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【総選挙Fact Check】高市早苗氏が指摘する小型核融合炉の利点はミスリード

【総選挙Fact Check】高市早苗氏が指摘する小型核融合炉の利点はミスリード

指摘する

自民党の政務調査会長という要職に就いた高市早苗議員。自民党総裁選挙中に、小型核融合炉の実用化を推進するための重点的な資金の投入を提言している。その際に高市氏が小型核融合炉の利点として挙げている点についてファクトチェックした。その結果はミスリードだ。(山崎秀夫)

チェック対象
【対象言説】小型核融合の利点には、ウランやプルトニウムでなく重水素とトリチウムを使用し放射性廃棄物を出さない、電気が止まると自動的に運転が停止する、コストの面で高効率の発電設備であるの3つがある。
(2021年9月21日実施の地方紙11紙合同インタビュー 京都新聞9月21日掲載
結論
ミスリード】利点として挙げられている3点に於いて重要な事実が欠落しており誤解を生じさせる内容となっている。


核融合との仕組みと特徴

先ず、核融合炉について説明する。高市氏が言う「小型核融合炉」には、炉の形式や大きさ(サイズと出力)が示されていないので、一般的に構想されている核融合炉について述べる。

太陽で核融合が起きていることはよく知られている。4個の水素原子が核融合してヘリウム原子となり、その時に2個の陽子が放出される。

この陽子は太陽風と呼ばれる放射線で、地球にも飛来している。しかし、この核融合はエネルギーレベルが高く、地球上で実現することは難しい。そこで相対的に低いエネルギーでも核融合が起きるD-T反応を使う。これは重水素(D)とトリチウム(T)が融合してヘリウムが生成する核反応である。この反応では高エネルギーの中性子が1個放出される。反応前の重水素(陽子と中性子が各1個)とトリチウム(陽子1個と中性子2個)を合わせた質量と反応後に生成したヘリウム(陽子と中性子が各2個)と中性子1個を合わせた質量を比べると、反応後の質量が少しだけ軽くなる。

この失われた質量がエネルギーとして放出され、われわれはそのエネルギーを利用することになる。同じ重さで比べた場合、D-T反応による核融合はウラン核分裂の4.5倍、石油燃焼の800万倍のエネルギーを放出する。D-T反応を起こすために多くの方法が提案されている。いずれの方法でも重水素原子とトリチウム原子の周りに存在する電子を取り去り(これをプラズマという)、プラスに荷電した重水素原子核とトリチウム原子核を融合しなければならない。プラス電荷の原子核同士を結合するためには莫大なエネルギーを必要とする。

核融合を起こすために投入したエネルギーと放出したエネルギーの比をQ値と言い、この値が1を超えないと核融合炉はエネルギー源として使えない。実用化に最も近いと言われているのは磁気封じ込めによるトカマク型炉と慣性封じ込めによるレーザー核融合である。これらの装置は強力な磁場やレーザー光をつくるためにかなり大型であり、またエネルギーの取り出しや中性子遮蔽のための設備も大きくなる。一時期、常温核融合が注目されたが、その後は顕著な成果は上がっていない。

核融合炉の大きさと出力

後述するITER(イーター)では出力500MW、Q値10(投入したエネルギーの10倍の出力が得られる)を目標に研究、開発、建設が進められている。プラズマを閉じ込めるドーナツ状の真空容器は高さ11m、外径19m、その壁は二重構造でそこに冷却材が流れる。強力な超伝導磁石による磁場で真空容器の中に超高温高密度のプラズマを閉じ込め、核融合を実現する。真空容器の外側にはプラズマを加熱、浄化する装置が取り付けられる。さらに中性子の遮蔽や徐熱のために大きさ1.6×1.2×0.45m、重さ約4トンの遮蔽ブランケットが420個設置される(真空容器自身の重さは約5,000トン)。燃料となるトリチウムは遮蔽ブランケット中で核融合により放出された中性子を重水素に照射して作る(重水素は天然水に含まれる)。ちなみに福島第一原発3号炉の圧力容器は高さ22m、直径5.6m、熱出力は2,380MWである。

以上は、議論の前提となる説明だ。では、次に高市氏の発言のファクトチェックを行う。

核融合炉は放射性廃棄物を出さないのか?

高市氏は「重水素とトリチウムを使用し放射性廃棄物を出さないこと」と発言している。確かに、核融合炉は放射性物質を発生しないきれいな炉であるとしばしば喧伝される。しかし、D-T反応で発生した中性子は装置や建屋の構造材と核反応を起こして大量の中性子誘導放射性核種が生成する。

少し説明が必要だ。

核融合炉では現在の原発で使われている核分裂炉のような放射性の核分裂核種(例えばセシウム137のような)は生成しない。しかし、核融合では強力な中性子が発生するので、核融合炉の構造材中のいろいろな元素が中性子を吸収して放射性核種に変換さる。例えばコバルト60がそうだ。これら放射性核種は核融合炉の構造材中に含まれるので、最終的には核融合炉廃炉時に放射性廃棄物となる。もちろん、放射性核種が生成しないように構造材の素材は吟味されているがゼロにはでない。

一方で、核融合炉が破壊的な事故を起こしたとしても、福島第一原発の時に起きたようなヨウ素やセシウムのような揮発性の放射性核種が環境に放出される可能性はトリチウムを除けばほとんどないと考えて良い。

そして中性子だ。核融合炉の中性子は炉の周りで遮蔽されるが、中性子が完全に遮断できるわけではない。その炉から漏れた中性子が環境中で放射性核種を生成する可能性は否定できない。JCO事故の時には漏洩した中性子によって周辺の一般家庭の食塩中のナトリウムや装飾品の金が放射化されている。

つまり、核融合炉は核分裂炉のような核分裂生成核種は生成しないが、放射性物質(廃棄物)が大量に発生する点は核分裂炉と変わらないということだ。

また、放射性核種であるトリチウムを燃料として大量に使うことを認識する必要がある。後述するITERでは炉内に約1kg、予備も入れて施設全体で4kgのトリチウムが使われる予定である。既述のように、このトリチウムは運転中の遮蔽ブランケット内で重水素から製造する。トリチウムは現行の原子力発電所や核燃料再処理工場から制御できないまま大量に放出されているが、核融合炉ではトリチウムを制御して使わなくてはならない。

福島第一原発事故による汚染水の海洋投棄における「既設の原発や再処理工場からも大量のトリチウムが環境に放出されているのだから、汚染水を海洋投棄しても問題ない」というロジックの妥当性については議論を進める必要がある。トリチウム4kgは1.42×1018Bq(1,420PBq)に相当する。東電や経産省が推計した、福島第一原発構内に保管されている汚染水中のトリチウム量約1PBqと比べれば、ITERで使用するトリチウム量が桁違いに大量かがわかる。そしてその莫大なトリチウムを制御しながら使うことができるのか、科学的に詳細な検証が必要である(トリチウムは水分子となって環境中を拡散するので制御が難しい)。

なお、ITERでは敷地外における線量目標値として平常運転時に0.1mSv/年、事故時に100mSv/年としている。この線量評価については様々な意見があり、その安全性解析がおこなわれている。さらに、トリチウムの生体影響については保健物理学の分野で評価が分かれており、明確な安全性の確認ができていないことにも注意しなければならない。

電気が止まると自動的に運転が停止と言えるのか?

磁気封じ込め型核融合炉の電源喪失は、最終的には超電導磁石のクエンチング(磁場の消失)の際に炉がどのように挙動するかの問題となる。磁石の超電導が破れるとコイルが抵抗として作用するので温度が急上昇し、最悪の場合は冷却材の液体ヘリウムが急激に気化して爆発する可能性が指摘されている。冷却系が停止すると核分裂炉と同様に徐熱の問題も無視できない。

このような事象では大量のトリチウムが環境に漏洩することを考慮しなければならない。クエンチングにより超電導磁石自身が破壊する可能性も指摘されている。

慣性封じ込めによるレーザー核融合では、燃料となる重水素とトリチウムの混合ペレットに強力なレーザー光をごく短時間のパルスで照射して高温高密度状態をつくり、D-T反応を起こす。レーザー光発生装置の効率が極めて悪いので(1%程度)、実用的にはイオン加速器を使った慣性封じ込めが検討されている。その場合にも電源喪失に伴う徐熱や加速器電源制御の問題は検討しなければならない。

どのような形式の核融合炉でも電源喪失で「自動的に運転が停止する」と断言することはできない。

コスト面でも高効率とは断言できるのか?

いずれの形式の核融合炉も研究開発段階であり、定常運転実績も発電実績もない。核融合発電のコストを想定する段階には至っていない。つまり「コスト面でも高効率」と断言できる材料は現時点では無い。

核融合炉の研究開発はどこまで進んでいるのか

高市氏の核融合に関する指摘が現状と乖離していることを理解するために、最も研究開発が進展しているITER(国際熱核融合実験炉)の進捗状況を簡単に紹介する。

ITERプロジェクトは1985年にレーガンとゴルバチョフによる核融合エネルギー平和利用の国際協力に関する合意によってスタートした。装置の設置場所については様々な経緯があった。最終的には日本(六ケ所村)とフランスが候補に残ったが、2005年にフランス南部のカダラッシュにトカマク型磁気封じ込め核融合炉が建設されることになった。出力500MW、Q値が10の時には8分程度のパルス運転、5の時には連続運転を目標に研究開発と装置の建設が進行している。現状では施設建屋やトカマク炉本体の設置はほぼ完了している。2025年に運転開始(プラズマの生成)、2035年にD-T反応による核融合開始を目指している。プラズマの生成から核融合の開始まで10年の工程を見込んでいるのは、解決すべき技術的課題が山積していることを意味する。

現在、このプロジェクトには日本、EU、インド、中国、ロシア、韓国、米国の7か国が参加している。当初の予定では建設、運転に100億ユーロ(現レートで約1.3兆円)が見込まれ、わが国はその20%程度を負担することになっていた。令和2年度の文科省予算案ではITER計画に対して16,494百万円が算定され、これは当該年度のITER費用(建設費)の9.1%に相当する。ちなみにEUが45.5%、他の参加国がそれぞれ9.1%を分担することになっている。核融合関係予算としては、JT-60SA(1985年に稼働した超電導トカマク装置JT-60を改造し、2020年からSAとして運用している・那珂市)などにも4,854百万円が上程されている。

このファクトチェック結果について高市早苗議員の公式サイトにある「お問い合わせ」を通じて質問を出しているが10月29日現在で回答は無い。

【筆者略歴】近畿大学大学院(博士後期課程)修了後に同大理工学部助手を経て近畿大学教授(総合理工学研究科)。理学博士(無機化学)。アリゾナ大学客員研究員(90年7月~91年9月)。311後の放射線の調査などで、NHKスペシャルなどでのコメント多数。18年3月に近畿大学退職。著書に「Radioactive Contamination of the Tokyo Metropolitan Area -Five Years after the Fukushima Nuclear Accident (2020, Springer)」など専門書の執筆多数。第22回環境化学学術賞(2013)、新化学技術研究奨励賞(2014)、第23回環境化学論文賞(2016)、第16回環境技術論文賞(2016)など受賞歴多数。

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