オランダの大学でヨーロッパの政治や現代史を学ぶ佐藤翠は、今年1月、世界がコロナ禍に見舞われて以来、初めてウインタースポーツの本場スイスのスキー場を訪れた。そこで体験したコロナ対策には、大学時代を過ごしたオランダとも違う、スキー天国ならではの驚きがあった。現地からの最新のルポだ。(文・写真 佐藤翠)
コロナ禍のスキー場へ…
2022年1月7日早朝、私はスイス北部のチューリヒから、友人が運転する車に乗り、西部ベルン州にあるスキー場に向かった。
雪を被ったアルプスの山々に目を奪われながら車に揺られること約2時間、私たちは目指していたスキー場に到着した。その日は天気予報に反して晴れ間が広がった。到着したのは午前10時だったが、駐車場にはすでにかなり多くの車が停まっていた。
私たちは、早速、スキー板を担いでゴンドラに向かった。到着した乗り場の入り口で先ず目に入ったのは、注意書きの看板。
「ゴンドラ内ではマスクを着用するように」
にもかかわらず、周りを見回すとマスクを着用している人は一人もいない。ネックウォーマーで申し訳程度に口、場合によっては鼻も隠しているくらいだ。監視員は、特に気に留めていない様子だった。
「去年スキー場に行った時も、マスクを着けている人は全然いなかった。ネックウォーマーの下にマスクをするのは息苦しいし、いちいちマスクをつけ外すのは面倒だからだと思う」
とスイス人の友人は苦笑い。
確かに、リフトやゴンドラに乗るたびに、かじかんだ指先でマスクを着用するように利用者に求めるのは現実的ではないかもしれない。しかし、別のグループの人たちと乗り物内で一緒になった際、少し不安に感じたのも事実だ。
なお、「1つの乗り物に1グループだけ」という注意書きは目にしなかった。
他国で必要な証明書がスキー場ではいらない?
ヨーロッパ各国では、映画館などのレジャー施設や飲食店などに入場する際に、ワクチン接種の有無やPCR検査や迅速検査の結果などを反映し、EU域内で共通して使える「EUデジタルCOVID証明書」の提示が求められる。スイスやオランダも例外ではない。
2021年の秋頃までは、「EUデジタルCOVID証明書」のうち「ワクチン接種証明書」「コロナウイルスから回復証明書」「陰性証明」のうち少なくとも1つの掲示が義務づけられた。秋から冬以降は更に厳しくなり、「陰性証明」を認めず、「ワクチン接種証明書」「コロナウイルスから回復証明書」のどちらかの提示を義務付ける国が増えていった。
スイスでも、少なくとも12月中旬には、人が集まるイベントであれば、屋外であっても証明書の提示は義務化されていた。実際に私自身がチューリヒで開かれたクリスマスマーケットを訪れた際には、証明書を見せるため、寒空の下、長蛇の列に20分以上並ばされるという経験をした。
ところが、今回、スキー場に入場する際や、ゴンドラやリフトなどの乗り物を利用する際には、証明書を提示する必要はなかった。実は、ワクチンが開発されておらず、隣国がスキー場を閉鎖した昨シーズンでさえ、スイスはスキー場を開放し、愛好者にスキーの機会を提供し続けた。スキー大国・スイスならではの開き直った対応だと感じた。
因みに、スイスはドイツと同じで連邦制を取っており、最終的にスキー場を開放するかどうかは、各州の判断に委ねられる。しかし、国がスキー場の閉鎖を決めず、スキー目的で越境する周辺国のスキーヤーたちのスキー場の利用すら拒否しなかったことで、スイス政府は隣国から批判された。
とはいえど、今回訪れたスキー場のレストランでは、街の飲食店と同様、証明書を確認されたし、席を外す際にはマスクの着用を求められた。利用したレストランの1つでは、証明書の提示済みを示すリストバンドを付けられた。そのレストランの地下1階には、誰もが利用できるトイレがあったため、証明書を見せずに2階にあるレストランに移動する者がいないように念を入れたのだろう。1階の入り口付近には証明書を確認する係員が座り、人の移動をダブルチェックできる体制になっており、その徹底ぶりに驚かされた。
一方で、対策の緩さを感じた点もあった。スキー場に複数ある休憩所は、一つを除いて全て閉鎖されていた。人の密集を防ぐための施策なのかもしれないが、逆に荷物置き場で肩を寄せ合って暖を取ったり、持ってきたサンドウィッチなどを食べたりする人の姿が目立ち、密になっていた。そのため、「複数の休憩所を開放し、人を分散させた方が密を防げるのでは」と感じた。
スイスの街中でも…
この冬は、スイスで数週間以上を過ごした。スイスで生活してみて驚いたことは、週末にスキー板やスノーボードを持ってトラムや電車に乗り込んでくる人の多さだ。日本の10分の1程度の人口(800万人程度)で、2022年1月以降の1日の新型コロナウイルス新規感染者数が軒並み2万人以上を超えるにもかかわらず、スキー場に足繁く通う人たちは尽きないように見える。
しかし、すべてのスイス人がコロナ禍でもスキーを楽しんでいるというわけではないようだ。
一緒にスキーに出かけたスイス人の友人は、
「私の父親は、『新型コロナウイルスに感染するのが怖いから』と言って、昨シーズンから一度もスキーに行ってないよ。以前は、毎年のようにスキーをしていたのに」
と話してくれた。
コロナ禍にありながら、スキー場への入場の際に、ワクチン接種の有無さえ問われなかったスイス。スキー天国・スイスは、本格的なシーズンの到来に合わせて、観光客を呼び込むために入国制限さえ緩めていると指摘された。一体どういうことなのか、また頻繁に変わるスイスの入国制限の実情について、実体験を踏まえてルポしたい。