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【FactCheck】ワクチン接種時の「心筋炎・心膜炎」の頻度は、新型コロナ感染時よりも低いのか?

【FactCheck】ワクチン接種時の「心筋炎・心膜炎」の頻度は、新型コロナ感染時よりも低いのか?

厚生労働省は、「新型コロナウイルス感染症により心筋炎や心膜炎を合併する確率は、ワクチン接種後に心筋炎や心膜炎を発症する確率と比較して高い」と説明している(参照)。しかし、この説明には政府の専門部会からも問題点の指摘が出ており、誤解を招くミスリーディングなものだ。(田島輔)

チェック対象
(冒頭写真の図を基に)感染症による心筋炎・心膜炎の頻度に比べると、ワクチン接種後に心筋炎・心膜炎になる頻度は低いことがわかっています
(厚生労働省「10代・20代の男性と保護者の方へお知らせ『新型コロナワクチン接種後の心筋炎・心膜炎について』」)
結論
【ミスリード】 新型コロナ感染後の心筋炎・心膜炎の発生頻度が「100万人あたり834人」であることは、あくまでも発生頻度の「目安」であり、ワクチン接種後の心筋炎等の発生頻度と統計的に比較できるものでもない。

ワクチン接種での「心筋炎・心膜炎」リスク
2021年の10月15日、厚生労働省は、新型コロナワクチン接種後に10代・20代の男性で心筋炎・心膜炎が発生することについて、注意喚起するリーフレットを発行した。

リーフレットに掲載されている図(冒頭写真)では、心筋炎・心膜炎の発生頻度は、新型コロナのワクチンを接種した後よりも、新型コロナウイルスに感染した時の方が圧倒的に多いこととなっている。

具体的には、ファイザー社製ワクチンが10代で100万人あたり3.7人、20代で100万人9.6人。モデルナ社製ワクチンは、10代で100万人あたり28.8人、20代で100万人あたり25.7人であり、新型コロナウイルス感染後の心筋炎・心膜炎発生頻度は、日本で100万人あたり834人との説明だ(下のリーフレットの赤枠内参照)。

このリーフレットは、2022年3月3日現在でも厚生労働省のサイトに掲載されている(参照)。

しかし、掲載されている図は、ワクチン接種後とウイルス感染後の心筋炎・心膜炎の発生頻度を正確に比較したものとは言えない。


図の出典として記載されている、第70回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会の資料を精査してみよう(参照)。

ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎
まずは、ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎の発生頻度から確認する。

副反応検討部会の資料(参照)では、ファイザー社ワクチンについては、男性のうち10代で7件・20代で20件の心筋炎・心膜炎疑いの報告があり、100万人接種あたりの報告数は10代は3.69人、20代は9.62人と記されている(赤枠内参照)。


また、モデルナ社ワクチンについては、10代で13件・20代で47件の心筋炎・心膜炎の疑い報告があり、100万人接種あたりの報告数は10代で28.83人、20代で25.65人であり、リーフレットのグラフの記載と一致する。

第70回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会資料7P・8P

これを上記のワクチン接種後の心筋炎等の発生頻度と、国内における新型コロナ感染後の心筋炎・心膜炎の報告頻度とされる数値(100万人あたり834人)と比較しているわけだ。


下の資料が、新型コロナ感染後の心筋炎・心膜炎疑いの報告頻度の根拠となるものだが、この資料の数字を根拠として、現実に「感染症による心筋炎・心膜炎の頻度に比べると、ワクチン接種後に心筋炎・心膜炎になる頻度は低い」と断言することはできない。以下、その理由を列挙する。

第70回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会資料30P

①比較対象は適切なのか?
まず、上記資料のタイトル部分を確認してみよう。タイトルは、「国内の新型コロナ感染症の入院患者における心筋炎関連事象について」となっている。
そのため、この資料から分かるのは、「新型コロナウイルス感染症と診断され、入院した症例」の中で、15歳から40歳未満の男性100万人あたり834人の心筋炎・心膜炎が発生したことだけだ。

そもそも、新型コロナウイルスに感染する確率も不明であり、仮に感染したとしても無症状者も存在する中で、全ての人が入院するわけではない。
そのため、ワクチンを接種した全ての10代・20代の男性で心筋炎・心膜炎が発生する頻度と、新型コロナウイルスに感染して入院した人の心筋炎等の発生頻度を比較することが適切とは思えない。

②年代別の感染者数が不明
また、リーフレットに記載されている新型コロナ感染後の心筋炎・心膜炎の発生頻度「100万人あたり834人」の年齢層は「15歳~39歳の男性」であって、グラフの比較対象の年齢層が異なることに注意が必要だ。

そして、上記の図の赤枠内、「15歳~40歳未満」の欄の「心筋炎関連事象者数」を見てほしい。


「15歳~40歳未満」で心筋炎・心膜炎疑いが報告されたのは、入院患者「4798人」のうち「4人」だ。これを、100万人あたりの数値に計算して、100万人あたり834人の心筋炎等の発生頻度を算出しているわけだ。


しかし、これはあくまでも、15歳~40歳未満の範囲で発生した人数だ。10代、20代等のより詳細な内訳は分からない。この点については、実は、副反応検討部会でも委員会から疑問の声があがっていた。

以下は、2021年10月15日の副反応検討部会での伊藤清美委員と厚生労働省の事務局との間でのやり取りだ(参照)。

伊藤清美委員
 (4798人のうち※)4人という数字ですので、ぶれる可能性が結構高いのかなという気もしますので、こういったグラフで直接比較することが、リーフレットのほうにも同じグラフがあるのですけれども、そこまできっちり比較していいものなのかどうかというのが、ちょっと気になりましたのと。
 あと、15歳から40歳未満ということで、これはたった4人ですけれども、そこを分けるともっと人数が減ってしまいますけれども、情報がないということなのでしょうか。

事務局
 おっしゃるとおりでございまして、こちらは、より年齢とか性別を分けて評価してまいりますと、分子数が非常に小さくなって、さらにそのばらつきが大きくなるということから、現時点でお示しできるデータとして834というのをお示ししたものでございます。

※筆者注

このやり取りから推測できるのは、15歳から40歳未満で心筋炎・心膜炎が報告された4人を、10代・20代と細かい年代で分けてしまうと、より心筋炎・心膜炎の報告数が減ってしまうということだ。

分子が小さくなりすぎると、100万人あたりで計算し直した際の数字のばらつきが大きくなってしまうというのであれば、比較対象として適切とは言えないだろう。

なお、厚生労働省の事務局も、伊藤委員とのやり取りのあと、「あくまでもこちらについては、ワクチン接種後の心筋炎と、コロナウイルス感染症後に心筋炎を発症する率の頻度の目安としてご覧いただければと考えておるものでございまして、純粋にこれだけをもって全てが決められるものではないと承知しております。」と回答している。

③統計的に比較できるものではない
また、発生頻度を100万人あたりに計算し直した数値を比較することが、統計的に有意なのかどうか確認が必要ではないかと指摘していた。副反応検討部会での議論では、倉根一郎委員が疑問を呈している。

倉根一郎委員
 私も感染に比べて少ないというのは、これでいいと思いますけれども、100万人当たりというのは、理解するためには非常にいいので、それはそれとして、統計学としてどうやってやればいいのか、私、分かりませんけれども、統計的にも有意な差があるということはきちんとやっておいたほうがいいのかなと思います。
 例えば、4798分の4という数と何かを比較することになるのかと思いますけれども、統計学的に有意であるということのデータも背後に持っておいたほうがいいのかなと思いました。

倉根委員の指摘を受けて、10月22日の副反応検討部会では、山縣然太朗委員は「倉根先生が言われるように、比較するときには統計学的な検討は必要なのですが、今回の場合には、母集団というか対象者が異なるために、その比較を統計学的に比較するということは、今回はあえてしないほうがいいのかなとも思っております。」と説明しており、問題のデータについては統計的な解析には適さないと説明されていた(参照)。

この点について厚生労働省健康局健康課へ問い合わせたが、やはり、資料に記載されているデータは統計的な比較が出来ないとの回答だった。統計的な比較が出来ない以上、リーフレットのようなグラフによる比較が適切とは言えないだろう。

④その後も心筋炎の発生頻度は増加している
さらに指摘しなければならない。問題のリーフレットに記載されてる新型コロナワクチン接種後の心筋炎・心膜炎発生頻度は、あくまで2021年10月15日時点で判明している数値を基にしたものだ。


しかし、その後も、ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎の発生頻度は増え続けている。

現在、厚生労働省のホームページ上では、2021年12月24日までに報告された心筋炎・心膜炎の発生頻度が記載されている(参照)が、以下の赤枠内のとおり、リーフレットに記載された心筋炎・心膜炎の発生頻度から増加しているのが現実だ。

特に、モデルナ社製のワクチン接種後の心筋炎発生頻度は、12歳から14歳男性で100万人当たり80人、15歳から19歳男性で98.7人であり、リーフレットの記載(100万人あたり28.8人)から、かなり増えている。さらに、当該ページでは、「この表は、最新の審議会で評価された数値に基づき作成していますが、接種が進むに従い、数値が変化していくことに留意が必要です。」と注意書きがなされており、今後も心筋炎・心膜炎発生頻度が増加していく可能性がある。

結論

厚生労働省がワクチン接種後の心筋炎・心膜炎の発生頻度が、感染症による心筋炎・心膜炎の頻度に比べて「低い」と結論付けていることの根拠となる資料は、厚生労働省も認めているとおり「目安」にしかすぎず、統計的に比較できるものでもなかった。
また、今後も、ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎の発生頻度が増加する可能性がある。

以上のことから、心筋炎等の発生頻度に関するリーフレットの記載は、根拠となる資料が単なる「目安」であって、統計的な比較も出来ないことを明記しておらず、「ミスリード」と判断せざるを得ない。

「ミスリード」のレーティングは、InFactが使用するエンマ大王を使った表示では「2エンマ大王」に相当する。

(冒頭写真:厚生労働省作成のリーフレット「10代・20代の男性と保護者へのお知らせ~新型コロナワクチン接種後の心筋炎・心膜炎について~」より)

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