ウクライナ戦争はドローンの多様など、戦争の仕方を変えたとも言われている。しかし変わったのは戦争の仕方だけではない。テレビの報道も変えている。新田義貴が現場からその状況を報告する。(取材/写真・新田義貴)
今回の取材のクライマックスは、戦闘の最前線ウクライナ東部からのテレビの衛星生中継であった。ちょうど開戦2年にあたる2月24日が土曜日であり、TBS報道特集の放送日と重なる。
出発前から現場から生放送する手段を探っていた。かつてはテレビの衛星中継ではAPTNやロイターなどの国際回線業者の中継施設から通信衛星を利用して行うのが定番だったが、さすがにドンバス地方のような戦闘の最前線では危険が大きすぎ、こうした衛星回線業者はサービスを提供していない。ところがここ数年でこうした常識を一変させる技術革新が起きた。その中心人物こそが、米国の電気自動車(EV)メーカー「テスラ」のCEOであるイーロン・マスク氏だ。マスク氏が創設した宇宙開発企業「スペースX」が2020年に運用を始めた衛星インターネットサービス「スターリンク」の登場である。
スターリンクとは、550キロほどの低い高度の軌道に数千機もの通信衛星を飛ばし、たとえ通常の電波が届かない僻地であっても地球上のほぼ全域でインターネット接続を可能にするサービスだ。従来の静止衛星は高度3万6千キロ以上の軌道を周回し、回線速度も遅く通信の遅延も生じやすかったのに比べ、スターリンクは高速で遅延の少ない通信を実現する画期的サービスである。ここ数年で世界中に爆発的に広がり続けている。2022年2月、ウクライナに侵攻したロシア軍は空爆などで通信インフラを意図的に破壊した。これに対しマスク氏はウクライナに無償でスターリンクのサービスを提供することを発表。すぐに数千の通信端末をウクライナに送った。ウクライナでは今、戦闘地域での軍の作戦にスターリンクが大いに活用されている。特にドローンの偵察飛行には欠かせないという。軍だけではない。市役所や病院、学校など公共施設のインターネットもスターリンクに支えられているのだ。
僕は今回日本を発つ前からこのスターリンクを使って戦闘地域から中継を行うことを考え準備を進めていた。まず現地に暮らす写真家の尾崎孝史さんに専用の衛星通信端末の購入と通信契約を事前にお願いした。通信端末は日本円でおよそ9万円、通信契約は月額1万5千円ほどだ。
前述の衛星回線業者を使って数分の生中継をすると、リハーサルなどの時間も含めると回線料金としてかなりの高額を見積もらなければならない。それに比べるとこの金額で生中継ができることは画期的だ。2月18日、スロビヤンスクに到着した僕らはさっそくスターリンクのテストをすることにした。通信端末の梱包を開くと、中にはソーラーパネルのようなアンテナとルーターが入っていた。
さっそく組み立ててホテルの前に設置して接続テストを試みる。iPhoneにダウンロードしたスターリンクのアプリを開き、空のほうに向けて衛星を探す。iPhoneが衛星を見つければその方向に向けてアンテナを固定する。しかしなかなかうまくいかない。生中継は5日後だ。失敗は許されない。翌日、町中にある携帯ショップを訪ね店員に相談した。店員は親切にスマホの設定をやり直してくれた。ショップの前の路上にアンテナを置いて再びテスト。iPhoneの「使用可能なネットワーク」に、ようやくスターリンクが現れた。ほっと胸をなで下ろす。お礼に部屋で使う小さなデスクライトなどを購入し店をあとにした。
さらにもうひとつの課題は電源だ。今回の中継場所として考えていたのは僕らが到着した夜にロシア軍による空爆を受けたスロビヤンスク第2小学校の校庭だった。校舎は破壊されているため電源を取ることはできない。スターリンクを使うには、アンテナとルーターに電源を供給する大容量のバッテリーが必要だ。いろいろ検討したあげく、通訳のセルヘイがウクライナ軍と連絡を取ってくれ、特別に貸してもらえることになった(下写真)。これでひとまず準備は整った。
2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して2年の節目の日。僕らはスロビヤンスク第2小学校からのTBS報道特集の生中継に臨んだ。破壊された校舎をバックに僕が立つ。スターリンクに接続された僕のiPhoneが中継用カメラとなり、操作するのは尾崎さんだ。iPhoneから東京のスタジオにいる膳場貴子キャスターの呼びかける声が聞こえた。
「それでは爆撃のあったウクライナの学校の近くから伝えてもらいます。新田さん!」
僕は破壊された校舎を指し示しながら、1名の用務員が犠牲になった爆撃の状況を説明。そして、1分半ほどの中継リポートを次のようにしめくくった。
「今年はロシアによる軍事侵攻から2年の節目ですが、同時に、ウクライナの人々が民主化を求めたマイダン革命、それに続くロシアによるクリミア侵攻、そしてウクライナ東部でのドンバス戦争から10年でもあります。ここウクライナ東部ドンバス地方の人々は、10年にわたり戦時下での暮らしを強いられています。1日でも早く元の平和な暮らしを取り戻したいというのが人々の心からの願いです。」
僕がリポートをしている最中、空爆の犠牲になった用務員さんが可愛がっていた犬が現れ、夢中になって話している僕のまわりをうろうろと歩き回った。きっと、亡くなった飼い主に代わって、ウクライナの人々の悔しい思いを日本にきちんと届けてほしいと、僕を励ましに来てくれた…僕はそう信じている。
マスク氏が世界に先駆けて開発したスターリンクのおかげで、現場から思いを込めたリポートを生中継することができた。そのマスク氏は新たに誕生するトランプ政権で政府効率化省を率いることが発表されている。「ウクライナでの戦争を終わらせる」と豪語するトランプ大統領の下でマスク氏はどのような施策を進めるのか。もしマスク氏がウクライナへのスターリンクのサービス提供を中止するようなことになれば、この戦争はかなり厳しいものとなるだろう。マスク氏の今後の動きが、ウクライナの人々の希望を裏切らないものとなることを願いたい。
(つづく)