頭に書いた投票用紙に書かれた候補者だ。候補者は全て実際に選挙に出ている候補者だ。そして知事選に限っては、参加校全体の票が集計された最終結果が、実際の選挙と同様に翌9日、州務長官のウェブサイトに公表される点だ。

アンダーソン氏が強調するのは、こうした実践的な経験を通じて、生徒たちが選挙について「楽しみながら」学べるという点だ。「授業で先生の話を聞いて勉強することも大切です。ただ、時に退屈することもあるでしょう。でも『公民すること』は退屈しません」。

実際、この模擬選挙は退屈どころか、興味を持てるように工夫されている。第一に、 前述したように本格的な投票ブースや投票箱、そして本物と同じ投票用紙の活用だ。今の子どもたちは、昔の子どもよりも(心身共に)成熟しているので、いくら「模擬」と言っても「極力現実に近い」ことが生徒の関心を引くために重要だという。

加えて、投票を済ませた生徒は、大人の場合と同様に「投票しました(”I’ve Voted”)と書かれたシールをもらう。生徒たちがシールをうれしそうに受け取り、「しっかり責任を果たしたぞ」という自信に満ちた表情を見ると、アンダーソン氏は、模擬選挙を続けてきてよかったと、手応えを感じるという。

開票結果の公表にも、生徒が関心を持てるような工夫が感じられた。投票した結果の詳細データが可視化されるからだ。候補者の得票数は、地域や市ごとだけでなく学校別まで細かに集計され、州務長官のホームページに掲載される。そのため、隣の学校との結果比較さえも容易にできる。実際に得票率は学校ごとに違いがある。大人にとっても、親子の投票傾向の違いが細かく可視化されるので、結果は興味深い。何よりも、生徒たちはこうした候補者選び、投票、開票という一連のプロセスを通じて、1票の重みをリアルに感じることができる。

アメリカの草の根の民主主義を見た思いがした。次回は、模擬投票に向けた学校の取り組みを伝える。

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