世界保健機構(WHO)が「急に方向転換」して「新型コロナ感染者の隔離は必要ない」「感染者から感染もしない」などと発表したとのツイートが日本を含めて世界で拡散したが、これは誤りだ。拡散の引き金となった英文のツイートは表示されなくなっている。(立岩陽一郎、大船怜)
WHOが急に方向転換 ◉新型コロナウィルス感染者の隔離は必要ない ◉検疫も必要ない ◉ソーシャルディスタンスも必要ない ◉感染者からも感染しない と言い出した。
(Twitter、2020年7月4日投稿。別のユーザーによる動画付き投稿も引用)
【誤り】 WHOは会見で「感染者の隔離が必要ない」「感染者からも感染しない」といった発言はしていないし、公式サイトで人との距離を置くことを呼びかけ、感染の疑いがあれば隔離が必要との立場に変わりはない。
7月4日に投稿されたこのツイートは、2800回以上リツイートされ拡散した。アメリカのラジオパーソナリティーJohn B Wells氏によるWHOの記者会見の動画に関する英文ツイートを引用し、これを日本語に訳した形をとっていた。
では、本当にWHOは 「新型コロナウィルス感染者の隔離は必要ない」「検疫も必要ない」 「ソーシャルディスタンスも必要ない」「感染者からも感染しない」というようなことを言ったのか、検証する。
当初発言は「無症状者からの感染はまれ」→翌日修正
ツイッターに添付されている動画は、6月8日(日本時間9日)に開かれたWHOの定例会見のものだった。この会見では、WHOの新型コロナ担当のマリア・バンケルコフ氏が、次のように発言していたことが確認できる。
From the data we have, it still seems to be rare that an asymptomatic person actually transmits onward to a secondary individual.
(これまで得ているデータから、無症状の人から実際に他の人に感染することは今もってまれと考えられる。)
(動画35:22頃~、文字起こし13ページ冒頭)
これは、記者から「無症状感染者からの感染」について問われて答えたもの。バンケルコフ氏は「感染者」全般について二次感染しないと発言したわけではない。
記者会見では、他にブラジル、中国、南アメリカなどの地域の状況について質疑が行われているが、 ツイッターで書かれているような「新型コロナウィルス感染者の隔離は必要ない」「検疫も必要ない」 「ソーシャルディスタンスも必要ない」 という発言は出ていない。むしろ逆で、直接的な言及はないものの、第二波への警戒からこれらの必要性を強調するものとなっている。
実は、バンケルコフ氏のこの会見での発言は波紋を呼び、無症状感染者からの感染例がまれとは必ずしも言い切れないといった指摘が専門家から相次いだ(CNN参照)。ハーバード大学の世界健康研究所(Global Health Institute)は「WHOは、無症状患者が病気をまん延することはめったにないと報告して混乱を引き起こした」と批判した。
このため、翌日、「無症状者からの感染はまれ」というのは「一部の研究に言及したもので、WHOの見解ではない。会見で触れなかったが、無症状感染者が感染させるという予測の研究もある。新型コロナについてはまだ多くのことがわからず、(6月8日の)会見ではWHOが現在把握している事実だけを伝えただけだ」などとして、事実上、「無症状感染者から感染はまれ」とした発言を修正した(会見動画)。
WHO見解はソーシャル・ディスタンス、感染者の隔離が必要
WHOは現在も、公式サイトの人々に向けたアドバイスには、「人との間を最低1メートルの距離を保つこと」(Maintain at least 1 metre (3 feet) distance between yourself and others.)、「風邪、頭痛、微熱のような兆候があるときは、回復するまで家に止まり、自己隔離すること」(Stay home and self-isolate even with minor symptoms such as cough, headache, mild fever, until you recover. )などと書かれている。
これを見れば、ツイッターに書かれているように、WHOが「新型コロナウィルス感染者の隔離は必要ない」 「ソーシャルディスタンスも必要ない」という立場でないことは明らかである。
Twitterが表示停止措置、Facebookは警告表示
上に挙げたJohn B Wells氏のツイートは一時、3.2万リツイートもされていたが、Twitterルールに違反するとして(具体的にどのようなルール違反かは不明だが)現在は運営により表示されなくなっている。
また、Facebookで投稿された同じ動画に対しても、運営側の処置として「一部虚偽の情報」という警告表示が付与され、ファクトチェック情報(ここでは、インディア・トゥデイによる検証記事)を参照するよう促している。
この言説に関連して、海外の複数のメディアもファクトチェック記事を発表している(チェック対象言説の差異に注意)。
- ポリティファクト:「WHOが無症状者からの感染は極めてまれと認めた」という言説は、無症状者からどの程度感染が広がっているかは科学的に未確定という点も踏まえ、半分事実[half true]
- ロイター通信:「WHOが人から人へ感染しないと言った」という言説は誤り
結論
このツイッター投稿が引用した6月9日のWHO記者会見で、「新型コロナウィルス感染者の隔離は必要ない」「検疫も必要ない」 「ソーシャルディスタンスも必要ない」「感染者からも感染しない 」とは言っておらず、WHOはソーシャルディスタンス、感染の疑いがある人々の自己隔離が必要という立場に変わりない。よって、ツイッター投稿の内容は誤りと判定した。
(冒頭写真:WHOの6月8日記者会見動画のスクリーンショット)
(インファクトはFIJの新型コロナ国際ファクトチェック・プロジェクトに参加しており、この記事にはFIJのリサーチャー武藤珠代氏が協力している。)