
オーストラリアで医師に「子宮頸がんはウィルスで感染するものではないというのが最近の考え方だからワクチン意味ない。毎年検診なんて必要ない。」と言われたとする情報がSNS上で拡散した。発信者がオーストラリアの医師からそう言われたこと自体は、ファクトチェックの対象ではない。個人の体験だからだ。そうした事実はあったのだろう。ただ、子宮頸がんへの対応は極めて重要であり、InFactではこの発信を基に子宮頸がんのオーストラリアでの対策などを調べてみた。
対象言説
「子宮頸がんはウィルスで感染するものではないというのが最近の考え方だから💉意味ない。毎年検診なんて必要ない。(オーストラリア医師)」(X2024/06/03)
結論
オーストラリアは子宮頸がん予防先進国であり、ワクチン接種率、検診の受診率ともに日本より高い。
ファクトチェックの詳細
対象言説は個人の体験であり、このファクトチェックはそれ自体を問題にするものではない。発信者はそうした体験をオーストラリアでしたのだろうと思われる。このファクトチェックは、この内容を基に、では、実際にオーストラリアではどのように子宮頸がんに対応しているのかをファクトチェックするものだ。
子宮頸がんの要因 HPVとは?
日本の国立がん研究センターによると、子宮頸がんの要因として、95パーセント以上はHPVによる持続的な感染が原因とされている。HPVとはヒトパピローマウィルスのことであり、性交経験を有する女性の大半が生涯に一度は感染する。感染すること事態は一般的なことであり、1年から2年以内で自然消滅するが、一部は持続的な感染などによりがんの発症リスクを高めることに。HPV検出率は、10代から20代が20%前後で最も高い結果が出ている。 オーストラリアにおいてはどうだろうか。オーストラリアの厚労省に当たるAustralian Government Department of Health and Aged Care(AIHW)はHPVについて以下のように述べている。
“HPV is a common virus that is spread through sexual contact. HPV infection can be serious. It can cause cancers, including cancer of the cervix, vulva, vagina, penis and anus, and some head and neck cancers.”
「HPVは、性行為を通じて感染する一般的なウィルスです。HPV 感染は重篤になることがあります。子宮頸がん、外陰部がん、膣がん、陰茎がん、肛門がん、一部の頭頸部がんなどのがんを引き起こす可能性があります。」*
次に、HPVに起因する子宮頸がんの年齢標準化罹患率(2020年)をもとに各国の現状を見ていくと日本以外の国は10%を下回る数字となっている。日本では近年患者数・死亡者数ともに上昇傾向にあり、日本の罹患率はG7内で最も高い割合となっている(HPV info)。
カナダ5.5%. ドイツ 7.6%.
オーストラリア 5.6%
アメリカ6.2%. 日本 15.2%
なぜ諸外国は日本に比べて、低い罹患率となっているのか。主にオーストラリアにおける子宮頸がん予防の対策をについて調べを進めていくと、まず日本と大きく異なる点としてワクチン接種率と定期検診の受診率が挙げられる。
HPVワクチン接種率
オーストラリアでは、女性だけでなく男性へのHPVワクチン接種を推奨している。
(女性)2021:81.8%, 2022:79.7%, 2023:85.9%
(男性)2021:78.7%, 2022:76.1%, 2023:83.4% (AIHW)
諸外国の接種率(2021, 厚生労働省)
カナダ87%
アメリカ61%
ドイツ47%
日本1.9%(2019)
定期検診
オーストラリアの場合 AIHWの「全国子宮頸がん検診プログラムモニタリング報告書」によると、2018年から2021年において25歳から74歳までの4200万人以上が子宮頸がん検査を受け、この参加率は対象人口の62%と推定される。検査の方法と頻度は5年に1度、子宮頸部細胞診検査(CST)が行われている。
“The CST is an HPV test, followed by a liquid-based cytology (LBC) test if oncogenic HPV is found.”
「CSTは、人間パピローマウイルス(HPV)検査に続いて、がんを引き起こすHPVが見つかった場合に液体ベースの細胞診(LBC)検査が行われます。」*
日本と諸外国の定期検診受診率(2023年7月時点)
日本:子宮頸部細胞診 2年に1度 受診率43.7%
ドイツ:子宮頸部細胞診とHPV検査の併用 3年に一度+HPV検査 毎年 受診率77.9%
※検査方法は大きく分けて2種類あり、1つはHPV感染の有無を調べるHPV検査と2つ目は子宮頸部の細胞を採取し検査を行う子宮頸部細胞診である。また細胞診は従来の直接塗沫法(CST)と精度のより高い液状化検体法(LBC)に分かれる オーストラリアでは、2022年7月から従来のCSTに加えて対象者に自己検診の選択肢も提供している。自己検診の場合、検診日を過ぎてしまった場合やプライバシーに配慮した検診を行えるためこれまでに検診を受けたことのない人にも有効となっている。
子宮頸がん予防先進国のオーストラリア オーストラリアでは子宮頸がんを最も予防可能ながんの一つと認識し、WHOのグローバル目標に加えて独自の子宮頸がん予防戦略目標を掲げている。AIHWによる「オーストラリアにおける子宮頸がん撲滅のための国家戦略」からいくつかのものを以下に挙げる。
・Extending the 90% HPV vaccination target to include boys as well as girls(p.3)
・Extending the 70% cervical screening target to 5-yearly (P.3)
・Collect, use, and release data to enable and monitor equity of access to cervical screening and pre-cancer treatment services (p.19)
・Optimise the delivery of school-based HPV immunisation programs in all jurisdictions to maximise equity and achieve high coverage for students from CALD backgrounds(p.35)
・各州で学校ベースのHPV予防接種プログラムの提供を最適化し、公平性を最大化して高いカバレッジを実現する
・子宮頸部スクリーニングと前がん治療のアクセスの公平性を実現および監視するためにデータを収集、使用、公開する
・すべての対象者が5年ごとにスクリーニングを受ける割合が70%以上
・90%のHPVワクチン接種目標を、女の子だけでなく男の子にも拡大する *
国家的制度作り
全国がん検診登録(NCSR)は検診記録を全国データベースで管理し、対象者に検査・定期的な検診を促し、また医療関係者に検査以外のセーフティーネットの構築を支援することを目的として存在している。
また定期的な検査を重要視し、全国子宮頸がん検診プログラムNCSP(HPVの存在を確認するための検査)を1991年から実施。HPVワクチンを接種しても子宮頸がんを引き起こす可能性のあるすべての種類のHPVを予防できないため(ガーダシル9の場合、子宮頸がんの原因となる最大9種類、約70%のHPVを予防)接種後の、定期的な子宮頸がん検査を受けることを奨励しているhttp://〈https://www.health.gov.au/our-work/national-cervical-screening-program/about-the-national-cervical-screening-program〉。
NCSPと並行して国家予防接種プログラムも行われている。これは12歳から25歳までの全ての人へのHPVワクチン無料接種を提供するものであり、特にHPVワクチンの効果を最大限有効にするため12〜13歳からのHPVワクチン接種を積極的に進め、全国の学校におけるHPVワクチン接種の機会を確保し、5人に4人の子供がこのプログラムを通じてワクチン接種を受けているhttp://〈https://www.hpvvaccine.org.au/hpv-vaccine〉。
オーストラリアにおける定期検診とHPVワクチンの有効性
AIHWの「オーストラリアにおける子宮頸がん検診とHPVワクチン接種の時代における子宮頸がんと異常結果の分析」によると、子宮頸がんに罹患した女性の70%以上が、検診を受けたことのないまたは中断した人であったことが明らかになった。そもそも子宮頸がん検診は、がんになる可能性のある前がん性の異常を検出し、治療することを目的としているため、子宮頸がんに罹患したほとんどの女性が早期発見・治療の機会を逃していたことになる。これは以下のデータでも明らかになっている。
2002~2012年に20歳から69歳の女性で診断された子宮頸がん6897件のうち、
3511人(51%)は一度も検査を受けたことのない女性、対して354人(5%)は子宮頸がん検診で発見された。また検診で発見された子宮頸がんは、2015年12月31日(追跡調査終了日)までに、検診に未受診であった女性で診断された子宮頸がんに比べて死亡リスクが77%低いことがわかった。またHPVワクチン接種を行なった女性20〜24歳、25〜29歳は、未接種の女性に比べてそれぞれ13%検診への参加率が高かった。両年齢層において、ワクチンの接種回数が増えるにつれて子宮頸がん検診への参加も増加した(2013〜2014年)。
以上から、オーストラリアでは子宮頸がんをHPVの感染により引き起こされる病気であり健診とワクチンにより撲滅できる病気とし、独自のがん検診管理システムの構築により、国民に広く定期検診の重要性を認識させた。5年に1度の定期検診の実施と10代からのワクチン接種の積極的推奨により、子宮頸がんの罹患率は世界でも圧倒的な低さであり、進んだ子宮頸がん予防を成功させたといえる。また定期検診の頻度とワクチンの接種率を加味して国別の罹患率を見ると、通常の場合検診を5年に1度と設定しているオーストラリアが毎年HPV検査受診を奨励しているドイツより子宮頸がん罹患率が低い背景には、HPVワクチンの接種率がドイツの約2倍という高水準を保持していることも一つの要因として考えられる。このような現状から子宮頸がんは、ウィルスによるものであるという考えのもと、定期検診とワクチン接種により一定の予防効果を示すと言える。
(浦田芳乃)
(編集長追記)
個人の体験はファクトチェックの対象ではない。対象言説の発信者は、実際にオーストラリアの医師に言われたことを書いたのだろうと考える。ただし、医師が勘違いをしていることもあり得るし、誤って伝えられることもあり得る。今回はXに書かれた個人の体験ではなく、その内容の基礎となった部分をファクトチェックしたものだ。その結果はXの内容とは異なるものだが、それでも個人の体験を否定するものではないことは指摘しておきたい。