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【FactCheck】アメリカ大統領選挙は「接戦」ではなかったのか?

【FactCheck】アメリカ大統領選挙は「接戦」ではなかったのか?

トランプ氏の再選が決まった今回のアメリカ大統領選挙について、日本の主要メディアは「接戦になるという誤報(誤った予測)を流していた」などと指摘する人々がいる。雑誌系メディアによるオンライン記事が複数報じていてそれに呼応する読者がネットに書き込みを行っている。リベラルなメディアが反トランプ意識から選挙情勢を意図的に「接戦」と流しもので、「誤報」であり「偏向報道」であるとの指摘もある。しかし、これはアメリカの大統領選挙の仕組みを踏まえない主張で、選挙情勢を「接戦」と報じたことを「誤報」「偏向報道」と断じるのは誤りだ。 

対象言説

アメリカ大統領選挙を「接戦」とした報道は「誤報」であり「偏向報道」だった。

結論 【誤り】

InFactはレーティングをエンマ大王で示している。これは3エンマ大王となる。

エンマ大王のレーティングは以下の通り。

  • 4エンマ大王 「虚偽」
  • 3エンマ大王 「誤り」
  • 2エンマ大王 「ミスリード」「不正確」「根拠不明」
  • 1エンマ大王 「ほぼ正確」

InFactはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーに加盟しています。この記事は、InFactのファクトチェック基本方針、およびFIJのレーティング基準に基づいて作成しました。

ファクトチェックの詳細

「エレクトラル・カレッジ」というシステム

まず、アメリカの大統領選挙の仕組みから説明したい。それはエレクトラル・カレッジ(Electoral College)と呼ばれるもので、全米50州と首都ワシントン(特別区)で適用されている。この制度では、有権者が選ぶのは選挙人であり、その選挙人が最終的に投票する結果が議会で承認されて大統領が選出される。

選挙人の数は上記の50州プラス首都ワシントンで538。それゆえに過半数の270を取り合う選挙となる。各州に割り当てられる選挙人の数は異なる。各州に人口数で割り当てられた下院議員数と、各州に2人割り当てられている上院議員数の和で決められる。最も多いカリフォルニア州は54人で、テキサス州が38人、ニューヨーク州が29人などとなっている。最も少ないところは下院議員1人+上院議員2人の3人で、アラスカ州やワイオミング州、バイデン大統領の出身のデラウエア州などがそうだ。

勝者総取り

この制度の最大の特徴は、勝者が全ての選挙人を得る「勝者総取り」方式で、2州を除く全ての州と首都ワシントンで適用されている。

これもメディアでよく言われることだが、カリフォルニア州やニューヨーク州、それに首都ワシントンなどは伝統的に民主党が強く、党のシンボルカラーから「ブルーステート(青い州)」と呼ばれる。反対にテキサス州などは「レッドステート(赤い州)」と呼ばれる。

今回「激戦州」とメディアで評されたのがジョージア州、ペンシルベニア州、ノースカロライナ州、アリゾナ州、ミシガン州、ウィスコンシン州、ネバダ州の7州だ。これはスゥイングステート、つまり勝利する党が選挙によって振り子のように入れ替わる州のことだ。

今回の選挙では勝利したトランプ氏が選挙人312人を獲得し、敗れたハリス氏は選挙人226人を獲得した。トランプ氏は31州で勝利し、ハリス氏が勝利したのは19州と首都ワシントンだった。トランプ氏は、上記の「激戦州」7州の全てで勝利しており、圧勝だったことは間違いない。では、圧勝だから「接戦」ではなかったということになるのか?実はそう単純ではない。

実は僅差だった得票数

RealClearPoliticsによると、勝利したトランプ氏が獲得した票は7600 万余り(76,089,270)、ハリス氏が獲得した票は7310万余り(73,156,160)。300万の差があったということだ。後述するように、この差はけして大きいものではない。それは得票率でみれば更に顕著だ。両者の比率はトランプ氏50.1%、ハリス氏は48.1%。差は2ポイントでしかない。ここで選挙の結果は僅差だったことがわかる。

例えばトランプ氏が勝った7州について見てみたい。

5ポイント以上離れているのはアリゾナだけで、激戦州でも実際には接戦だったことがわかる。

因みに、これも「接戦」とされた前回、2020年の選挙では、勝利したバイデン氏が選挙人306人、トランプ氏が選挙人232人を獲得している。そして得票数を見るとバイデン氏が81,284,666票、トランプ氏が74,224,319票となっており、得票差は706万余となっている。それぞれの得票率はバイデン氏が51.3%、トランプ氏が46.9%で、その差は4.4ポイントと、今回の選挙より差は大きい。しかしネットメディアがこぞって「誤報」、「偏向報道」と批判するような状況は起きていない。

逆に、明らかに「接戦」ではなかった選挙も見てみよう。アメリカ連邦選挙委員会(FEC)のデータで過去もさかのぼれる。1984年にレーガン大統領が再選を果たした選挙だ。この時、レーガン大統領は選挙人525人を獲得し、民主党のモンデール氏は僅か13人しか獲得できなかった。この時の得票率はレーガン大統領が58.8%、モンデール氏が40.6%。その差は18ポイント以上あり、これを「接戦」と報じれば、さすがにこれは「誤報」と批判されても言い訳はできないだろう。

世論調査とは

そもそも日本のメディアは自らアメリカで調査を行っているわけではない。基本的にアメリカの報道を受けた形で報じている。つまり日本の主要メディアはアメリカのメディアが報じるままに「接戦」と報じている。これも批判されるところで、そもそもリベラル色の強いアメリカの主要メディアの報道をそのまま受けて報じる点が問題視されてもいる。では「接戦」はリベラルなアメリカの主要メディアが作り出した虚像だったのか?

世論調査は主要メディアが行うものもあるが、アメリカには選挙動向を専門に調査する研究者がいる。Pollsterと呼ばれる。その代表的な存在の一人にアン・セルザー(Ann Selzer)氏がいる。アイオワ州に本拠を置き、専門の調査会社を経営しつつ自ら選挙戦の世論調査を行っている。2016年の大統領選挙でトランプ氏の優勢を予測したことがよく知られており、その的確な分析が高い評価を得ている。そのセルザー氏が今回の選挙で、アイオワ州でハリス氏が勝つと予想し選挙関係者の中に大きな衝撃を与えた。アイオワ州は典型的な「レッドステート」であり、仮にここがハリス氏勝利となるならば、恐らく「激戦州」の多くがハリス氏勝利になることも予想される事態だからだ。結果的にセルザー氏の予測は外れ、アイオワはトランプ氏が勝利している。

この結果を受けてセルザー氏は予測の何が問題だったのかを検証すると報じられているが、重要な点はセルザー氏のような高い評価を得ている研究者でさえ誤るほどの「接戦」だったという点、そして「接戦」の予測は主要メディアが勝手に作り出した「偏向報道」ではないという点だ。

編集長追記

以上がファクトチェックだ。以下、編集長追記を記したい。

今回の大統領選挙については私自身、現地で取材を行った。長い友人で首都ワシントンで政治の報道に携わるラス・チョーマ記者は当初から、「接戦だが、どちらかの候補が地滑り的に勝利することがあり得る」と話しており、それは他のジャーナリストも同じだった。それがエレクトラル・カレッジ且つ勝者総取りというアメリカの大統領を選ぶシステムだからだ。

残念ながら日本のメディアの報道にこの認識が欠けていた点は否めない。世論調査が必ずしも正しいわけではないという前提を明確にした上でだが、仮に正しくても、それが示すのは総得票数であっても、それは勝敗を決する選挙人の獲得数を予見するものとはならないからだ。

今回のようなメディア批判が起きれば、それはメディアの信用にかかわる。今後のアメリカ大統領選挙では、こうした点を十分に説明した上での報道が求められる。

この記事は編集長の私が主な部分を書き、アメリカ政治に詳しい清水竜太郎が補足データを集めて完成させた。今後、清水とともにアメリカ大統領選挙のファクトを連載する予定なので是非お読み頂きたい。

(立岩陽一郎/清水竜太郎)

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