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「ワクチン・検査パッケージ」で不当な差別が発生しないか?沖縄県のみが資料を開示 そこには「国もあいまい」【ワクチンのファクト⑩】

「ワクチン・検査パッケージ」で不当な差別が発生しないか?沖縄県のみが資料を開示 そこには「国もあいまい」【ワクチンのファクト⑩】

ワクチン接種証明か陰性証明を所持する者に限って感染症対策の行動制限を緩和するという「ワクチン・検査パッケージ」について、平等権などの憲法違反の可能性を検討した文書を情報公開請求したところ、内閣官房や各地方自治体からは当該資料を作成・所有していない旨の回答ばかりであった。しかし、唯一、沖縄県からは「不当な差別の可能性」を検討した文書が開示された。(田島輔)

沖縄県のみが開示した文書の内容

InFactはワクチンのファクトを連載している。これは新型コロナのワクチン接種を危険視してのものではない。ワクチン接種に反対するものでもない。InFactが求めているのはワクチンの透明性だ。

その「ワクチンのファクト⑨」で報じたとおり、InFactでは、内閣官房、観光庁、デジタル庁、東京都、「ワクチン・検査パッケージ」の技術実証実験第一弾に参加していた自治体(神奈川県、埼玉県、千葉県、北海道、愛知県、大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、石川県、福岡県、熊本県、沖縄県)に対し、以下の内容の文書を情報開示請求した。

「ワクチン・検査パッケージ」の実施検討に関し、当該施策が移動の自由、営業の自由、思想・良心の自由、平等権、幸福追求権その他の憲法上の権利を侵害する可能性の検討、及び、当該施策が憲法違反となることを回避するための方法を検討する際に使用・作成した文書、メモ、その他電磁的記録すべて。

国・地方自治体の回答は、当該文書は存在しないという回答ばかりだったが、唯一、沖縄県からは県独自に検討したものとして、「ワクチン接種・検査陰性証明の活用について『考え方』『ガイドライン』素案に係る文書」が開示された。

沖縄県の公文書開示決定通知書

開示された文書の内容は、沖縄県で「ワクチン・検査パッケージ」を実施するにあたり、留意事項等を整理した文書(「新型コロナワクチン感染症に関する『ワクチン接種・検査陰性証明』の活用の考え方(素案)」・「沖縄県ワクチン接種・検査陰性証明活用ガイドライン(素案)」)の内容を検討するにあたって使用された資料だ(参照)。

沖縄県では、9月から沖縄県庁の関係部署でプロジェクトチームを組成し、沖縄県下の市町村や経済団体と共に「ワクチン接種・検査陰性証明ワーキンググループ」をつくって、沖縄県における「ワクチン・検査パッケージ」の制度設計を話し合っていた(下図参照)。

第1回プロジェクトチーム会議の資料

今回沖縄県から開示された資料は、9月から11月の間に実施された、第1回から第4回のプロジェクトチーム会議の資料、第1回から第3回のワーキンググループ会議の資料、プロジェクトチームの検討内容が報告された第126回沖縄県新型コロナウイルス感染症対策本部会議の資料だった。

「不当な差別」への懸念

上記の図を確認すると、プロジェクトを進めるにあたっての考え方の中には、「ワクチン接種の有無が差別的な取り扱いにつながらないよう活用を検討すること」があるが、実際にどのようなことが話し合われたのだろうか。

第1回のワーキンググループ会議(9月13日実施)では、「”ワクチン接種・検査陰性証明”の活用に関するアンケート」が実施されており、アンケートの中では以下のとおり「ワクチン・検査パッケージ」による規制緩和への期待と同時に、差別につながることへの懸念が表明されていた(回答した団体名は黒塗り)。

・ワクチンを接種しない者の行動の自由を過度に制限することのないように留意する必要がある。
・活用事例の一つ一つについて、非接種者の行動の自由を過度に制限するものでないことを、弁護士等の意見を踏まえて、運用前に確認するなどの対応が求められるものと考える。
・イベントや商業施設への入場制限緩和等の場合、ワクチン接種ができない方への差別的取扱い等と事業者側が非難されることが危惧される。
何らかの理由でワクチンを接種できない方もいると思うので、そのような方が不利益を被らないように配慮すべきだと思います。
差別や分断にならないために、県からの発信をしっかりしてもらい、各店舗では補助的な説明程度にする。
・身体の影響上、ワクチン接種が受けられない方に対しての差別や、偏見に繋がらないように配慮が必要。

第1回ワーキンググループ会議の「”ワクチン接種・検査陰性証明”の活用に関するアンケート」より
第1回ワーキンググループ会議で実施されたアンケート

また、第2回ワーキンググループ会議(9月28日実施)で行われた「意見交換」の議事録には、次のようなやりとりが記載されていた(発言者名は黒塗り)。

✓不当な差別については、もっと具体的に示す等して基準を作れないか
→ワクチン接種証明等によるインセンティブは問題が無いが、行動抑制する場合、どこまでが不当な差別に当たるのか、国もあいまいである。今後、一緒に検討していけたら考えている。

第2回ワーキンググループ会議での「意見交換」より
第2回ワーキンググループ会議の意見概要

第2回ワーキンググループ会議の資料(「新型コロナウイルス感染症に関する『ワクチン接種・検査陰性証明』の考え方(案)」)では、「不当な差別」の例について、①接種証明を提示しない者に対する法外な料金の請求、②会社への就職、学校への入学などといった場面でワクチン接種を要件とすることや接種を受けていないことを理由に解雇、退職勧奨等を行うこと、が挙げられている。

これらの具体例は、新型コロナウイルス感染症対策本部が9月9日に発表した「新型コロナワクチン接種証明の利用に関する基本的考えについて」に記載されているものだ(参照)。
しかし、上述のとおり第2回ワーキンググループでの議事録には、「どこまでが不当な差別に当たるのか、国もあいまいである。」と記載があり、ワーキンググループの関係者も上記2つの具体例だけでは基準が不明確と考えていたということだ。

「不当な差別」の具体的基準は作られず

では、その後の検討によって、不当な差別の具体的基準は作成されたのだろうか。
沖縄県のサイトに現在掲載されている、「新型コロナウイルス感染症に関する『ワクチン接種・検査陰性証明』の活用の考え方(素案)」、「沖縄県ワクチン接種・検査陰性証明活用ガイドライン(素案)」では、「不当な差別」の例として挙げられているのは、依然として、新型コロナウイルス感染症対策本部が発表したワクチン非接種を理由とした法外な料金請求と解雇等の禁止だけだ。

したがって、沖縄県でのプロジェクトチーム会議・ワーキンググループ会議での議論を経ても、現時点では、「ワクチン・検査パッケージ」を実施する上での「不当な差別」の具体的基準を「考え方」・「ガイドライン」に記載することは出来ていない。

以下のとおり、経済団体や県民からは、「不保持者への対応等、県ガイドラインで示す」、「ワクチン未接種者への入店拒否について、具体的な事例に基づいて可否を教えてほしい」との要望も届いており、基準を示すことができなければ、運用時には混乱が起きることも予想される。

第3回ワーキンググループの資料

弁護士等の意見は聞いているのか?

では、第1回ワーキンググループ会議では、「ワクチン・検査パッケージ」が非接種者の行動の自由を過度に制限するものでないことについて弁護士の意見を確認することが提案されていたが、これは実施されたのだろうか。

第1回ワーキンググループ会議の資料

この点について、沖縄県産業政策課に問い合わせを行ったところ、回答は以下のとおりだった。

沖縄県ワクチン接種・検査陰性証明活用ガイドラインを作成するにあたって、弁護士等の意見を聴いたことはありません。
今後についてですが、国が示す「ワクチン・検査パッケージ」の要綱に沿うように制度設計を進めており、他府県の動向も見ながら方針を固めてまいります。
今後、弁護士等に意見を聴くかどうかは、今のところ未定です。

「ワクチン・検査パッケージ」が憲法違反となる可能性を検討した具体的な資料を公開したのは沖縄県だけだ。国もその他の地方自治体でも、憲法違反となる可能性を検討した文書は「不存在」だったことは「ワクチンのファクト⑨」で報じたとおりだ。

沖縄県の検討資料で書かれている通り、不当な差別など禁止されるべき措置の基準があいまいなままで「ワクチン・検査パッケージ」が実施されれば、市民の間での不要な争いや分断を招く可能性がある。国は当然だが、沖縄県以外の自治体でも、不当な差別といった憲法違反の可能性について議論を重ねることは必要だろう。

(冒頭画像:沖縄県の第1回プロジェクトチーム会議の資料より)

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