生物医学系の研究で知られるアメリカのソーク研究所が発表した論文を根拠として、「コロナワクチンは血管障害を引き起こす」との言説がインターネット上で拡散した。ソーク研究所の論文や、海外メディアのファクトチェック記事も確認して検討したが、現時点で、「コロナワクチンは血管障害を引き起こす」か否かについて真偽の判断を下すことは困難だ(伊藤友登、田島輔)。
コロナワクチンは血管障害を引き起こす!爆弾発言!?・・・ アメリカの権威〇〇〇研究所発表論文より
(Twitter、2021年5月12日投稿)
【判定留保】 コロナワクチンが血管障害を引き起こすか否かについては様々な見解が存在し、現時点では対象言説の真偽を判定することは出来ない。
米国ソーク研究所の発見がきっかけ
問題の発言が拡散したきっかけは、新型コロナウイルスの表面にある突起状のタンパク質(スパイクタンパク質)に関し、米国のソーク研究所が新たな事実を発見したことだ。
2021年4月30日、ノーベル賞受賞者を多数輩出する生物医学系の著名な研究所であるソーク研究所は、「新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は、新型コロナウイルスが引き起こす血管疾患について重要な役割をもっている」との論文を発表した(参照)。
なお、チェック対象の言説は「アメリカの権威〇〇〇研究所発表論文より」と伏字であるが、コロナワクチンと血管障害に関して投稿者がYouTubeに投稿していた動画内では、ソーク研究所発表の論文が根拠であることを明言していた(動画は既に削除されている)。
スパイクタンパク質とは?
ソーク研究所の研究内容を検討する前に、「スパイクタンパク質」とは何か確認しておこう。
前述のとおり、「スパイクタンパク質」とは新型コロナウイルスの表面にある突起状のタンパク質のことだ。
ウイルスの表面にあるスパイクタンパク質と、人の細胞膜上にある「ACE2受容体」が結合することで、新型コロナウイルスに感染することになる。
そして、現在「新型コロナワクチン」として使用されているmRNAワクチンの仕組みは、この「スパイクタンパク質」の設計図(mRNA)を体内に送り込み、mRNAによって接種者自身の細胞から産生された「スパイクタンパク質」に対する免疫応答を誘導することで、新型コロナウイルスの感染を予防するというものだ(参考)。
mRNAワクチンが生産する「スパイクタンパク質」には、実際のウイルスが含まれておらず、感染性がないこと等が利点とされている(参考1、参考2)
ソーク研究所の論文内容
ソーク研究所の論文が画期的だったのは、「ウイルスとは関係なく、スパイクタンパク質それ自身が血管疾患をひき起こす原因となっている」機序を具体的に明らかにした点だ。
これまで、新型コロナウイルスがACE2受容体に結合することで血管疾患を引き起こしていることは分かっていたが(参考)、その正確なメカニズムは不明だった。
ソーク研究所の論文は、その詳細なメカニズムを初めて明らかにしたものであり、スパイクタンパク質単体が血管疾患を引き起こしていることを明らかにした。
スパイクタンパク質自体が血管疾患を引き起こすとなると、新型コロナワクチンで産生されたスパイクタンパク質が血管疾患を引き起こすことはありえそうだ。
もっとも、ソーク研究所の論文では、以下のとおり、新型コロナワクチンは血管疾患を抑制すると述べている。
スパイクタンパク質に対してワクチンが生成する抗体及び/または外因性抗体は、SARS-CoV-2(注:新型コロナウイルス)の感染力から感染者を保護するだけでなく、スパイクタンパク質が引き起こす(血管の)内皮傷害を抑制することを、この結果は示唆している。
ソーク研究所が発表した論文「SARS-CoV-2 Spike Protein Impairs Endothelial Function via Down regulation of ACE 2」より
This conclusion suggests that vaccination-generated antibody and/or exogenous antibody against S protein not only protects the host from SARS-CoV-2 infectivity but also inhibits S protein-imposed endothelial injury.
インターネット上では、論文のこの箇所を根拠に、「コロナワクチンが血管障害を引き起こす」との主張を否定する言説もあった。
広報担当者の回答内容
しかし、論文の当該記載から、「コロナワクチンが血管障害を引き起こす」可能性を完全に否定できるかには疑問も残る。
なぜならば、コロナワクチンが産生するスパイクタンパク質の危険性に関するAFP通信の取材に対し、ソーク研究所の広報担当者は以下のように回答しているためだ。
ソーク研究所の広報担当者は、AFP通信の取材に対し、新型コロナワクチンで産生されるスパイクタンパク質は、(投与部分である)人間の腕に短期間だけ留まるだけであるため安全です、と述べた。
AFP通信のファクトチェック記事「Posts misrepresent US study on dangers of coronavirus spike protein」より
「新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は、ワクチンのスパイクタンパク質とは異なる動きをするのです」とも広報担当者は述べている。
A Salk Institute spokesperson told AFP the spike proteins in Covid-19 vaccines are safe because they only remain in a person’s arm muscle for a short period.
“The spike protein in the coronavirus behaves differently from the spike protein in vaccines”, the spokesperson said.
広報担当者が述べるとおり、スパイクタンパク質が腕の筋肉に留まっているならば、血管疾患を引き起こす危険性はなく、免疫応答だけを誘導することになる。その場合であれば、ワクチン接種によって新型コロナウイルスの発症や重症化が防がれることから、ウイルスを原因とする血管疾患も抑制されるということだろう。
しかしながら、注意が必要なのは、ソーク研究所の見解は、あくまで、ワクチンのスパイクタンパク質が「投与部位である腕に留まっている」ことを前提にしている点だ。
ワクチン接種後のスパイクタンパク質の分布
では、新型コロナワクチン接種後に生産されるスパイクタンパク質は、本当に腕の筋肉に留まっているのだろうか。
厚生労働省が、ファイザー社製の新型コロナワクチンを特例承認した際の審査報告書に次の記載があった。
本剤を筋肉内投与した場合、本剤は主に投与部位に分布し、一部は全身(主に肝臓)へ一時的に分布し、それぞれでタンパク質を発現するが、いずれの部位でも時間の経過とともに本剤及び発現したタンパク質は消失すると推察された。
新型コロナワクチン「コロナウイルス修飾ウリジンRNA ワクチン(SARS-CoV-2)(コミナティ筋注)」(ファイザー社)審査報告書(特例承認に係る報告書)より
審査報告書のこの記載からすると、スパイクタンパク質は投与部位である腕だけでなく、一時的ではあっても全身に分布するようだ。
審査報告書の記載の根拠となっている、ファイザーが医薬品医療機器総合機構に提出した動物実験に関する文書(「7.非臨床概要(2)薬物動態」)には以下のような図表があり、ラットを使用した実験では、投与された薬剤は主に投与部位である筋肉に分布するものの(19.9%~52.6%)、微量ではあるが投与部位以外にも分布していることがわかった(傍線は筆者)。
また、ファイザーが提出した文書中には、接種した薬剤の推移について、肝臓からは投与48時間後には薬剤が検出されなくなり、投与部位でも9日後には問題ない水準まで数値が下がったとの実験結果の記載があった。
この実験結果から、時間の経過とともに発現したスパイクタンパク質は消失すると推測しているようだ。
本当に投与部位以外に分布したスパイクタンパク質が時間の経過とともに消失するのであれば、ソーク研究所の広報担当者が述べるとおり、コロナワクチンで生成されたスパイクタンパク質は安全であると言えるだろう。
しかし、上記の表には、肝臓と投与部位以外の器官において、時間経過とともに薬剤がどのように推移するのかについては記載がなかった。
また、モデルナ社製の新型コロナワクチンに関しては、ラットに薬剤を投与した実験では、投与部位(筋肉)、膝窩リンパ節、脇窩リンパ節、脳、眼、骨髄、心臓等からmRNAが検出された。ほとんどの器官で24~72時間後に検出下限未満になったものの、投与部位、リンパ節、脾臓では120時間後にもmRNAが検出されたとのことである(モデルナ社製ワクチン特例承認に係る報告書)。
以上のとおり、生成されたスパイクタンパク質が一時的であっても全身に分布するのであれば、ワクチンで生成されたスパイクタンパク質が絶対に安全かどうかは、現時点の実験結果からは断言出来ないように思われる。
ワクチン接種後の「血管障害」の発生
実際のところ、新型コロナワクチン接種後に「血管障害」が発生しているという事実は存在するのだろうか。
あくまで「副反応疑い」であり、ワクチン接種との間の因果関係は不明ではあるが、9月10日付けの厚生労働省の資料を確認したところ、「血管障害」の名目で区分けされている「副反応疑い」の症例は、ファイザー社製のワクチンで867件(接種回数は1億180万9021回)、モデルナ社製のワクチンで66件(接種回数は1650万1085回)が報告されていた。
比較として、インフルエンザワクチンの接種後に報告されている「血管障害」についても確認したところ、2020-2021シーズン(推定接種可能者数は約6547万人だが、実際の接種者数は不明)は5件、2019-2020シーズン(推定接種者数5650万人)は3件だった。
また、「血管障害」との区分ではないが、くも膜下出血(ファイザー社製59件、モデルナ社製4件)など、何らかの血管の問題と関連する症状も報告されている。インフルエンザワクチンについては、2020-2021シーズン、2019-2020シーズンともに、くも膜下出血は1件も報告されていなかった。
繰り返しになるが、これらの報告症例は、あくまで「副反応疑い」であり、ワクチン接種との因果関係が明らかになっているわけではない。しかし、因果関係の有無が不明確である以上、少なくとも現時点では、新型コロナワクチン接種が「血管障害」を引き起こしている可能性を完全に否定することも困難だ。
専門家の見解は
新型コロナワクチン接種後には、血管の問題に起因するような症状が多数報告されているようだが、専門家はどのような見解をもっているのだろうか。
厚生労働省は、「現時点において、ワクチンを接種した人の方が、接種していない人よりも、くも膜下出血や急性大動脈解離が起こりやすいという知見はありません。くも膜下出血や急性大動脈解離は、偶発的に起こりうることから、ワクチン接種後に起きた場合でも、それだけで、ワクチンが原因で起きたというわけではありません」と説明している(新型コロナワクチンQ&A)
もっとも、東邦大学名誉教授である東丸貴信氏は、「ワクチンによるスパイクタンパク質はそれほど炎症を生じないとの報告もある」等、ワクチンのメリットを強調した上で、「万が一、ワクチンで作られるスパイクタンパク質が血管や臓器に炎症を起こすとなれば、重篤な疾患や全身状態が衰えている高齢者らは、状態が悪化してしまう可能性があります。また、17歳以下の中高生らも、スパイクタンパク質やワクチン成分による臓器へのダメージが後遺症として残ってしまうリスクも否定できません」と警鐘を鳴らしている。
新型コロナワクチン接種にメリットがあるとしても、今後、新たな問題が発覚する可能性は否定できないということだろう。
他方、東京理科大学名誉教授である村上康文氏は、スパイクタンパク質が問題を引き起こすとのソーク研究所の研究結果を前提にして、「現状認可され、世界で使われているワクチンはすべてウイルスの(毒性のある)スパイクタンパクの全長を使ったワクチンです。これを、5回とか6回とか7回、人体に接種することにはリスクが伴う可能性があることを、ワクチン開発者は認識すべきでしょう。」と述べている。
専門家の間でも、新型コロナワクチンが問題を引き起こす可能性について、現時点で、一致した見解はないようだ。
結論
以上のとおり、新型コロナワクチンが安全であるとのソーク研究所の見解は、「スパイクタンパク質が投与部位に留まる」ことを前提としているが、動物実験の結果からは、ワクチンで生成されるスパイクタンパク質は微量ではあっても全身に分布することが分かった(そのことによって、ワクチンが生成するスパイクタンパク質が問題を引き起こすか否かは不明)。
また、ワクチンが生成するスパイクタンパク質の安全性については専門家の間も様々な意見が存在している。
そのため、今後の研究結果を待たない限り、現時点で「コロナワクチンは血管障害を引き起こす」か否かを判断することは不可能だ。
よって、InFactのファクトチェックとしては、「コロナワクチンが血管障害を引き起こす」との言説の真偽については「判定留保」とする。
(冒頭写真:チェック対象のツイートのスクリーンショット)