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【Fact Check】国立感染症研究所「『論文』は『行政文書』に該当しない」は「誤り」  一部の「論文」について開示を決定

【Fact Check】国立感染症研究所「『論文』は『行政文書』に該当しない」は「誤り」  一部の「論文」について開示を決定

国立感染症研究所(以下、感染研)は、新型コロナウイルスの存在を証明する論文の情報公開請求について「不開示」としている。その理由は、「『論文』は『行政文書』に該当しないというものだ。しかし、InFactの調査及び指摘に感染研はこれまでの判断に誤りが有ったことを認め、一部の「論文」について「行政文書」として今後は開示することを明らかにした。(古賀友香、小島遥花、田島輔)(追記あり)

チェック対象

(新型コロナウイルスの存在を証明する論文等の)情報公開請求に関してですが、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」において「論文」は行政文書に該当しないとされておりますので、不開示としているところです。
(国立感染症研究所が「新型コロナウイルスの存在を証明する科学的根拠、論文等」を不開示とした理由、2022年10月31日)

結論

【結論:誤り】
「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(情報公開法)第2条第2項がどのような文書が「行政文書」に該当するか定めている。同法においては、組織的に利用されているのであれば、「論文」も「行政文書」に該当する。InFactの指摘に国立感染症研究所も、一部の「論文」が「行政文書」に該当することを認めた。

検証の経緯

まず、なぜこのファクトチェックを行うに至ったかを説明する。

一昨年からSNS上では、新型コロナウイルスの存在を証明する論文等の情報公開請求に関し、感染研が「行政文書を保有していない」ことを理由にして行った「行政文書不開示決定通知書」を添付し、「新型コロナウイルスは存在しない」と主張するツイートが拡散している。

Twitter上で拡散しているツイート

もちろん、感染研が「新型コロナウイルスの存在を証明する論文」を保有していなかったとしても、新型コロナウイルスの存在が否定されるわけではない。

ただし気になるのは、添付画像のとおり、感染研は、「論文等の学術研究に関する文書は、行政文書に該当しない」ことを理由に、「不開示決定」を行っている点だ。
この点について、「論文」も「行政文書」に該当するという意見もあり、SNS上で論争が行われている。

感染研の見解が誤りであると指摘するツイートで引用される感染研作成の書面

では、本当に「論文」は「行政文書」に該当しないのだろうか。
論文保有の有無が新型コロナの存否とは直接的には関係しないとしても、情報公開請求に対する感染研の対応が不適切である場合には、そのことが感染研への不信や混乱を引き起こしている部分もあるだろう。

そこで、学術研究に関する「論文」が「行政文書」に該当するのか否かを検証した。

「論文」も「行政文書」

まず、「行政文書」について定義する情報公開法第2条第2項を確認しよう(参照)。

この法律において「行政文書」とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。(情報公開法第2条第2項)

以上の文言からは、「論文」が「行政文書」に該当しないとは規程されていない。あくまでも、行政機関の職員が職務上取得し、組織的に用いるものとして保有している文書は、「行政文書」に該当する。

すなわち、感染研が業務上の必要性から組織的に利用・保存しているならば、「論文」も「行政文書」に該当するということだ。

また、情報公開法第2条第2項は「政令で定める研究所その他の施設において、政令で定めるところにより学術研究用の資料として特別の管理がされているもの」は、例外的に「行政文書」に該当しないと定めている。この規定からも「政令で定める研究所その他の施設」以外で管理される、論文などの学術研究用の資料は「行政文書」に該当することは明らかだ。
そして、感染研は、「政令で定める研究所その他の施設」には該当しない(参照)。

そのため、やはり、感染研が組織的に利用するならば、「論文」も「行政文書」に該当すると考えられそうだ。

感染研の回答

そこで、感染研に対し、上述の情報公開請求について、「論文」を不開示とした理由を問い合わせたところ、やはり以下のような返信があった。

ご指摘の情報公開請求に関してですが、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」において「論文」は行政文書に該当しないとされておりますので、不開示としているところです。

・論文とこれに付随する関係資料(論文として発表予定のものを含む)、及び投稿論文等公知となっているものは行政文書開示請求の対象外となります。

しかし、上述のとおり、情報公開法上は「論文」も組織的に利用している場合には「行政文書」に該当し、この説明は納得できない。

再度、この点を指摘して、感染研に見解を問い合わせたところ、以下の回答があった。

弊所が行政文書として保有する論文は、職務著作になりますが、これまでは、これらの論文はホームページに掲載されており、公知のものであることから請求者に対しては該当する論文の情報を提供することで足りるとの認識に基づき開示請求の対象外としてきました。

この度の一連の照会に関し、上級官庁との相談を踏まえ、法の趣旨に鑑み弊所が保有する公知の論文についても今後は開示請求の対象となる行政文書と整理したうえで開示請求への対応を進めていく方向で検討を進めています。


これは、弊所の職員が作成したものであろうと、他の機関が作成し、取得したものであろうと、国の施設等機関である弊所が「取得した文書」に該当するうえに、ホームページ上に掲載することで「共有」を図っているという解釈となるためホームページ上に公開している範囲においては「行政文書」に該当するとした上級官庁の方針に沿うものです。
厚生労働本省では、自らのホームページ上に公開している行政文書についても、文書として特定した上で、開示決定の対象としているところであり、弊所においても、同様の対応を行うことになります。


なお、不開示とした請求については、請求者には弊所ホームページに掲載している公知の情報を含む論文情報を別途提供していることを申し添えます。

また、職務著作ではなく、研究者個人が研究の成果として発表する論文は、弊所の研究者により執筆されたものであっても、弊所の公式見解ではないため、弊所が組織的に用いるものではなく、保有しているものでもないため行政文書に該当しないものとして整理しています。

InFactからの指摘を受け、上級官庁である厚生労働省と協議したところ、組織的に利用されていれば、「論文」も「行政文書」に該当することが確認されたとのことだ。
したがって、今後、感染研内で組織的に利用されている「論文」は、「行政文書」として開示の対象とするとの説明だ。

「論文」を保有しているのか?

ところで、感染研は「行政文書不開示決定」があった次の5つの文書について、実際には保有しているのだろうか。

1 新型コロナウイルスの存在を証明する科学的根拠、論文等
2 PCR陽性判定の無症状者が、他者に新型コロナウイルスを感染させるという科学的根拠、論文等
3 マスクの着用が新型コロナウイルスの感染防止に効果があるという科学的根拠、論文等
4 新型コロナウイルスワクチンが効果があるという科学的根拠、論文等
5 日本国は新型コロナウイルスワクチンが治験も終わってなく、安全、有効性も確立していない中、国民に接種させる科学的根拠、論文等

上記の論文のうち、実際に保有している論文等があるのであれば、論文名を教えて欲しいと問い合わせたところ、感染研からは以下の回答があった。

1. 新型コロナウイルスの存在を証明する科学的根拠、論文等
1 初めて患者からウイルス分離した論文(2020年1月24日)
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2001017(N Engl J Med 2020; 382:727-733、DOI: 10.1056/NEJMoa2001017)
2 ウイルスをサルに感染させた論文
2-1 Respiratory disease and virus shedding in rhesus macaques inoculated with SARS-CoV-2(2020年3月21日)
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.03.21.001628v1
のちに『Nature』に掲載されています
https://www.nature.com/articles/s41586-020-2324-7
2−2 Comparative pathogenesis of COVID-19, MERS, and SARS in anonhuman primate model(2020年4月17日)(Journal: Science、DOI: 10.1126/science.abb7314)
URL https://science.sciencemag.org/content/early/2020/04/16/science.abb7314

2.PCR陽性判定の無症状者が、他社に新型コロナウイルスを感染させるという科学的根拠、論文等

新型コロナウイルス感染症の感染性(IASR Vol. 42 p30-32: 2021年2月号)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2536-related-articles/related-articles-492/10177-492r02.html

文書名3.~5.については弊所では保有していないため、政策を担当する内閣府や厚生労働省にお問合せいただくよう案内をしています。

したがって感染研は、開示請求のあった5つの文書のうち、①新型コロナウイルスの存在を証明する科学的根拠、論文等、②PCR陽性判定の無症状者が、他社に新型コロナウイルスを感染させるという論文は保有している。SNS上では、上述の論文全てについて、感染研は保有していないという主張もあるが、これは「誤り」だ。

そして、「2.」の論文については、感染研のホームページに掲載して、組織的に利用していることから、今後、開示対象の行政文書として対応するとのことだ。
なお、「1.」の論文については、個人で保有しているなど、感染研で組織的には利用していないようであり、依然として行政文書として開示の対象とはしないようだ。

感染研の説明によれば、「論文」は「行政文書」に該当しないとして、「行政文書不開示決定」を行っていたものの、これまでも請求された論文を別途案内する対応を行なっていたとのことだ。しかし、感染研の対応に不備があったことで、誤った説明や不適切な「行政文書不開示決定通知書」が拡散した点は残念だ。この点は反省して欲しい。

不正確な情報が拡散したり、発信する情報に不信感をもたれないためにも、行政機関である感染研が法的に不備のない対応を行うことは必要だろう。

他方で、あくまでも情報公開の対象となるのは、組織的に利用されている論文だけであり、職員個人で保有等している論文は開示の対象ではない。そのため、論文の不開示決定があったからといって、当該論文や研究対象が存在しないといった曲解は避けるべきだ。

【追記】2月24日に国立感染症研究所から連絡があり、①情報公開請求に対応した職員の氏名等を秘匿してほしい、②記事のタイトルについて、国立感染症研究所が全ての「論文」の開示に応じる旨の誤解を招くおそれがあるため、修正してほしい、との依頼を受けました。
InFactとしては、連絡を受け、感染研の懸念に配慮して記事内容を修正いたしました。(2023年2月25日)

結論

以上のとおり、「論文」も行政機関で組織的に利用されるものは「行政文書」に該当し、今後は国立感染症研究所もそのような認識で情報公開請求に対して対応するとのことだ。そのため、「論文」は「行政文書」に該当しないとする、国立感染症研究所のこれまでの説明は「誤り」と判定する。

InFactはレーティングをエンマ大王で示している。「誤り」については3エンマ大王となる。

(編集長追記)
この問題は同志社大学の学生がSNSでの発信を見つけてファクトチェックを行ったものを、その内容を踏まえてInFactのチーフエディターである田島輔が更に感染研を粘り強く取材して事実を明らかにしたものです。ファクトチェックと調査報道の融合により感染研に対応の誤りを認めさせ、混乱の原因となっていた不開示決定を「開示」に変えさせる成果を生みました。是非多くの方に読んで頂きたいと思います。

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