
若者への新型コロナワクチンの接種推奨については、「同調圧力」を使った一方的な推進策だったとの批判がある。実際のところ、コロナワクチン接種を推進する広告はどのような意図に基づいて制作されていたのか。情報公開請求で入手した資料をもとに、若者向けのコロナワクチン接種キャンペーンの実態を検証する。(田島輔)
「思いやりワクチン」とは
若者に対し新型コロナワクチン接種を推進する広告で最も有名なものが、「思いやりワクチン」という福岡県が作成した広告だ。
広告の構成としては、各CMの登場人物が、周囲への影響を踏まえたワクチン接種への肯定的な思いを語り、「思いやりワクチン」とのキャッチコピーが示され、最後に「ワクチン接種で自分を守る。みんなを守る。」とのタグラインが表示される。

この広告は2021年8月頃から、ターゲットを若年層(30代以下)として放映されていた(以下の、「ワクチン接種広報啓発の実施について」参照)。
広告は、コロナワクチンの接種は任意であるとしている。ただし、ワクチン接種が「あなた自身だけでなく地域の医療現場を助けることにつながります」といった内容が、個人の自由意思より全体を重視すべきといった印象を与える内容となっている。SNS上では、そうした一連の動きを「同調圧力」と指摘する声もある。


しかし、実際にこの「思いやりワクチン」広告が、どのような意図に基づいて制作されたものだったのかについては詳細は分かっていない。そこで、InFactは、「思いやりワクチン」広告がどのような意図に基づいて作成されたのか整理するため、情報公開請求によって「思いやりワクチン」広告の企画提案書等を入手した。以下、その内容を検証する。

「思いやりワクチン」の企画意図
「思いやりワクチン」の企画提案書の内容を具体的に見てみよう。
「思いやりワクチン」広告の作成を請け負ったのは、広告代理店「九州博報堂」だ。開示された企画提案書の「クリエイティブ戦略」に記載された企画意図は次の通りだ。






若い世代の「疎外感」・「孤独感」を取り除き、「正しい情報を届けて」共にワクチン接種を進めていく。
このコンセプト自体は、否定されるものではない。
ただし、気になる点もある。資料の4ページを見てほしい。そこには、「ワクチン接種は間違いなく、この社会の救世主です。ワクチン接種を完了する人が増えれば増えるほど、社会は”正常化”つまりコロナ前に一歩一歩近づいていきます。」と、ワクチンによる社会の正常化が、間違いないとまで断言されている。
しかし、日本の新型コロナワクチン2回接種率は8割を超えたものの(参照)、2022年にもまん延防止等重点措置が実施されている。実際に新型コロナウイルスが5類に移行したのは2023年のことであって、2021年中に社会が正常化したとは言えない。
上記のとおり、現在では、尾身茂氏も若者にワクチン接種は必ずしも不可欠ではなかった旨を述べているのだ。「ワクチン接種で社会は正常化する」とまで、断言できるものであったかは、検証が必要だろう。
ワクチン接種は社会貢献
そして、企画提案書の最後には、「思いやりワクチン」のキャッチコピーを採用した理由として、次ページがあった。

「思いやりワクチン」のキャッチコピーに込められた意味として、「『みんなのために打つもの』という意味合いをあえて強め、ワクチン接種へのモチベーションを上げていきます」と記載されていた。そして、ワクチン接種を「社会貢献活動」とし、若い世代の傾向として「エシカル消費/エシカル就活に積極的」である点を意識する必要があると指摘している。
また、福岡県から開示された提案書の前提となった調査結果では、若い世代の傾向として、「周りの人の予防のため」・「家族に勧められた」場合にはワクチン接種を考えるとの内容が記載されていた。

以上のとおり、「思いやりワクチン」広告とは、接種率向上のために、ワクチン接種を周囲の人のための「社会貢献活動」と捉えて展開されたものだ。
しかし、わずかではあるとしても、ワクチン接種には不可避的に健康被害が生じることも事実だ(参照)。ワクチン接種を「社会貢献活動」と捉えることでワクチン接種による負の側面は切り捨てられる、或いは考慮すべき問題とすべきではないとの世論を作り出すことが正しいのか、疑問が残る。
「『みんなのために打つもの』という意味合いをあえて強め、ワクチン接種へのモチベーションを上げていきます」との記述も、まさに「同調圧力」を利用したワクチン接種推進策といえるのではないだろうか。
福岡県の資料を開示
今回、コロナ禍で議論を呼んだ、「思いやりワクチン」広告がどのような考えの下で作成されたのかを確認した。
結論として、「思いやりワクチン」広告は、新型コロナワクチンを「この社会の救世主」であると捉え、ワクチン接種を「社会貢献活動」として推進したものだ。
他方、ワクチン接種によって不可避的に重篤な健康被害が生じる得ることについては配慮されているようには見えない。実はこうした一方的な情報によって所謂「ワクチン陰謀論」が説得力を持った側面も否定できないのではないか。社会を正常化させるためのワクチン接種率向上策の中で、やりすぎた点・不適切であった点はなかったのだろうか。次に起こるパンデミックに対処するためにも、コロナ禍で実施された施策の検証は必要だ。
最後に、読者の検証のため、今回の記事中で確認した「思いやりワクチン」に関連する資料を公開する。なお、資料は「思いやりワクチン」に関連する部分に限定して開示された。今後も、InFactでは、議論の前提となるべき客観的な資料を収集し、情報を開示していく。